第306話・苦衷とのこと
「なるほど、そういう遣り方ならNGにはなりませんな」
オレが書き込んだ掲示板を傍観していたシダさんが、得心したように笑みを浮かべていた。
「この事件を起こしている魔女の本名を知ってないとできないことですけどね」
「しかも、そのことで結構書き込みが多くなってきているよ」
小さく笑みを浮かべる妖精だが、どことなく眉をしかめているようにも見える。
「どうかしたの?」
「いや、いちおう云うけどさ、キミや鉄門くんと一緒にルシファーを手に入れようとした時に失敗したこと書かれているでしょ?」
ジンリンが肩をすくめるように云う。
「それを悪い風に云われるとちょっとね。ほらよく言うじゃない。『水と火には情けがない』って」
オレがネットの接続回線が落ちてクエスト失敗していることが、オレが失敗するのがいやでわざと電源を切ったみたいなことが書かれているが、
「たしかあの時はブレーカーが落ちたのが原因でな。ルーターの電源が落ちればネット接続もできなくなる」
ジンリンの言った言葉通り、災害というのは予想できないのが通例だ。
「まぁ書かれても仕方がないとは思うけど」
それはそうと、どうもこうもいかなくなってきたな。
「くだんの魔女がこの掲示板を見ていないことですが……」
ヒロトがうむと困却した顔を浮かべているのをみて、
「あぁ、これワザとだから」
と答えると、シダさんとヒロトはギョッとした顔でオレを見据えた。
「不特定多数の人間が参加しているMMOの掲示板だ。魔女がみていないとは言い切れない。逆に魔女もオレの名前や素性を知っている」
一度、本人とパーティーを組んだこともあるしな。
「でも解せないのは、どうしてまったく関係のない人を狙っているのかってことだよね。そもそもシャミセンさまがボクの名前を曝したことがつながるとしても、それは名前だけで住所とかは知らなかった――と最初はそう云えるんだけど」
「それとはまた違うルートで知ったということでしょうか?」
「魔女が強いプレイヤーに固執して、自分をフレンドに入れてほしいと申請をしても、それを決めるかどうかはそのプレイヤーだ」
「基本的に、ボクはリアルでのこともあったからあまりフレンドは入れなかったんだよね。入れても高校でクラスメイトだった二人だけだったし」
ジンリン――エレンは基本的にオレや鉄門とPTを組むことのほうが比較的に多いが、二人がバイトをしているときは、野良PTを組むことはあったという。
だが、オレのために最高ランクの歌姫になったあたりから、彼女のネームバリューを狙って、有名になろうとするプレイヤーが多くなり、彼女がひとりの時に何人かが声をかけてきている。
「まぁ、そんなときは決まって、ボクがレベル上げしているフィールドで痛い目に見せてるけどね」
カラカラと笑う妖精だが、
「それこそ【
あきれた顔でいうオレをみるや、にんまりと、
「云っておくけど、休みのときはレベル1のモンスターがポップされるフィールドで五時間ぶっ通しの戦闘をしていたからね。武器や防具の熟練度は他のプレイヤーとは格が違うって」
打ち返すように言い返した。
「それは別に苦労していないのでは?」
ヒロトが片眉をしかめるように云う。
うん、聞きようによっては楽をしているように聞こえる気がするんだ。
