第321話・艶書とのこと


「シャミセンッ!」


 パッと、オレのところへと一蹴で駆け寄ってきたセイエイが、


「思ったんだけど、なんであの人こんなことしてるの?」


 と、けげんそうな顔を浮かべながらきいてきた。


「えっと、セイエイさん? 今までの話を聞いてました?」


「聞いていたけどやっぱりわからない。なんでシャミセンとジンリンが嫌がることをしてるの?」


 あきれた表情で言うジンリンの言葉に、セイエイはさらに首をかしげる。

 純粋無垢だからなのか、それとも異性と付き合ったことがないからか(たぶん後者)、麗華の、歪んだ恋愛感情による暴走がこの事件の一端だということが理解できていなかったのだろう。


「それにそもそもケツバさんが、彼氏だっけ? その人を盗っていないって言っているのに全然人の話を聞いてない」


「あぁ、恋は盲目というか、思い込みが激しいというか――」


 んっ? ちょっと待て……。


「なぁ、ジンリン……、お前はVRテスト中、カルムにオレのことを話していたりもしてたんだよな?」


「そうだけど、さすがに君の本名までは言ってないよ」


 オレの質問に対して、妖精は怪訝そうに聞き返した。


「もうひとつ、お前から,,オレのサポートフェアリーになろうとしたのか?」


「……ッ! あ――ッ!」


 ジンリンは、唖然としたように、ぽっかりと口を開く。


「っと、どういうことですか?」


 ビコウや、オレの近くへと近付いているナツカたちも、困惑したようにオレを見据える。


「いやそもそもオレにしかサポートフェアリーがいなかったのが妙なんだよ」


「それをいまさら言いますか?」


「でも、たしかにそうですよね。ジンリンさんみたいなのが魔女プレイヤーの使い魔として最初から用意されていたとしたら、クエストなり情報が提示されていたはずですし、なんで私たちにはなかったんでしょうか?」


 テンポウがケツバや麗華を見据えるように言った。


「育成型AI知能を持ったNPCのデバッグができなかった」


 ケツバは、さきほど襲われたときの痛みがあったのか、開放されてからずっとその場にへたり込んでいる。

 そのためか、声もどことなく弱々しい。


「ビコウ……お前さんならわかるのではないか? たかだかゲームの登場人物に現を抜かすのはかえって危険だと――。ましてやそれがFPSならなおのこと」


「っ? どういうことですか?」


「FPS――一人称視点ファースト・ポジションでのシミュレーションゲームっていうのは、ゲーム画面がプレイングキャラの目線を通してプレイするジャンルなのはわかるわよね。ただこれってテレビやPCのモニターでやっているから、ゲームをやめれば現実に戻るのは簡単――なんだけど、のめりこんでしまう人はやっぱりいるわけで、しかもVRゲームはそもそもがプレイヤーの視界をHMD(ヘッドマウントディスプレイ)で覆っているから、リアル思考のゲームを長時間やりすぎると現実とごっちゃになっちゃうの」


「……それって、最悪自分がゲームの中の住人……主人公だと錯覚を起こしてしまうってことかしら?」


 コクランがそう聞くと、ビコウはちいさくうなずいて見せた。


「わたしが植物人間だった時、遅くてもかならず夜の十二時以降はプレイを中断して寝るように努めて、だいたい朝の七時前とかには意識を起こす習慣をつけていたからね。そうでもしないとどっちが現実か混乱するじゃない? わたし自身は病院で眠っているっていう自覚があったからいいけど」


「あれ? でも常時VRギアというよりはBMIは頭につけていたんですよね?」


「それが唯一わたしに与えられた外部とのコミュニケーションツールだったからね。そもそも植物人間だって、体を動かすことができないだけで、聞こうと思えば病室での会話はほとんど聞こえてたのよ」


 ビコウは、チラリとオレを見据える。


「それが本当だとしたら、お前病院での一幕聞いてたな?」


 以前オレが、星天遊戯の中にある、始まりの町の裏山にある隠しダンジョンの泉で、セイエイの裸を見たことを知ったテンポウたちに私刑リンチされていたことを知っているということになる。


