第304話・許容範囲外とのこと
朝六時少し前。いつもの時間に目が覚めたわたしは、枕元においていたスマホの液晶画面を、それこそ眠気眼で見つめていた。
液晶から漏れだすブルーライトの光がまぶしく、ところどころで眼を
夜中にメールや[線]の受信音で睡眠の邪魔をされたくないという理由から、マナーモードにしているため、こうやって起きてからその確認をとっている。
とはいえ、気になった部分以外はほとんど既読スルーしているけど。
メールの受信ボックスには、昨夜煌乃くんからわたしに話したいことがあったのを代わりに聞いてくれた
「結局、魔女のやった
しかもジンリン――漣さん以外にも意識だけが存在しているプレイヤーがいたことに驚きを隠せないでいたが、そのヒロトという少年が、彼がβテストに見せていた行動パターンを蓄積させて生み出したAIという懸念は拭いきれなかった。
行動というのも、またその人の人格と言われているからだ。
それにヒロトという少年が本当に死んでいるのかすらわからない。
いくらわたしが社長令嬢といっても、実際はゲームのデバッグに参加しているアルバイトという立場でしかないから、調べようにも調べられないのが現状。
「でも被害者がビーターっていう考えはどうなんだろう」
星天遊戯の時もそうだったけど、ビーターのデータは消去しているはずだ。
している……はず。
「そう言い切れないのが悔しい」
わたしは地団駄を踏むように頭を抱えた。
なにせ自分がしっかりと消したと思っていたイベントのデータを
「義兄さんのハッキング技術って、ロシア軍レベルに高いからなぁ」
そもそもわたしが原案したクエストの没データを星天遊戯のゲームサーバーの中から、それこそ魚群探知機みたいに見つけてくるくらいだし。
「まぁ煌乃くんが仁忠義兄さんにお願いしようとしているのは、あくまで被害者がNODのβテストに参加していたかどうかを調べるためだけど」
βテストに参加したのが小人数とはいえ、不特定多数のプレイヤーが参加するMMORPGの中で、しかもサービス開始された時に名前とかを変えているかもしれないし、星天遊戯からのコンバーターも名前の変更をすることができる。
つまり、名前が違っていれば、それだけでこの考えは破綻していた。
「でも考えによっては間違っていないのかも」
おそらくだけど、プレイヤー情報で知ることができるVRギアの個人情報を、被害にあったプレイヤーの情報を掛けあわせればってことなんだろうけど、
「でも丑仁義兄さんの話だと、VRギアの照合ができないみたいなんだよなぁ」
いまだに世間では突然の自殺とか、心臓発作としてでしか報道されていない。
なにせゲームを配信しているセーフティー・ロングがこの禍々しい事態を、ほんとうの意味で把握できるようになったのは、
――
それまではただの行き過ぎたイタズラとか、関連性をみいだせない言い訳とかって言われていたようだけど、VRギアに搭載されているシステムの怖さを知っている
だけど魔女はそれをせせら笑うかのように悪事を繰り返している。
実際ゲームが原因で自殺をしたというニュースもあるにはあるけど、結局こういうのは精神的ショックが一番の理由なのかもしれない。
ただ、これ幸いなことに、わたしの知り合いのほとんどは、現実世界に絶望して仮想空間に閉じこもろうとするバカはいなかったことだ。
――若干一名いたにはいたけど、今では気兼ねなく話せる友人がいるし、なにより……。
「そんなことがもしあったとしたら、わたしがぶっ叩いてたかもしれないけどね」
自分の手を見ながら苦笑する。ほんと、そんなことが起きなくてよかった。
前に、わたしがまだ病院で体が動かせず、意識だけが生きている植物状態だったころ、はじめて見舞いに来てくれた煌乃くんが言ってくれた言葉を思い出し、わたしは小さく笑みを浮かべる。
「現実でできないことができるからおもしろいんじゃない」
見えている右目を手で覆う。
視界はぼんやりとスマホの光がみえているだけで、その輪郭もなにも見えていない。
見えている世界が違っていて、心ないクラスメイトからよく左が見えないことをバカにされたことがあった。
わたしからしてみれば、右目がどれだけ負担をかけているのか想像してほしいと思うところはあっても、結局見た目ではわからないから、心ない人たちに説明したところでどうすることもできない。
全盲の人でも、それこそまるで普通の人よりも早く歩いている人もいるくらいだから、片目が見えないだけじゃ障害のレッテルもなにもないけど。
「だけど、どうして魔女はそもそもこんなことを?」
犯行の大きな理由が漣さんと関係しているとすれば、NODで魔女が殺してきた人たちはまったく関係のないはずだ。
人を殺すということはそれなりに理由がないと、こちらとしても納得がいかない。
その割に殺された人は皆、てんでバラバラの関係。
なんのつながりもない。
「殺すとすれば必然的に煌乃くんを狙うはず」
とはいえ、これも理由としての信憑性は薄い。
ネットというのは、見えない相手と交流することが多い。
ゲームで知り合った相手で、いい人だなと思って誘われたとして、それが本当に安全なのかどうかは、直接会ってみないとわからない。
そもそもの話、漣さんにVRギアを送ったという相手の素性を、漣さん自身が知らなかった。
彼女はVRギアのテストがあると聞かされ、その数日後にVRギアのテスターとして選ばれたと、ジンリンを通して聞いている。
「大塚彩葉が漣さんの素性を知っていたってことなんだろうけど」
スマホの画面を見ながら、時間的にも起きていると思い、ナツカにメールを送ってみようとしたが、
「んっ?」
自分の脳裏に、何かが引っかかったのか、右手人差し指の先がスマホの画面スレスレで止まった。
「もしかして、漣さんがテストプレイに選ばれたのは偶然だったんじゃ」
ニネミアが勝手に漣さんのところへテスト用のVRギアを送ることは不可能に近い。
なにせ、テスター募集の際、百万以上の応募があったとフチンから聞いたことがあったし、それに選ばれたのもほんの五千人くらいだとかなんとか――。
まさか……。
自分の中で嫌な想像が生まれ、それを払い除けるように頭を振るう。
――ありえないありえないありえない。
ギアのテスターに漣さんと大塚彩葉が選ばれたことだって、そのテスト中に漣さんが死んだことだって、漣さんが死んだことが書かれていた掲示板を里桜が見たことだって、そもそもNODに漣さんの意識と記憶がAIになって煌乃くんをサポートしていることだって――。
そのすべてが大塚彩葉ひとりが仕組んだことだって言うの?