「あぁ、装備の熟練度を上げるのってね、結局はレベル上げをする時のついでなんだと思うんだよ。気付いたらマックスになっていたなんてよくある話じゃない」
「ヒロト、云っておくけど五時間ってのはあくまで最低でだからな。こいつオレが昼飯とかそういうのを促さなかったら一日中やっているときもある」
オレが苦笑を通り越して怒り心頭に言うと、
「あ、ははは」
なんともはやと言った様子で、ヒロトは唖然とした声をあげた。
「それにしてもロクなことをしていなかったみたいだな」
送られてきたメッセージを確認しながら、ジンリンを見据える。
「ボクに声をかけてくる人はいっぱいいたけどさ、断りを素直に聞いてくれる人もいれば、ちょっと文句を言ってくる人もいたよ。でも[プレイヤーのフレンドに近寄る]なんてことはしていなかったと思う」
それこそ、セイエイがクリーズにされたことを、ニネミアがしていたってことになるんだよな。
いやちがうか、今となっては、クリーズのアバターに取り憑いたニネミアが同じことをしていたってことになる。
「というか、お前が登録していたのって、さっきも云っていた具合なの?」
「まぁね、だから魔女が遣ったことはなかったんだと思う」
そう言い返してから、妖精は、
「そういうキミはどうなのさ?」
とからかうような声で言った。
「オレも似たようなもんだったよ。というか職業的にあまり声をかけられなかったってところだろうな」
「どんな職業だったんですか?」
ヒロトがそうたずねるので、
「そうさのう、まぁ一言で言えば、当たらないとまったくと言っていいほど役に立たない」
そう返したのだが、
「それってどういう職業ですか?」
と聞き返してきた。
「彼が選んだのはどこにでもいる剣士なんだけどね、あんまりゲームが得意じゃないから、タイミングを外したり、頓珍漢な行動をしたりでね」
ジンリンが肩をすくめるように、懊悩とした声。
「あぁ、だからあなたが歌姫になったと」
納得したようにシダさんが目をぱちくりさせながら、ジンリンを見すえた。
「そういうことです。そもそもオートターゲットとかスイッチとか戦闘が遣りやすくなるやつとかいっぱいあるのに」
「それでよく一緒にいたいなんて思いましたね。俺だったらそんなやつほっとくか、フレンドから外してますよ」
「普通だったらね。でも彼はボクにとってそういうのじゃなかったから」
ジンリンは、それこそお気に入りのケーキを、もしくは楽しみに取っていたおかずを、勝手に取られたといったような視線を向けていた。
「あ、はい」
物を言わせぬジンリンの威圧感に、ヒロトは言葉を失うのだった。
「まぁ若い男にはわからぬ世界ですな」
そんな二人のやりとりを見ていたシダさんが顎鬚をさするように、イスに座っているオレを見下ろしていた。
「え? なんでオレを見るんですか?」
こっちはどうやって魔女を誘い込むかってのに悩んでるんだけど。
「そもそもの話、魔女がシャミセンさんと同じ大学に通ってるなら、直接会うことはできないんですか??」
ヒロトが、それこそそのほうが楽じゃないのかといった首をかしげる。
「それができればこんなに悩まないって」
オレはテーブルで頭を抱えるように突っ伏した。
「まず学科が違うし、一年上の先輩だからなぁ。そもそもオレもこのゲームが始まって――」
あれ? ちょっと待て?