「だけどケツバさんやおねえちゃんが言いたいのは、麗華はそれを否定しているってこと?」


「おそらくね……。しかもご丁寧にVRギアのテスト中、ジンリンがカルムに話していたことを聞いてかどうかはわからないけど、勝手に嫉妬していたみたいだし」


「まぁ、ケツバさんから彼氏を取られたなんてつまらない勘違いしている時点でそうじゃないかとは思っていたけど」


 ジンリンは、ゆっくりと麗華のほうへと近付いていく。


「おいっ! 危ないぞっ!」


「大丈夫。ひとつ文句を言ってやるだけだから――」


 オレの制止を振り切るように、ジンリンは麗華の手が届くところまで近寄り、そこで浮揚する。


「…………ッ」


 それを、ジッとにらむように見ている麗華に対して、


「うん。なんか色々と云いたい事があるんだけど、まずは――」


 オレは、いやこの場にいる全員が、ジンリンの言葉に唖然とした。



「――ありがとう。また彼と一緒にゲームをプレイさせてくれて」


 それこそ、舞台の歌姫が観客たちの大歓声スタンディング・オペレーションに応えるかのように、スポットライトが彼女だけを照らしているような満面の笑みでそう言った。


「だけど、あなたに感謝したいのはそれだけだよ。ボクはボク。あなたが思っているほど強くなんてないし、ましてや英雄なんかじゃない」


 が、それもつかの間、ジンリンは麗華を、ゴミムシを見るような視線を返した。


「あ、ははははは、なにを言ってるのかしら? あなたは私が求めた英雄。英雄――」


「はぁ……、だいたいさ――ボクをNODに閉じ込めようとしたことだって、ヒロトを記憶のないNPCにしたのだって……、全部ボクの存在が疎ましいと思っていたんでしょ?」


「そ、そんなこと……ない。ない。ない。ないないないない」


 麗華は否定するように、頭を激しく振った。


「あなたがボクをどう思っていようが知ったことじゃないよ。だからこの場でハッキリと、みんなの前で、魔女が一番嫌がる言葉を言ってやる」


 ジンリンは、すこしだけうしろへと、麗華との間合いをひろげるや、


「すぅ……っ」


 と、6インチの人形とは思えないほどにふくよかな胸が、さらに強調されるほど大量に息を肺の中に入れるや、



「ボクは――、***は***のことが***だぁぁああああああっ!」



 耳鳴りがするほどにけたたましい告白をした。



「ふぅ……すっきりした」


 なんか満足そうだけど、ほとんどNGになっていて聞き取れんかったぞ。

 とまぁ、なにを言いたかったのかはわかっているからいいのだけど。

 やばい。わかっているからこそ、後になって背中がすごいこちょばゆくなってきた。


「あははは、はははははははは……」


 そんななか、ケツバがその場で破顔大笑する。


「ケツバ、あんた、なんでこんな時に笑っているのよ」


 相手を恨めしく思っているほどに険しい視線を向ける麗華に対して、


「いや、さすがにここまで否定されたらお前さんだってなにも言えんじゃろ?」


 あまりの滑稽さに、ケツバの目尻には笑いによるものなのか水滴が生じており、それを指でぬぐっている。


「そんなわけがない。この歌姫はあの凡人に、人間の屑に言いように」


「あきらめろ。彼女は心のそこから彼のことを好いておる。おまえさんなんかが割って入れるような隙間などどこにもない」


「そんなことないわ。そうよ。この場にいる雌豚どもが、あの凡人を好いているという証拠でもあるの? だって彼は誰かに頼らないといけないくらい――」


「好いているかどうかは別として、手を貸してあげたいって思うくらいはその人の自由じゃないですかね?」


 テンポウが、麗華のことばをさえぎるように言い返した。


「だって、もし私がシャミセンさんと知り合いじゃなかったら、ハウルがVRMMORPGをプレイしていなかったら、同じ学校じゃなかったら……なんかいろいろと、たらたらたらって言いそうになってますけど、全部ひっくるめて――私としては彼のおかげでVRMMORPGがさらに面白くなったんですよ」


