第281話・齟齬とのこと
決闘を申請してきたマガンは、どうやらデスペナルールにしていたらしく、オレに
オレはオレで、勝ったのに申し訳ないといったかたちで、彼の仲間に小さく頭を下げている。
「い、いえ……、も、元々あいつが喧嘩を売らなければよかっただけの話ですし、シャミセンさんが気にすることじゃないですよ」
笑顔を引きつらせながらリガンは言う。
よもやこんな『嫌な事件だったね』状態になろうとは、誰も思っていなかっただろう。
オレだって思っていない。
「で、でもこれどうしよう」
「アップしないほうがいいよな? いやしたら絶対不適切動画ってことで削除されそうだし」
イタチとビガンが録画していたらしいプレイ動画を動画サイトにアップしようか迷っているようだ。
「キミたち、さすがにあぁいうやつはアップしないほうがいいよ。下手したらゲームそのものを終わらせてしまう場合もあるし、いやグロありのやつって日本は結構厳しいはずなんだけどなぁ」
そんな彼らに、ジンリンが哀れみを含ませた声で制していた。
「あ、すみません」
そんな中、リガンが震えたように挙手をした。
「んっ? どうかしたのか?」
「いや、VRギアの設定を間違えて、録画機能をストリームにしてました」
「はて? ストリームってどんな機能だっけ?」
「リ、リアルタイムでネット配信する機能のこと。まぁクエストに関係しているやつは使用不可になるけど、通常状態や決闘状態だとネタバレってわけじゃないから普通に使えるんだよ」
それを聞いていた妖精が、それこそ「どうするの?」と頭を抱えている。……つまり、オレがマガンと決闘した状況も配信されていたって事か。け、掲示板に載ってないよね?
いちおうリガンに問い合わせてみると、
「…………」
無言で顔を背けられた。
「うん、もうこうなったらあきらめよう。まず***は普通に倒そうとした。それが偶然あぁいう形になった。掲示板にどんなことが書かれていても気にするな」
ジンリンが、オレの右肩に腰を下ろすと、ポンッと手を頬に当てた。慰めてくれてるのかね。
▼
さても、リガンたちと別れて、今度こそケツバのところに行こう。
――いざ鎌倉、もとい、いざケツバの館だ。
「あれ? 煌兄ちゃん?」
リガンと出会った店の横から顔を出すや、鉢合わせるようにハウルが声をかけてきた。
「んっ? なんでハウルさんだってわかったの?」
首をかしげるように妖精は言う。
「いや、NODでそう呼ぶのはハウルくらいでな」
「香憐ちゃんは? たしかVRMMORPGやってるって言ってなかった?」
「あはは、香憐は部活とか勉強もあるからね。二足の草鞋は履けないでしょ?」
「そういうことか」
チラリとジンリンを見るが、
「ところで煌兄ちゃん
ハウルがそう聞いてくるので、「ケツバの館に行こうと思ってな」
と答えた。
「ケツバって、魔法のほうきを手に入れるために必要なところだったよね? 煌兄ちゃんはもう持ってるんじゃなかったの?」
「いや、NPCだからほかにもクエストがあるんじゃなかろうかと」
言うや、ハウルは目を輝かせる。――忘れてた。この子も結局はオレらと同類なのだ。
トトトッと、オレのところに近づいてきては、ジッと上目遣いで、
「行ってもいい?」
とおねだりしてきた。
「断っても、付いてくるだろうに」
「わかってるじゃない」
にこやかに笑うハウルを見てから、その流れでジンリンに視線を向ける。
「はぁ……」
とためいきを付きながら、
「まぁ、聞こうとしていることをハウルさんも知ってるしね」