しかも煌乃くんの話だとザンリ――すでにAIでしかない夢都真海は今回の件ではなにもしていないという。
煌乃くんと里桜、恋華がおとずれた、ザンリがいたというエンダトスのことについて、NODスタッフは誰も把握できていなかった。
つまり、ゲームを管理しているはずのスタッフも知らない場所に三人は一時的に連れて行かれていたということになる。
「サイレント・ノーツにもなかったしなぁ」
自分がやっていた頃のことを思い出そうとしたが、いかんせん二年も前にサービスが終了した作品のこととなると、記憶に無いこともあるし、確認のしようがない。
そうなると、偶然なのか、特殊的なイベントが発動したのか……。
行ける方法があるとすれば、NODサーバーをハッキングして、すべての町やダンジョンの座標を調べるしかないけど。
「たまにチートとかでデバッグモードのやつとかあるけど、あれってどうやって調べあげてるんだろ」
デバッグというのは、ゲームがきちんと動くかをしらべたり、プログラミングとか、発動スイッチなどの管理をするためにあるのだけど、MMORPGは基本的に運営が随時アップデートしていることのほうが多いし、まだ実施していないイベントなんかのデバッグをするときは、それ専用のサーバー内で作業をしている。
そもそもわたし自身、運営権限として星天遊戯のどこにでも行けたり、魔法スキルや体現スキルをすぐに調べることはできるけど、プレイヤーとしてログインしているときは運営スタッフとしての権能が使えないから、持っていないスキルについてはまったく調べられないし、そもそもデバッグサーバーに行ける方法なんてしらな――、
「いや、知らないのがあたりまえじゃない? そもそも
自分の言葉と考えにおどろいたわたしは、カッと目を見開き、上半身を起こした。
その時、左手に持っていたスマホが手から離れ、いきおいよく机の方へと飛んでいくや、机上の鏡に当たり、
パリン……ッ!
という朝のまどろみを劈く音が響きわたらせた。
「おねえちゃん?」
隣の部屋で寝ていたらしい恋華が、眠気眼でわたしの部屋のドアを開け、窺うように声をかけてきた。
「なにかいやなことでもあった?」
心配そうな声に、わたしは苦笑いを浮かべるように、
「あぁ、大丈夫。ちょっと考えことをしてたら、荒唐無稽な結論になりそうだったから、おどろいた時に手が滑ってね」
と答えた。
「ほうき、持ってこようか?」
チラリと机の方を見ると、鏡は見事にひび割れ、その欠片が机の上どころか、床にまで散らばっている。
「大きいやつは拾えばいいし、細かいのはハンディークリーナーがあるから大丈夫。それより今何時?」
「……ッ? 六時半くらいだけど?」
恋華は首をかしげる。その仕草に今度はわたしも返すような形で首をかしげてしまった。
恋華がわたしにではなく、壁にかけている時計に視線を向けている。
文字盤が、それこそ子供の落書きとも言える稚拙な絵の時計。
その針が十二時をすこし過ぎたところから、カチカチと秒針が震えるようにその場から動かない。
「あぁ、また止まってる」
それを見ながら、わたしは苦笑を交えるように、視線を恋華に向け直すと、それこそ困却とした表情を浮かべていた。
「もしかして、まだ使ってた?」
「そりゃぁ使うでしょ? 大事な大事な姪っ子がプレゼントしてくれたやつなんだから」
それこそ恋華が幼稚園の時に作ったやつだし、思い出として残しておくってのもいいものよ。
「わたし、シャワーしてくるね」
恋華はそう言うや、踵を返すように立ち去り、階段を降りていった。
それを呆然と見ていたわたしだったが、あの子の態度を察するや――、
「あははははっ! さすがの恋華も小さい時のやつを見返すのは恥ずかしいか」
それこそ失笑を耐え切れず、呵々大笑してしまった。
机の上に投げ込まれていたスマホが鳴った。[線]の着信音だ。
「誰だろ?」
と、机の前に散らばった割れた鏡の破片に気をつけながら、机の上のスマホに手をのばして、画面を見ると、わたしは言葉を失った。
◇恋華『そんなに笑わなくてもいい』
恋華から、お怒りのメッセージでした。
なんでわかったんだろうか。この部屋からお風呂場まで離れているはずだし、そもそもそんなに大きな声で笑っていたとは思えないし、聞こえていないはず。
もしかして野生の勘?
やばい、大塚彩葉がやらかしたことを悩むよりも、恋華の第六感のほうが恐ろしくなってきた。
「あ、鏡どうしよう」
ハッと我に返り、机の上を見下ろす。
見るに無残なかたちとなった鏡が、ひび割れたようにわたしを映し込んでいる。
いつもこの鏡を使って軽く髪型を整えたりしているからなぁ。
まだシャワーをしているだろうし、わたしもその後に入ろうと思っているから、[線]でメッセージを送って、恋華が使っている小さい鏡を使わせてもらおう。
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