 オレを見据えながら、テンポウは言葉を発していく。


「まぁ、彼の腕がいまだに弱いってのは否定しないけどね」


「それにプレイヤーどうしの横のつながりをなめないほうがいいですよ」


 みんなが、思い思いにそういっている中、


「それに世の中にはこんな言葉があるのよ。[傾国の美女の心を射止めるは一途な匹夫]ってね」


 ナツカがそう言い放った。

 無粋かもしれんが、どういう意味よ。


「なぁ、ジンリン……」


 妖精に言葉の意訳を訊ねようとするや、


「……あわわわわわ――」


 なんか顔を紅葉を散らせたかのように紅潮させていて、熟れたピーマン……もといパプリカみたいになっていた。

 おーい、意味がわかってるなら教えろ。なんか置いてきぼりを食らっている気がしてならんのだが?



「あはははは、あぁ、こりゃもうお前さんの負けじゃな。ここまで言われてしもうては百年の恋もさすがに冷めるわ」


「…………」


 ケツバは敗北宣言しているというのに、まだ腑に落ちないのか、麗華はオレたちをジッと見据えていた。

 ……が、それも束の間――。


「はぁ……」


 麗華はため息をつくと同時に、拡張していた自分の影を潜めた。


「あんなことを言われたら、もう負けを認めるしかないわね」


 苦笑するように、麗華はオレたちへと歩み寄った。

 オレは警戒心をむき出しにし、右手に魔法盤を展開させる。


「シャミセンさん、あなたはどうしてジンリンが、あなた専用のサポートフェアリーになっていたのか――その理由はうずうず気付いていたのではないのですか?」


 麗華の質問に、オレは眉をひそめる。


「ジンリンは、もともとゲームに支障をもたらす……プレイヤーどうしのいざこざを鎮める妖精として作ったんです。運営が口を出していいものかどうかわからないものでも、高性能AIである彼女ならば、独自の判断として、またカウンセリングとして需要されるはずでした」


「だけど、先のことであなたはボクの記憶と魂をゲームサーバーの中にコピーして、それを妖精ジンリンというAIに移植した」


 ジンリンがそう言ったが、麗華は否定するように首を振った。


「いいえ、それは違います。信じられないかもしれませんが、私が欲していたのはあくまでサイレント・ノーツの中で他者を近づけない圧倒的な力を持った歌姫であるあなたです。だけど不具合によって……アナタを殺してしまった」


「しかも、その時のシステムや、ヒロトというプレイヤーがNODの中に閉じ込められた原因となっている事例を引き起こしたプログラミングも、全部NODの中心核に位置しておってな、此度の件を知った時には下手に弄れなくなっていたということじゃ」


 ケツバが申し訳ないといった表情で言う。


「それじゃぁ、前にオレに話したことって――冗談とかではなく……」


 オレはジンリンを一瞥し、


「NODという世界を文字通り破壊してしまうってことか」


 視線をケツバたちに向けて問い質した。


「察しがよくて話がしやすい。つまりわしらはパンドラの箱どころか、このゲームを監視している魔女の逆鱗に触れておったということじゃ」


「でも、それだったら少しのあいだメンテナンスなりして原因を削除すればいいだけなんじゃ?」


 セイエイがそう言うや、


「恋華、そう簡単に言うけどね、ただ単純にそのプログラミングソースを削除するだけじゃダメなの。それに生じたバグも修正していかなければいけないし、ひとつ消したらふたつ増え、ふたつ消してはみっつ増え……なんてことが起きる場合だってあるのよ」


