第342話・燕子花とのこと
「あぁ、今日も可憐で麗しい」
メガネを掛けた戦士が、セイエイを見据えるようにして言う。
「……、えっ? 知り合い?」
セイエイを見るや、
「全然知らない人」
完全に怒った時と同じような低い声。彼ら四人に心当たりが無いとそういう態度取らないよね。
「さっきも名乗ってたけど、あの人達ってセイエイの親衛隊みたいなものなんだけどね」
綾姫も綾姫で何度も遭遇しているのだろう、あきれ顔で肩をすくめていた。
「なるほど……、でも迷惑なら運営に通報してもいいんじゃないか?」
「したいけど、直接なにかされたわけじゃないし、本当に遠くから見ているだけだから」
なるほど、運営はあくまで直接被害にあっていないと動こうとしないってことか。
「――ビコウは?」
「おねえちゃんもあの人たちの存在は知ってるけど、有名税だから諦めなさいって」
「それは単純に、面白がっているって節も無きに在らずじゃないのか?」
あいつならそう考えてもおかしくない。といってもさすがに行き過ぎてたら注意なりしてそうだけど。
「むっ! そこにいるのは綾姫どのと――シャミセンどのでありますな?」
メガネがオレを指差す。「なんで知ってるのよ?」
こっちはフレンド以外は見れないように匿名機能使っているし、なんなら[月姫の法衣]で他のプレイヤーからはあんまり見えないようになってるんだぞ?
「あのメガネの人が装備している眼鏡は[照魔鏡]の効果があって、隠れているプレイヤーやトラップを見つけることができる」
セイエイが説明してくれた。
「そういうアイテムもあるのか」
いや装備してるから装飾品のほうが正しいか。
「んっ? でもそれでなんで名前までわかるわけ?」
姿を見つけられることは百歩譲って諦めるとして、名前まで見れるってのはどうなんだ?
「[照魔鏡]はステータス以外は通常状態で見れるやつはほとんど提示されるから、名前を隠しても無効化される」
なるほど。と言っても[照魔鏡]の効果を持っている時点でかなりレアアイテムってことには変わりない。
「で、姿を見せたのはどういうこと?」
綾姫は早く帰ってほしいと言わばかりにたずねる。
「ふふふ、我々セイエイ親衛隊。いついかなる時も、四人の情報網をもってセイエイどのがどこにいるか把握することなど容易いこと」
「いや、質問の答えになってない」
あとそれ普通にストーカーってことでいいですか?
オレがツッコミを入れると、
「本当はここらへんでレアアイテムが取れるって噂があるっす。おいらたちはそれを取りに来たでやんすよ」
丸刈り坊主のチビッコがそう説明してくれた。「――レアアイテム?」
「この周辺で杜若色の毛をしたウサギが出てくるという噂がありましたのでそれを探していたところっす」
「つまりそいつからドロップできるレアアイテムを探していると?」
聞き返すや、親衛隊の四人が肯いてみせた。
「で一番聞きたいことなんだけど、なんでそんな高いところから登場してるの?」
綾姫がもはや無視してもいいんじゃないだろうかと思うことをたずねた。
「正義の使者は高いところから名乗りあげるのは様式美であろう」
アフロヘアーがそう答える。
「――バカと煙は高いところが好き?」
セイエイが首を傾げるように言う。うん、まさにそれが一番あってるよね。
「わかってても言いなさんな。あの人達は好きでやってるんだから」
まぁこっちはこんなの無視して「
「グゥルルルルゥ」
などと考えていると、妙に苛立った獣のうなり声が聞こえてきた。
が、オレやセイエイ、綾姫の周辺には一応MOBが出てきてはいるが、戦闘開始範囲外のためか戦闘BGMが流れ始めていない。
ということは、聳え立つ岩山の上にいる親衛隊四人のところに目をやると、
「ふふふ、我ら親衛隊。いかなるときもセイエイどのを見守り――」
メガネのうしろに大きな、影が見えたと思った瞬間――、
「――えっ?」
ガブリとメガネの頭を齧り砕いた。
「「「リーダアアアアアアアアアアアッ?」」」
一瞬でやられた眼鏡の両隣にいた他のメンバーが悲鳴を上げる中、
「[韋駄天]・[牛鬼]・[極め]・[
ステータス上昇スキルを唱えたセイエイが岩肌を蹴るようにして黒い影のところへと駆け上がっていく。
「ぐぎゃぁっ!」
「[
炎をまとった二振りの青蜂刀をクロスさせるようにして黒い影を切り刻む。
「――っ!」
が、咄嗟に防御をとったのか、吹き飛ばされるだけで決定的なダメージは与えられないでいた。
「シャミセンッ!」
岩の上でセイエイが吼える。「BGM鳴ってる?」
「あぁ、しっかり流れ始めた」
ということは戦闘ってことなんだけど、
「こっちにもってこないとオレたちも加勢できんぞ?」
モンスター情報がポップされていないから、どんなやつなのか見当がつかない。
「指輪で登ってこれない?」
あ、その手があったか。
「ヨッと」
隣りにいる綾姫の腰に腕を回す。「ぴゃっ?」
突然のことで悲鳴を上げる綾姫だが、そんなのお構いなしに、オレは[
装備品の効果で、オレの身体がゆっくりと宙へと引っ張られ始める。
「おぉ、コレが噂に聞く[
感心したように丸刈り坊主のチビッコが呆然とする。いや、君らも一応戦闘中なんじゃないの?
