第340話・八卦とのこと


 さて、マコウからの決闘というより組手をお願いされたオレは、彼女のステータスを見ようとしたのだが、



 ****/**



 と、匿名機能を使っているらしく、名前とレベルがわからなかった。


「マコウ、後でフレンド登録していい?」


「えぇ、是非」


 マコウははしゃぐように声を上げる。

 オレとマコウのHPを表したゲージが虚空に浮かび上がり、勝負開始のカウントが始まる。

 そして、そのカウントが0になるや、


「ッ!」


 一瞬のうちにマコウがオレの懐へと忍び込んでいた。


「まずは[貫手ぬきて]――ッ!」


 マコウは掌を水平にしてオレの懐めがけて突き上げた。

 それを[刹那の見切り]による効果か、すんでのところでうしろへと躱す。


「[アクアショット]ッ!」


 魔法の詠唱を溜めることで効果が増大する[アクアショット]を放す。


「はっ!」


 マコウはそれを右手の甲で払うや、勢いの合った水は瞬間霧となって消える。


「――えっ?」


 思いもよらぬことで呆気にとられていると、マコウは[アクアショット]を掻き消した右手を腰に構え、左掌をこちらへと向けた。


「いきますッ! [八卦はっけ]・[坎天震下かんてんしんか]ッ!」


 左手から放たれた水の鉄砲は正しくオレが放った[アクアショット]そのものだったが、その水柱にまとわりつく形で稲光がほとばしっている。


「くそぅっ!」


 咄嗟に錫杖の石突を地面に差し、


「風水スキル・[安身――」


 スキル発動よりも先に、水と雷の波動がおれの身体を貫いた。


「ぐぁはぁあぁっ!」


 ダメージが一気に、残りゲージを四割ほど削っていく。


「この攻撃を受けて立っているとは本当に殺しがいのある人ですね」


 マコウはゆっくりと、オレの方へと歩み寄る。


「自動回復とはいえ、回復がダメージに追いつかなければ意味はない」


 オレとの間合いを詰め、上から振り下ろす形で右手で[貫手]を放った。――――


「――ッ?」


 マコウは呆気にとられた顔で自分が突き降ろした右手を見やった。


「あんまり……調子に乗るなよ」


 マコウの右手首を捕まえる。「おらぁぁっ!」


 一瞬マコウが怯んだ瞬間、彼女の右腹部に思いっきり左でボディーブローを放った。


「がぁはぁ……」


 よろめふためくマコウはお腹を抑えながらオレをにらみ上げた。


「やっぱり――どう考えても魔法使いみたいな――」


 問答無用で回し蹴り。今は喋るな、決闘中だ。


「がばぁらぁ?」


 思いっきり頭目掛けて蹴ったからなぁ。マコウは身体を回転させながらバウンドするように転がっていく。


「うわぁ、いくらなんでも容赦なさすぎでしょ?」


「まぁシャミセンさんらしいといえばらしいといいますか」


 傍観しているビコウとケンレンが、オレがしたことに対してうんざりしたような顔を浮かべる。


「オレ、普通に戦ってるだけなのになんでそんな顔で観戦されないかんのよ?」


「普通魔法使いとかそういう系統の職業は魔法を使って攻撃とか防御したりするんですよ? なにナチュラルに女の子の頭蹴り飛ばしてるんですかッ!」


 ビコウが喚いているが、「ふぅ――」


 息遣いが聞こえ、そちらに意識を集中させる。ダメージはあんまりなさそうだ。


「――――」


 一瞬ゆらりとマコウの身体が前のめりになる。瞬間、マコウの顔が目の前に現れた。

 そして、先程と同じように[貫手]で相手をひるませようとするが、オレは既のところで払い除けていく。

 さっきオレのところに来たのは体現スキルによるものか? そう思ったがそれならエフェクトなりなにかが出ているはずだ。それがないということは――、


「縮地――か」


 そうたずねると、マコウはちいさく笑みを浮かべる。


「すごいですね。一目で見抜けるとは思いませんでした」


「マコウの身体が動く瞬間前に倒れると思ったらもう来ていた。身体の重みを利用して素早く相手の懐に飛び込むなんて芸当は古武術の縮地法くらいだろ」