 ビコウが肩をすくめるように言葉を返した。


「あぁっと、つまりあちらが立てばこちらが立たずってことですか」


 ハウルが肩を落とすように言う。


「じゃが、ひとつ……それをなかったことにできるやもしれんことがわかったのも事実じゃ」


 ケツバはゆっくりと……、オレやジンリンを見据えながら、


「ジンリンを……NODというゲーム……いや、この世での存在を抹消すれば、もう二度とこのようなことはおきんということじゃ」


 残酷な言葉で告白した。



「そ、そんな? ほ、ほかに、ほかに方法はないんですか?」


 テンポウが目をカッと開き、責めるようにケツバに言い寄った。


「そうですよ。だってせっかく再会できたんですよ?」


 ハウルも同じように、ケツバに言い寄っている。


「だけど、ジンリンのデータ自体がそもそもイレギュラーだったわけだからね」


「た、たしかにそうかもしれませんけど、でもいきなりそんなことを言われて」


 ハウルがオレを心配そうに一瞥してきた。

 おそらくだけど、納得いくのかとか思ったのだろう。

 まぁ、思っていないってのが本音だけど……。

 だけど、ケツバたちの言うとおり、ここでジンリンのデータを消去することが、NODの未来を救うという可能性だってあるし、麗華だけじゃなく、もしかしたら別の誰かが今回の事件で使われたことを、また再利用してしまう危険性もありえる。

 だが、オレの本心からしてみれば、ジンリンと――漣とまだ一緒にゲームがしたいというのも本心なわけで……。

 なんとも、ちょっと気持ちが揺らぐたびに、秤にかけられた錘がどちらにもかたむいてしまう。


「なんか、世界の命運を迫られた英雄ってのは、みんなこういう気持ちなのかね?」


 オレはもどかしさと苛立ちを交えた複雑な表情で嘆息を吐く。


「シャミセンさま……」


「一人を殺して世界を救うか……、世界を殺してまでたった一人を助けるか」


 オレにとっては、どちらも選びきれない。

 だが選ばなければいけない。



「***、ボクはキミの判断に任せるよ」


 妖精は、オレの考えなど見透かしているかのように哀れんだ笑みを浮かべた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよジンリンさん? それって全部煌兄ちゃんに責任を押し付けているんじゃ」


「ハウル、そんなことないよ。ボクはそもそもこの世界にいてはいけない存在だったんだから、いまさら気にすることじゃないでしょ?」


 ハウルを制するように、ジンリンはちいさく笑みを浮かべて返す。


「それに……ボクは彼と一緒にまたゲームがプレイできた。それだけでも十二分に満足しているし、もう思い残すことなんてない」


 おい、そんな簡単に決めていいのかよ?

 もっと、もっといっぱいNODの中でやりたいことだってあるんだぞ?

 オレよりゲームが好きなくせに、どうしてもっとワガママじゃないんだよ?



「えっと、ちょっと場違いなことを聞きますけど……今日って十月何日でしたっけ?」


 重苦しい空気の中、ビコウが挙手するように注目を集めた。


「おいビコウッ! 人が真剣に悩んでいるのを――」


「十月の二十七日だけど?」


 オレが文句を言おうとしたのを、セイエイが止めるような形でビコウに今日の日付を伝えた。


「そうか……、ってことはうん。やっぱりこういうEDのほうがいいかもね」


 なんか考えているみたいだけど、いったいなにを考えていらっしゃるのやら?


「シャミセンさん、このゲームのタイトルってなんでしたっけ?」


「[ナイトメア・オブ・ダークネスウィッチーズ]だろ? それがどうかしたのか?」


 苛々とした感情になっていたのか言動が荒々しい。


「だったら、この話は今月の晦日の晩まで……暦が十一月になる直前まで保留にしたらどうですか?」


 ビコウがちいさく笑みを浮かべる。


「ちょ、ちょっと? こういうのってその場でパッと決めたほうがいいんじゃないの?」


「シャミセンさん一人に背負わせるにしたって、限度があるでしょ? それにこれはNODプレイヤー全体における問題でもあるんだしさ」


 不意に、ビコウがケツバや麗華にアイコンタクトをしているような気がした。

 それに気付いたのか、いや、なにか別の理由があったのか、ケツバと麗華、二人の表情が唖然とした表情を見せている。


「……なるほどな――たしかにこの日がNODにおいてもタイムリミットじゃろうて」


 ケツバはゆっくりと、オレに近付くや、


「シャミセンよ、お前さんには十月三十一日午後六時に催される特別イベントへの参加を義務つけよう」


 そう告げた。


「いや、だからいったいなんだって?」


 憤りをあらわに、オレはケツバに詰め寄る。


「じゃが、その時まで……その時間になるまでお前さんはこれよりアカウントを一時停止させる。NODだけではない、星天遊戯においてもログインできないように設定しておく」


