第271話・蒲魚とのこと


「やった」


 セイフウが、年相応のはしゃぐような声を上げる。


「ッ! 油断しないでください」


 妖精が横槍を入れる次の瞬間、グラグラと地面が揺れた。


「「きゃぁっ?」」


 双子がまた地面のゆれに対処できず、攻撃キャンセルを食らわされる。


「っていうか、あのヤドカリってこんなことできたのか?」


 オレが戦ったときはそんなスキル使ってこなかったんですけど?


「ボ、ボクもさすがにこんなことをしてくるとは思ってなかったけど」


 ジンリンはすこしばかり考えながら、


「もしかして、セイフウさんが***あてに送ってきたクエストって、まさに今この状況のことだったんじゃ?」


 と双子を眇めるように見やった。


「あっと……」


 メイゲツが苦々しい顔で視線をそらした。その態度から視て、妖精の推測通りだと察する。


「あれ? それだったら普通は関係のないオレが攻撃できること自体ができないんじゃ?」


 たしかレイドボスとかクエストに関係しているモンスターっていうのは、クエストに参加していないとエンカウントすらしない気がするんだが。


「た、たぶん前みたいな、フレンドプレイヤーは強制的に参加みたいなことじゃないかな」


 ジンリンがなんともはやと苦笑を浮かべていた。

 というか、NODではそれが標準デフォルトな気がしなくもないのだが?


「オレを呼んだ理由って?」


 ただ、やっぱり呼んだ理由くらいは聞いたほうがいいとおもい、彼女たちに問いかけてみると、


「あぁ、あのヤドカリみたいなやつの攻略法ってどうしたらいいのかなぁって」


 セイフウがオレとメイゲツのところへと駆けつけ、そう教えてくれた。


「どうもHTというか防御力BNWが高いから、ちっともダメージがないんですよ」


「それと急に地震を起こしてくるから、タイミングが計れないし」


 メイゲツ、セイフウの順に説明する。つまりあのヤドカリが曲者だということか。


「だったら……魔法盤展開ッ!」


 ちょっと思ったことがあったので、魔法盤を展開しようとした手前、



 ◇現在JT不足により、魔法文字の展開を規制します。

  ・攻撃魔法使用限度解除まで【01:34】



 というアナウンスが出てきた。


「あ、言い忘れてたけど、JTを全部使うくらい強力な攻撃魔法を使った場合、魔法が使えない状態になるから」


 と、妖精が、それこそ今思い出した(というよりは付け加えた)といった顔で説明した。


「そういうことは『ビーム・レイ』を使う前から言おうな?」


 妖精にアイアンクローしたろうかと思いながらも、そこはぐっと我慢する。


「まぁ、一匹倒せたんだからいいじゃない」


 ジンリンはそれこそ悪びれない顔で言い返した。



「それだったら、まだアタシもセイフウもJTには余裕がありますから、何を使おうとしたか教えてくれませんか?」


「いや、『強風GALE』や『突風GUST』、『竜巻TORNADO』みたいなやつを使おうと思ったんだがねぇ」


「あ、前に話してはいるだろうけど、攻撃魔法っていうのはプレイヤーの攻撃力CWVにもよるからね。『強風GALE』とか物体を風で吹き飛ばしたりする魔法を使っても、攻撃力CWVが低かったら風力もそれくらいにしかならないよ」


 つまり他の、火力とか水力とかも同じようなものだなと思っておこう。

 そんなことを考えていると、ジンリンが言葉を一度区切り、


「だから、さっき***がスィート・ホームに『強風GALE』で浮かばせたけど、本当はひっくり返そうと思って使ったんでしょ?」


 オレに視線を向けてきいてきた。

 彼女の言うとおりなので、素直にうなずく。


「完全にひっくり返せなかったのは、ヤドカリの重さに、オレの強風じゃ軽く浮かばせるくらいしかできなかったってことか」


 うむ、それだったらうかばせるとかは、このさいあきらめよう。



「そういえば、ちょっと思ったんだが、電気って風属性に入るんだな?」


「まぁそうだね……」


 と、ジンリンや双子が、キョトンとした顔でオレを見た。


「それがどうかしました?」


「いや、光と闇がお互いに弱点だっていうのはなんとなくわかるんだよ。ただ分類が面倒だなとおもってな」


 NODの属性は主に通常攻撃を意味する無属性以外だと、

 [火]・[地]・[風]・[水]・[光]・[闇]

 の六属性になる。

 四元素はこの順番が弱点属性になると思っていたのだが、


「あぁ、それなんだけどね、***が聞きたいのは、雷とか電気が風属性なのは、そもそも電気は自然現象のひとつだから、それを尊重する風属性に入るんだね」


「えっと、電気って人工的なものなんじゃ?」


 首をかしげるメイゲツに、


「もしかして、摩擦による発電とか? そんなやつですか?」


 セイフウのことばに、メイゲツはけげんな顔で首をかしげた。

 もしかしてメイゲツって理数系は苦手なほうか?