 マコウはオレの答えに、ふぅと息を整えてから


「えぇ、全くもって正解です」


 と返した。


「そもそも体現スキルならエフェクトなりなにか出そうだけど、それがないってことは」


 プレイヤースキルの時点でそんな芸当ができるってわけか。

 とはいえ、無闇矢鱈と間合いを詰め過ぎれば[貫手]以外にも技を持っていそうだし、なおかつ離れて攻撃すれば縮地で距離を一瞬のうちに詰められる。

 なら考えられるとすれば遠距離攻撃――魔法で様子を見るべきなんだけど。


「今は決闘中ですよ」


「――っ!」


 思考をキャンセルさせるほどに、一瞬でオレに詰め寄るマコウ。

 オレの鳩尾みぞおちを狙って右の[貫手]――、


「狙いが見え見えなんだよ」


 うしろへと身体を反らせ、その勢いのままマコウの顎を狙って蹴り上げる。わかりやすく言えばサマーソルト。


「あまいっ!」


 既の所で左手でオレの蹴りを防ぐ。


「一度見せた技を何度も見せれば対策くらいされる。さればこそ」


 足をつかんだ手の力を込める、ミシ……と骨が軋む音。

 叩きつけるように下へと力を入れ、回しこむようにオレの身体を宙へと浮かばせる。


「クッ!」


「相手を見縊らせることこそわえの流儀と心得よ――[八卦]・[金剛掌こんごうしょう]ぉっ!」


 身動きの取れないオレの鳩尾を、つややかな漆黒に染まった掌底が撃ち抜く。


「――ッ! がハァッ!」


 マコウの掌底と地面に叩きつけられる。


「これしきの強さでギルドを作る? あなたは上を知らないんですよ。いちおうあなたのファンではありますが、あなた自身に興味があるだけで、プレイヤーとては微塵も興味はありませんね」


 マコウが構えを取り、頭を下げる。礼に始まり礼に終わるとはまさにこのことをいうのだろう。

 終わりか……終わりだろうな。そうか――そうだよな。

 ゆっくりとオレから離れていくマコウ……。もはや誰もがマコウが勝利したのだと確信――、


「マコウッ! あんたの駄目なところは最後まで相手を見ないことでしょうがぁっ!」


 ビコウが怒声を放ち、マコウはハッとした表情でオレの方へと振り返った。

 ひざまずき、お腹をささえながらも錫杖を握りしめるオレと、


「――なっ?」


 その周りでゆっくりと浮かび上がるオーラを帯びた小石にアッと口をあけるようにおののく。


「どうして? 今のは確かにダメージが入って倒したはず? それなのに――」


「だからあんたは油断がすぎるのよ。シャミセンさんが装備している法衣はダメージを受ければそれを回復させるまでずっと効果が続くの――つまり……」


「ダメージを完全に0にしなければずっと効果が発生する」


 マコウは攻撃の構えを取る。


「なればこそ、その攻撃をすべて払い、ダメージが追いつけないほどの連撃を与えればいいだけのこと」


「いくぜマコウ――[龍星群]ッ!」


 浮かび上がった無数の石が、マコウに向かって降り注いでいく。


「はっ!」


 降り注ぐ流星をひとつひとつ払い除けていくマコウ。

 だがそこにひとつの焦りが見えていた。


「くっ! はっ! たぁ! りゃぁ!」


 その顔はどうして発動しないのかといったところ。


「それじゃぁ今度はこっちだ[フレア]ッ!」


 少しだけ間合いを広げ、通常の状態で[フレア]を放つ。


「ッ!」


 マコウは放たれた炎を右手の甲で払った。すると[アクアショット]で払った時と同様に、炎は消え、


「[八卦]・[離天兌下りてんだか]ッ!」


 左手を構え、そこから水の刃を放っていく。


「風水スキル・[安身窟]ッ!」


 地面を隆起させ、水の刃を防いでいく。

 オレは攻撃を防いでいるあいだ、ひとつの仮説を考えていた。

 マコウが使っている[八卦]というスキルは、相手の攻撃を反発させる、いわゆるリフレクトタイプのスキルだろう。そして攻撃を無効化させエネルギーに変換しているからドレイン系のスキルとも取れる

 だがそれならなぜ攻撃が反発されない?