「ちょっと待て、なんだってそんなこと――」


 オレがそう詰め寄るが、オレのからだはゆっくりと薄れていく。

 ケツバが、運営権限としてオレを強制的にログアウトさせようとしているのだ。


「おいっ! いったいなんだってんだよ?」


「大丈夫ですよ。たかだか三日と十八時間のあいだだけログインできないだけですから」


 ビコウがカラカラと笑いながら手を振る。

 おいっ? だからなんでそんな…………――――。



 VRギアのモニターには、オレが使っているアプリのアイコンが羅列されている。

 その中には当然、星天遊戯とNODのゲームアイコンも表示されているわけで……、


「すぐに戻って文句を言ってやる」


 そう思い、操作デバイスでアイコンを動かし、NODのゲームアイコンをクリックしてゲームを起動させると、普段どおり暗澹としたタイトル画面に入ったのだが、



 *現在プレイヤーはアカウントを一時停止されています。



 というアナウンスが表示されており、ログインすらできなくなっていた。

 しかも星天遊戯にいたっても似たようなことになっている。

 ビコウのやつ、いったいなにを考えてるんだ?

 そもそもその日ってたしか――世間的にハロウィンじゃなかったっけ?

 その日といったいなんの関係があるっていうんだ。――



 Ω Ω Ω Ω Ω Ω Ω Ω Ω Ω Ω Ω Ω Ω Ω



 結局のところ、オレがNODにログインできたのは、あの日ケツバがいっていたとおり、十月三十一日、午後六時になってからだった。

 あの後、大学でビコウにどういうことかと詰め寄ったが、まったく応えようとはしないし、ハウルたちにも[線]とかで連絡をとっても、なんか口止めされているみたいで、なにひとつ教えてくれなかった。

 強制ログアウトされた日の最終地である、第一フィールドの拠点町[ルア・ノーバ]の宿屋の一室からゲームが再開され、オレは不服気にベッドから腰を下ろした。


「おーい、ジンリン?」


 呼びかけたが返事がない。


「反応しないのか?」


 それならばと、ほかにログインしている人がいないのか調べ、フレンドリストのウィンドゥを展開してみたが、


「はてな? なんでみんなログインしてないんだ?」


 すくなくともセイエイはログインしていると思ったのだけど、彼女ですらログインしていない。



 仕方がないので、マイルームから部屋を出て、一階のロビーへと降りようとしていた時だった。

 二階の廊下に施されている柵から、吹き抜けになっている一階のロビーが見下ろせる。その中で、ある人物がソファに座って、ジッとなにかを待っているのが目に入った。



 竜胆のような色をした、腰まである流れるような長髪に、憂いのある柳眉に整った顔立ち。

 そしてモデルのように目を引かせるほど恵まれた肢体を、黒のマントで覆った魔女が、ソファのサイドテーブルの上に重ねられている書物に目を通している。


「あ、やっときた」


 その魔女は、オレが彼女を見ていたのに気付くと、読んでいた本をテーブルの上に置き、こちらへとかけよるや、パッと花が開いたかのように明るい声で、


「女の子を待たせるなんて、やっぱりキミって成長してないよね?」


 と、ご立腹そうに頬を膨らませた。


「えっと……いったいどういう?」


 困惑しているオレの精神を逆撫でするように、目の前の魔女はゆっくりとオレの手を引っ張り、


「ほら、もう時間がないんだから……ね、煌くん,,,――」


 そう言って、オレをなかば強引なかたちで宿屋の外へと連れ去った。


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