なんとも苦笑を見せているが、まぁ仕方ないかと言った表情でもあった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
ケツバの館に到着すると、玄関にはプレイヤーの列ができていた。
「クエストクリアをされたプレイヤーの方はこちらにっ!」
「魔法のほうき受講希望の方はこちらに」
二人くらいのメイドが群れをなしているプレイヤーたちをそれぞれ捌いている。
「はてな? こんなに人っていたのかね?」
オレがははじめて来た時は、そんなにプレイヤーがいなかったと思うが。
「たぶん、キミ個人に用があったんじゃないかな?」
プレイヤーという名の雲霞を見据えながら、妖精が言う。
あぁ、それなら納得。
「裏口に回ったほうがいいかね?」
プレイヤーの数からして、まだぜんぜん終わりそうにないしな。
「魔法盤展開ッ!」
右手に魔法盤を取り出し、
【CHYMZA】
『
ハウルも魔法盤を取り出し、『
プレイヤーの前を通ってみるが、誰一人気付かない。
このまま館の裏口まで回ろう。
館の裏は、中世ファンタジーとは似つかわしくない風景が広がっていた。
「お白洲でもやるつもりか?」
と苦笑いしてしまうほどに、綺麗な枯山水。
踏み込んではいけないほどに砂の波紋が綺麗で、時代劇でよく見るけど、ほんとこういう模様って実際すごい計算されて作られているんだろうなと感服。
「んっ? そこに誰かいらっしゃるのですか?」
声が聞こえ、そちらに顔を上げた。
館の窓からこちらをうかがい見ていたのは、ティーガーマハトごと麗華さんだ。
「あれ? なんでティーガーマハトが?」
ギョッとした声と表情でハウルがオレのうしろへと隠れる。
「あら、今日はシャミセンさんしか来ないと思っていたのですが」
首をかしげるようにハウルに視線をむける麗華さんに、
「じつはこちらにくる途中付いてきまして、あ、おたずねしようと思っていることについてはこの子も知ってますので」
ちいさく頭を下げ、許しを請う。
「わかりました。しかしまぁ」
ジロジロと、人の従妹を見るのはやめてほしいのだがね。この子、意外に人見知りするんだよ。そんな視線を向けていたからなのか、
「す、すみません。ちょっとケツバの小さいときのことを思い出しまして」
麗華さんはクスクスと、手で口元を隠す。
「ケツバの?」
「えぇ、今のハウルさんみたいに、よくわたくしのうしろに隠れている恥ずかしがりやさんだったんですよ」
なんか、あのばあさん口調からして、すごく想像できない。
「ちなみに今はと言いますか、中学くらいになって身長が逆転されましたけどね」
窓が開けられているせいか、ガチャリ……というドアが開いた音が聞こえてきた。
「それがですね、中学のときに身長が一六〇台に入ったせいであまり得意でもないバレー部にむりやり入れられまして、本人は乗り気じゃないですし、結構少女趣味がありましたからね」
チラリと部屋の中を見てみると、窓の下が陰になってしまっているせいか、中に誰か入ってきたのかがわからない。
「それででしてね、身長の設定さえできていれば、自分の好みの身形に変えられることもできましてね。ちょうど小学生くらいの――」
「こんな言葉があるんじゃがな? 壁に耳あり障子に目あり」
部屋から老婆特有の声が聞こえてきた。
その声にハッとしたのか、麗華さんの顔が一瞬で蒼白に彩られていく。
「あっと……」
「人が休憩しておるときに、ずいぶん楽しそうに話しておったようじゃな?」
「き、聞いてた?」
「ちょうど、お前さんがあっちの身長が云々のところからな」
それってほとんどじゃないかね?