 考えられるとすれば――、オレは錫杖の装備を左手から右手へと持ち帰る。

 そしてマコウの前に姿を見せた。


「隠れているだけかと思いましたけど、どうやら負ける覚悟はできたみたいですね」


「あぁ、たしかにお前強い。そのスキルだって相手の攻撃を受け流し、相手に返すってことだろ?」


「隠すほどのスキルじゃないのでいいのですが」


 マコウはゆっくりと構えを取り、「さぁ制限時間は残りわずか。ここで逆転の一投をお見せいたしましょう」


 その流れは、いうなれば水のように緩やかだった。

 陰と陽のの太極が合わさり、オーラはそれぞれの手にあつまりまとまっていく。


「[八卦掌はっけしょう]ぉっ!」


 両手の掌底を重ね、マコウが放ったのはマグマのごとく燃え盛る炎の渦。


「ぐぁうあああああああああっ!」


「さぁ、これであなたの負け――」


 マコウは目の前に飛んできた錫杖の石突を避ける。


「なぁっ? わととっと?」


 攻撃の構えを取っていたせいか、それとも大技によるスタンが発生していたのか、とにかく構えがとけないまま横へと倒れ込む。

 そして炎の渦の先を見やるや、弓を構えた形でマコウを狙っているオレの姿があった。


「アハハハはっ!」


 呵々大笑。あまりにも自分が予想していなかったのか、あきれとも取れる笑い方だった。


「まさか……そうか、そうだッ! あの防御はまさにそれをするための布石」


 オレの足元の魔法陣が赤く染まっていることに気付いたのか、


「さぁ、その一撃でわえを倒してみてくださいっ! あなたの運が強いか、わえの運命が上回るか」


 避けもせず、されど反撃もしない。勝負の時間は残りわずかとなっている。

 一撃で倒せなくてもTKO狙いで勝つこともできるだろう。


「最後にひとつだけ訂正させてもらう――」


 オレはゆっくりと弓弦ゆみづるを引っ張っていく。確実に相手にダメージが入るように、いやそんなことを考えるのも億劫だ。


「オレは自分が強いなんて思ってねぇよ。大事なところでいつもヘマをするクソ弱いプレイヤーだ」


 だからこそ、たったコレだけははっきりと言おう。


「でも、そんなオレでも運だけは味方する。運を味方にするんじゃねぇ、運が味方になるんだよぅっ!」


 キリキリと引っ張られた弓弦が放たれる。


「[チャージ]・[ライティング・ブラスト]ォッ!」


 指先から放たれた光の矢は心細いほどに細く鏃も心もとない。


「されば、それを払い除けるまで」


 マコウは矢を右手で払いのけようとしたが、「ッ?」


 するりと、まるで意図があるかのように光の矢はマコウの手をすり抜ける。


「なっ!」


 その鏃はマコウの胸へと突き刺さる。


「しかし、まだダメージは――」


 光の矢がふたたり形成される。クリティカルが入った証拠だ。

 矢は再びマコウの弱点にダメージを与える。


「――やはり星藍が気に入るわけだ」


 ゆっくりと目を閉じ、ダメージが蓄積されていく。そしてマコウがやられる既の所で、



[タイムオーバー、ゲーム・ウォン・バイ・シャミセン]



 機械的なアナウンスが聞こえ、スッと何かが抜けたような感覚とともに、虚空に浮かぶ互いのHPゲージは霧となって消えた。



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