ニネミア――大塚彩葉とはじめて会ったのは、それこそ本当にNODをプレイしてからだ。
しかも、むこうはオレのことを知っていた。
いや、そもそもの話、大塚彩葉が漣の家にVRギアのテスト用デバイスを送ったことだって、彼女の住所を知っていないといけなかったはず。
「どうしたの? 吸血鬼が焼肉を夢中で食べていたら、ニンニクの芽をしらないで食べたみたいに顔面蒼白して」
オレの顔を覗き込むように、ジンリンが首をかしげた。
「わかりにくい
「でも、キミが云っていたとおり、サイレント・ノーツでキミがボクの本名を云ったのを彼女が聞いて――」
ジンリンが喉を鳴らし、顔を震わせた。
「ご、ごめん***、ちょっと自分でありえないって思ってるんだけど」
「どんなこと考えてるの?」
「魔女はボクのことを知ってはいたけど、キミのことはまったく眼中になかったってことになるんじゃ?」
「それならそれでいいけども?」
「いや、でもさぁ? 掲示板とかキミに送られてきたメッセージを見る限り、もっとも身近なキミにメッセージを送ったりするはずじゃない? それこそ鉄門くんも送られていなかった――のは明日あたり、本人に聞いてくれるとありがたいかな」
ジンリンに云われたとおり、明日大学で鉄門に聞いてみるか。
「でも、わからなくなってきましたね。そもそも168はなにがしたいんでしょうか?」
ヒロトの云うとおりだ。ニネミアが遣ろうとしていることがよくわからない。
「ただ単にコバンザメみたいなことをしているだけだったら、こちらもここまで懸念しないのですがね」
「NODで変なアイテムを受け取って、ギアのHDDが初期化されているみたいな話も何個かありますけど」
掲示板を窺ってみると、あるNPCからアイテムを受け取って、ログアウトしたあとにウイルス……トロイの木馬てきなやつにかかって、HDDに保存されているデータが死んでいたなんてのが目立つようになってきていた。
「所有者が自分からアカウントを削除して、ギアを初期化したとなればすべて消えてはいますが、本来はこちらでアカウント管理をしているので、プレイヤーのデータは生きているんですがねぇ」
それに対して、シダさんが意外なことを答えてくれた。
「え? それじゃぁそもそもサーバーの中のデータは死んで――ない?」
オレはそれを聞いて、エンダトスでみた光景を思い出していた。
「シダさん、そのアバターって所有者以外は使えないんですよね?」
「えぇ、MMORPGで使用されるアバターというのは、個々のアカウントIDでデータを作っていますからね。それ以外のアカウントが使うことなんて――」
ジンリンの問いかけに、シダさんはそれこそ、唖然とした顔を浮かべていた。
「それをアナウンスしてなかったんですか?」
「していなかったというよりは、人間の心理だ。契約書なんてろくすっぽ読まないし、それこそ重箱の隅をつつくくらいだろ? それこそさっきナツカが云っていたことだ」
「ナツカさんが?」
ヒロトが首をかしげるのをみて、
「彼女がお前に基本プレイ無料と言っているゲームで、課金するのはそのゲームにはまっているかどうかだって云っていただろ?」
「えっ? ええ、そんなことを云っていたと思いますが」
オレがなにが言いたいのかがわからず、困惑としたかおつきでヒロトはくびをかしげる。
「それって、言い換えれば無料でプレイしているのに、どうしてお金を払わないといけないのかって心理になるんだよ。ボクとシャミセンさまはサイレント・ノーツを遣っていたときは一度も課金なんてしたことはなかった」
「でもそれは強いアイテムを手に入れて」
「もちろんそれに関しては否定しない。そもそもボクら二人が遣っていたゲームはPCアプリだし、仮にパソコンが壊れたとしても、パソコンのOSを再インストールしたり、そのゲームをまた入れればそれで済む」
ジンリンの切羽つまった声に、ヒロトはたじろぐが、
「そもそもパソコンには[セーフモード]って云って、パソコンを立ち上げた時に正常に動かなかったときの対処法があるんだよ。でも――VRギアだけでそれができる?」
とどめの一言に、ヒロトはパッとシダさんを見据えた。
その目は困惑と恐怖が入り混じった複雑なものだった。
「VRギアの電源を立ち上げたとき、HDDにインストールされているOSを最初に読み込みますが、それが壊れているとなれば、VRギアを使用することは横車を押すことに等しい」
「VRギアに個別IDみたいなものはあったんでしょ?」
ヒロトがあたふたとしだした。
「それはあるでしょうね。でもそのアカウントを調べるには、そのVRギアがネットワークにつながっていなければいけない。二重アカウントを防ぐための術を殺人事件に使われたのよ」
「自殺したプレイヤーも、最初は色々と手を尽くしただろうさ。でも大本であるVRギアが通信不可となれば――」
オレは、ぼうしのつばを目深まで被る仕草で言葉をとめた。
これ以上先を云わなくても、ジンリンたちには伝わると思ったからだ。
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