岩に登れるくらいのところまで行くと、
「煌にいちゃん、落ちても大丈夫なところまで移動して」
「なにか作戦でもあるのか?」
「作戦ってわけじゃないけど、セイエイが揺動をしているあいだ、私たちにできることもあると思うよ」
見るや、綾姫の身体が緑のオーラにまとわれていた。[チャージ]を使った魔法を詠唱しているようだ。
「綾姫ッ!」
セイエイがちらりとオレと綾姫を一瞥する。
「わかってる。あんまり命中率ないけど不意打ちくらいににはなるよね?」
綾姫が杖を天高く掲げるや、周りの水がそれこそまとまっていき一つの大きな氷の槍となる。
「[チャージ]・[
杖を振り下ろすと、氷の槍は一直線に黒い影へと向かっていくが、
「くぎゃぁ」
ぴょいと高く飛び上がり、氷の槍を避けた。
「失敗した?」
岩山のてっぺんに降り立ち、様子を見ていたオレは焦燥の声を発する。……が、
「大丈夫。当たるなんて思ってないから」
綾姫は小さく笑みを浮かべる。
黒い影を追いかけるようにして一蹴で高く飛ぶ小さな影。
「オーバースキル――[
セイエイの、ふたふりの刀はそれぞれ炎と水の波紋を纏い、セイエイの背中に炎と水の羽根が浮かび上がる。
「キュイっ!」
ぐるっと身体を丸め、防御に徹する黒い影。
「[
炎と氷の相反するふたふりの刀混ざり合い、ひとつの大太刀となり黒い影に叩きつけるや、その勢いはすさまじく、叩きつけられた地面はめり込んだように亀裂が入った。
ゆっくりと地面に降りるや、炎と氷の羽根は静かに消えていく。
「ふぅ……」
ひと仕事終えたように満足げなセイエイ。まぁビコウのことやさっきまで戦闘があっても参加できなかったからストレスが溜まっていたってことか。
「あれ?」
そんな事を考えていると、セイエイがくびをかしげながら周囲を見渡していた。
「どうかしたか?」
「ドロップアイテム落ちてない」
黒い影は確実に仕留めたはずだからドロップアイテムがないのはどうなんだろうか。
「亀裂の中に入ったとか」
綾姫が苦笑を浮かべるように言う。まぁ倒したとしてもドロップアイテムを手に入れたことをアナウンスしないで、周囲を探さないと手に入らないアイテムが有るのがこのゲームの――、
「えっ?」
オレはそれこそ怪訝な顔で、セイエイや親衛隊の三人もギョッとした顔で綾姫をみやった。
「えっと? なに? 私なんかおかしなこと言った?」
自分以外の全員から凝視される綾姫が、怒ったように聞き返す。
「綾姫――いま、なんて?」
「えっ? ドロップアイテムが亀裂に入ったんじゃないかって」
「それはおかしい。戦闘終わったらフィールドもとに戻る」
太っちょの言う通り、本来ならフィールドがどんなに荒れ果ててももとの姿に戻る。
本来ならそういうシステムのはずだし、昨日氷の上で激しく戦っても戦闘が終わったら元の氷が張った池に戻っていた。
「……って、ことはつまり――」
ちらりと黒い影があった場所を見るや、
「シャミセンどのッ! 上でござるッ!」
アフロヘアーの出っ歯がさけぶ。オレはその視線の先を見上げた。
その毛並剛強とし 危ういものすべてを拒む
[リーヴィガタ・ラビット]Lv28 属性・土/金
モンスター情報がポップされる。ここらへんでは珍しいレベル25以上のボスクラスのモンスターだった。
「キュキュキュっ!」
リーヴィガタ・ラビットが天高く飛び上がっていた。
そして額の角を光らせるや、空は暗転とし雷鳴を轟かせた。
「クッっ!」
その雷鳴を避けながらも、
「そんなセイエイどのの必殺を食らっても生きているとは」
「なんという硬い装甲。見た目柔らかいのに反則っす」
「こいつつよい、おでらじゃ倒せない」
アフロ、チビッコ、太っちょがそれぞれ避けるのに必死の様子。
「セイエイ、確か最初に[極め]使ってたよな? それであいつの弱点は見れなかったのか?」
狭い場所で雷撃を避けながら、オレはセイエイに問いかけた。
「いちおう見たけどムリだった」
「ムリってどういう事?」
綾姫が質問を重ねる。「そのままの意味ッ!」
苛立ったようなセイエイの声色。可能性があるとすれば、
「弱点がないってことか?」
セイエイはオレを見てうなずいてみせた。
[極め]はモンスターの弱点を見抜くことと攻撃を避けることができる集中力を高めるスキルだ。
だが
「どうやって倒す?」
「ダメージはあるみたいだから倒せないわけじゃないけど、あの装甲をどうにかしないと」
どんなに攻撃しても微々たるものってことか。
「セイエイのオーバースキル付加で攻撃したのに生きてるんだから、そうとう硬いと思うよ」
この中で一番
リーヴィガタ・ラビットの行動をひとつひとつ思い浮かべる。
「――あれ?」
ひとつ妙な違和感をおぼえる。
「シャミセン?」
「いや、まぁお約束といえばそうなるんだろうけど」
「「……お約束?」」
怪訝な顔で聞き返す綾姫とセイエイ。
「いや、そこまで考えても結局それが出来なきゃ意味がないしなぁ」
オレがあーだこーだ考えていると、
「言うだけならタダなんだから言ってみてよ。それで倒せるなら万々歳じゃない」
綾姫が背中を押すように言う。セイエイや親衛隊の面々もオレに期待しているのか、攻撃を避けながらもオレの発言を待っていた。
「あっとなぁ、こういう装甲が馬鹿みたいに強いやつって必ずどこかダメージが通る場所があるんだよ」
「まぁ普通はそう考えるであるな」
「で、どこを攻撃すればダメージが入るっすか?」
「さっきから妙に護ろうとしているお腹……とか?」
オレは素直に、自分が思ったことを発した。
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