「麗華、お前さん今度のイベントクエストのプロットは完成しておるのかえ?」
「……手伝ってくれない? いちおうアイディアはあるんだけど固まってなくてね」
麗華さんは冷や汗をかきながらケツバに懇願するが、
「アイディアができておるなら、あとはストーリーを考えるだけじゃろ」
とケツバの声が聞こえた。表情は見えないのでわからないのだが、たぶん怒ってるんだろうな。
「それで、そこでこそこそとしておるのは誰じゃ?」
うん、わかっていたけどバレていたみたいだな。
顔をのぞかせると、
「まったく、今日は厄日じゃな」
ケツバはオレを認識するや、ためいきをついた。
▼
「あっちはシャミセンだけに用事があったはずなんじゃがなぁ」
椅子の背もたれに身をゆだねながら、両足をデスクに乗せるケツバ。身長が低いせいか上半身がほとんど見えん。
「ケツバ、いちおう接見の場を設けているんだから、そういう態度はいただけないわよ」
そんなケツバにあきれた顔の麗華に指摘されたからなのか、
「こっちは早く来ると思いきや、だいぶ道草を食っておったみたいじゃしな」
姿勢を正しながら、オレに視線を向けるケツバに、
「すみませんでした」
と頭を下げた。
「うむ、まぁ呼んだのはあっちじゃからな」
ケツバは虚空にウィンドゥを展開させると、
「すこしビコウからこんなメッセージが来ておってな」
ウィンドゥを横にスライドさせると、それこそ回転したように、メッセージ画面がオレのほうへと向けられた。
「****?」
首をかしげるようにハウルはオレを見上げた。
「やっぱり、ビコウは
さて、やっぱりというべきか、ニネミアのところがNGワードで雑音になった。
「うむ、わかってはいたがやはりお前さんたちでも言えぬか」
「言えないって――どういうことですか?」
ジンリンがそうたずねると、
「どういうわけか、わたくしたちもそのプレイヤーの名前が言えなくなっているんです」
麗華が肩をすくめるように答えた。
「言えないってどういうことですか? たしかここってNGワードは関係ないはずじゃ」
オレがけげんな声で聞くと、
「システムに異常がないので、やはりくだんのことが関係しているかと」
「まぁそれはとにかくとしてじゃ……シャミセンのほうも聞きたいことがあってここにきたのじゃろ?」
ケツバが眇めるように聞き返してきた。
「今日、オレや双子……メイゲツとセイフウを襲ったプレイヤー。そのプレイヤーに関しての情報と、もうひとつ――ザンリが殺したと思われるプレイヤーの名前が言えなくなっていることについて聞きたい」
声を低くし、真剣なまなざしでケツバと麗華を見渡した。
「殺したって――?」
そんな中、ハウルがグッと声を落としたように聞いてくる。
オレは、これまでの経緯をハウルに説明した。
「つまり、シャミセンさんとフレンドになっている双子のプレイヤーの知り合いが被害にあっていて、それが四日前に投身自殺したプレイヤーだった」
「彼女たちの父親にも確認が取れている。それで気になることがあるんだが――ザンリが狙ったり、擬態していたプレイヤーって、ほかのゲームではプレイヤーキラーだったり、それに準じてしまうほどプレイヤーに嫌がらせをしていたんじゃないかって」
「……ちょっと待ってよ***。もしそうだとしても殺す理由にはならないんじゃ」
ジンリンが、目を見開きながらオレに問いかける。
「それに、もしそういう考えならさ、ボクの場合はどうなるのさ? 自分で言うのもなんだけど、人に迷惑をかけるようなことはしていないはずだし、そもそもVRMMORPGをやっていたのは、セーフティー・ロング社が発表したVRギアのテストプレイの時だけだったんだよ?」
「だからこそわからねぇんだよ。もしザンリが
「その、ビコウさんからのメッセージからしてさ、そのプレイヤーとは煌兄ちゃんたちは会っていたんじゃないの?」
ハウルが不安そうに言う。
「いや、オレが
「ボクは、VRギアのテストプレイの時だったかな。あの口調にはちょっとイラってしてたから印象が残ってる」
オレとジンリンがそう言うや、ケツバが頬杖をつきながら、
「つまり、お前さんはNODがサービス開始されるまでは
「そういうことになりますね」