「ほら、カミナリだって、雲の中の電気がたまって、それが地面に落ちるみたいなことを授業で習ったじゃない?」


「なるほど、そういう考えなら自然の摂理……風属性になるな」


 このゲームでも自然の摂理――んっ?

 そういえば、前にハウルが使った魔法とか、目の前でどうやってあのヤドカリを倒そうかと、妹と相談しているメイゲツが使った魔法で地形が変化したやつがあったんだよな。


「まぁたなんかからぬことを考えてないかな?」


 ズイッと、妖精がオレの顔を覗き込んできた。


「いやぁ、ぜんぜんそんなことは考えてませんですのことよ?」


「どこがよ? まぁどんなことができるかはとにかく、今の君はJTが渇望していて、ろくな魔法も使えないんだから」


 ご立腹な妖精を尻目に、オレは双子に、


「ちょっと試してほしいことがあるんだけど、いい?」


 と声をかけた。


「ちょっ? さすがにやめときなさいって」


 ジンリンが止めに入ったが、


「アタシたちでできることでしたら、相談に乗りますけど?」


 と、メイゲツは期待したような目で言った。


「癪ですけど、こういうときのシャミセンさんの考えは成功する可能性がありますしね。オレも聞いてみたいです」


 セイフウは、ヤドカリを警戒しながらも、耳をオレにかたむけていた。


「…………っ」


 そんな双子の態度を見ながら、ジンリンはなにか思いつめたようなそぶりを見せていた。


「だったら、ひとつ面白いことを……ヒントを教えてやる。どうして野焼きをしても山火事にならないか」


 オレは双子から離れ、彼女たちを見据えた。

 これ以上は彼女たちの助言をしないためと、彼女たちがどうするかを傍観するためだ。


「って、それだけですか?」


 セイフウが、オレの行動に納得がいかず、荒れた声をあげた。


「『野焼きをしても山火事にならない』?」


「あぁ、それだったら――」


「ジンリン、それを言ったら、勉強にならないからな?」


 答えを教えるとかしないほうがいいぞ。


「ってもさぁ***? それ小学生が習ってるの?」


「習ってなくても、原理はわかるだろ?」


 それに勉強って言うのはなにも学校だけでするものじゃない。

 生きていれば誰かから口伝されているかもしれないし、テレビでその理論を伝えているかもしれない。

 ジンリンがあきれた顔でオレを見るので、そう言い返しておく。



「山火事になるのって、草に火が燃え移っちゃうからだよね?」


「それだったら、火が燃え移らないようにすればいいんじゃない?」


「でも風とかで火の粉が草についたりもしてるし、燃えている草から地面を通して――」


 メイゲツがチラリとオレに視線を向けた。なんか気になることでもでてきたか?