ジンリンはケツバの言葉にうなずきながらも、なにか思いつめた表情を浮かべた。
「なんか気になることでも?」
「いや、そのさ……結構記憶があいまいだから、自分でも信憑性がないんだけど――『川渡り』のパズルって知ってる?」
『川渡り』って、向こう岸に全員を渡らせるやつだっけか。
「それがどうかしたのか?」
「ボクの記憶だとね、
「なんか間違えたとか?」
オレがそう聞き返すと、ジンリンは手を大げさに振りながら、
「それはないよ。カップル三人のすごい簡単なやつ」
と言い返してきた。
「だけど、なんでその人はこんな酷いことをしてるんだろ? なんかの復讐とか」
「いや、いちおう被害にあったプレイヤーの住所とかを調べたがな、みなバラバラで統一性がない」
「こういうのってある程度はつながりがないと可笑しいよな?」
「無差別テロとか?」
それはさすがにないだろ――。
しかしまぁ、あぁいえばこういうの平行線で、まったく進展がなさそうだ。
「そういえば***、魔女が使おうとした魔法で、失敗したやつがあったよね? それについて考えたほうがいいんじゃ」
ジンリンが思い出したように言う。
「あぁ、そのことも話すべきだった。魔女が使っている魔法の中に『
そうケツバと麗華さんに聞いてみると、
「直訳して『時間を食う』か?」
ケツバは顔を麗華さんのほうへと向けた。
「辞書で調べてみてわかりましたが、『TIME』には『適したとき』という意味があるみたいですね」
「適したとき?」
鸚鵡返しするように、麗華さんの言葉を復唱する。
「条件が満たされたとかそういうことかな?」
「でも、いったいどんな条件が?」
麗華さんがけげんな顔で首をかしげる。
「それも今はわからないが、すくなくともエラーを起こしている以上は万能じゃないってことだ」
まだまだヒントどころか情報もないのが現状だけど……。
「直接会えばいいだけじゃ――」
「それができれば苦労はしないけど、同じ大学だからって会えるとは限らんし、夕方になるとオレはバイトがあるからなぁ」
ハウルがもっともなことを言うが、オレはオレで予定というものがあるのだよ。
「八方ふさがりってことか」
ためいきで返された。いやまぁそうなんだけどね。
「それじゃぁ、後はお前さんは第三フィールドに行ってくれんかな?」
まぁこれ以上第二フィールドに滞っていてもなにもわからないんじゃそうするしかないね。
「それででしてね、ちょっとこちらでテストをしたいといいますか」
言うや、麗華さんはパチンと指を鳴らした。
◇『鏡合わせの殺意』が発動されました。
なんか不吉なアナウンスがポップされる。
「……これってなんですかね?」
チラリと麗華さんを見たときだった。
ゆらりと、オレの影が
◇シャミセン/Xb17/【魔獣使い】
……なんで
「そやつを倒してクリアしてくれれば、もれなくボーナスポイントをプレゼントしてやろう」
おい、無茶振りするな。自分で言うのもなんだけど、攻撃パターンなんてまったく自分でもわからんのだぞ。
「ちなみに、運営に規制されているオレの
「そこは安心してください。ちゃんと同じ条件化のもとで戦ってもらいますから」
それはそれで心配なんだがなぁ。――辞退してもいい?
思わず、そう口に出かけた言葉を喉元で押し留める。
「***、『できるできぬは決心次第』っていうじゃない?」
そんなオレの心情を知ってか知らずか(たぶん前者だろうが)、ジンリンが聞いてきた。
「それをいうなら『どうせやるならしまいまで』って言い返してやろうか?」
この妖精は、人が苦しんでいるのを
いや、どちらかといえば、これが歌姫の本性なのだとあきらめよう。
オレの前でも仮面を被っていたと思うべきか? まぁ女ってのは心の底から嘯くようなものだし……。
あ、いや――若干一名はそうじゃない気がするけど。
「ほらほら、これを倒せばステータスポイントがもらえるんだから、がんばれ♪ がんばれ♪」
やかましいっ!! 嬉々揚々と発破をかけるなっ!!
ステータスポイントがもらえるのはこの上なくうれしいが、まさか、『
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