「あっと、どうかしたの?」


 そんなメイゲツに、セイフウはけげんな顔を浮かべる。


「もしかしたら……魔法盤展開!」


 メイゲツがパッと魔法盤を左手に取り出し、ダイアルを回し始めた。


【YSDYOFW】


 スタッフから激流水を放ち、ヤドカリにぶつけた。

 当然といえばなんなのだが、水属性の魔法では、同属性のヤドカリにダメージはほとんどない。


「メイゲツ、同じ属性じゃHTを減らすなんてこと」


「シャミセンさんが言っていたことって、もしかしたらだけど……」


 遠目から見ても、メイゲツはセイフウに耳打ちで答えを言っているのがわかった。

 そんなセイフウは、最初は首をかしげたが、どうしてあんなことを言ったのだろうか……その真意に気付いたように、


「魔法盤展開っ!」


 こちらも、右手に魔法盤を取り出し、ダイアルを回していく。


【CTYVEJYVCH】


 スタッフからほとばしっている火花を、ヤドカリに――ではなく、その周りの、地面が塗れた部分へと放った。



 そんな行動をしていると、ヤドカリの体がゆらりと動き、身体をかたむけた。


「またあの地震? ふたりとも避けて!」


 あわててそう双子に声をかける妖精だったが、そんなのはどこ吹く風の双子は、


「「魔法盤展開ッ!」」


 それぞれ魔法盤を取り出し、ダイアルを回していく。


【WHDQMFV VFQMZ】


 セイフウは電気をためたように火花が散っている連弩。


【WHDQMFV GYVMNIHF】


 メイゲツもセイフウと似たような、火花を散らしたメートル未満のバルディッシュ。

 ふたりは魔法武器を構えるが、

 ゴゴゴ……と、地面が揺らめき始めた。

 ヤドカリが地震を起こす前ぶりだ。


「シャミセンさんっ!」


 オレのことを信じてくれている双子だったが、やはり不安は隠せないようだ。


「大丈夫。オレの考えが正しければ……やつは自滅する」


 それに、双子はその布石を投じてるんだ。

 こっちは成功するって信じているのに、自分たちはそれを信じないとでも?


「「信じてますからねぇ!」」


 双子は攻撃に備え、武器をギュッと構えた。



 ヤドカリのかたむいたカラダが地面を踏みつける。


「――ッ!」


 その体躯は、地面を踏むことなく、カラダがかたむいていく。


「えっと? どういうこと?」


「思ったとおり、あの大きな体を陸が支えきれなくなってきたか」


 目を点にしている妖精を無視しながら、


「メイゲツ、セイフウッ! もう一個教えてやるッ!」


 オレは口角を上げ、双子を見据える。

 まぁ二人が展開している魔法武器から考えて、そういう思惑はあったのかもしれないが。


「水は電気を――」


「「通しやすいッ!」」


 オレの言葉を合図に、メイゲツはバルディッシュの斧頭を、自身が放った激流水でぬれた地面に叩きつけた。

 カミナリは塗れた地面を、導火線のようにその部分だけを駆け抜けていき、ヤドカリにたどりつくと、その足元から燃え盛るように昇天した。

 続いてセイフウの連続攻撃は、ヤドカリの周りに雷を落としていく。

 ヤドカリの周りもメイゲツの魔法で濡らしており、その部分がさらに体躯を濡らしているヤドカリのカラダへと電気が飛び火するように感電した。


「グゥおおっ!」


 ヤドカリが吼えた。というより吼えたでいいのか?

 逃げようにも、どうやら魔法とか戦闘中にフィールドの状態が変化すると戦闘が終了されるまでは元に戻らない。――それも計算の内よ。

 ヤドカリの簡易ステータスから見えるHTが減り始めた。

 どうやら地面のぬれた部分が逐電をしているみたいで、それをヤドカリは外部からではなく、内側からダメージを受けているようだった。


「つまり、この状態だと地面が乾くまで攻撃は続いていくと?」


 メイゲツが、これでいいのかなと言った口調で聞いてきた。


「勝てば官軍ってね」


 だいいち、弱点属性があるならそれを突かないのは可笑しいでしょ。


「それって今の状態で言っていいことなのかなぁ?」


 セイフウは会話に参加しながらも、ヤドカリがなにかしてこないかと言うのを警戒しながら、取り出していた魔法盤に手をかざしている。

 オレも一応は警戒をしているが、地面が乾かない以上は濡れた部分に電気がたまっているから、ダメージはたまっていくと思う。


「でも***の戦闘方法ってそんなのが多い気がするなぁ。この前のエスカピオとの戦闘だって、地面を濡らして風属性……特に電気でのダメージを倍にしてたし」


 ジンリンがそんなことを言っていると、ヤドカリのカラダから煙が噴出し始めた。


「なんですか、これ?」


 あっけに取られた双子は、目を凝らすようにヤドカリを見据える。


「ジンリン、あのヤドカリにあぁいうのは……」


「できるわけないでしょ? さすがにボクだってヤドカリが煙を出すなんてこと考えてもなかったし」


「なんか第二形態とか出てきたりとか?」


「それこそボスモンスターのあるあるじゃないですかぁっ! こんなただのクエストモンスターがそんな芸当できるわけないしぃっ!」


 ジンリンが悲鳴を上げる。


「シャミセンさん……ひとつ聞いていいですか?」


 セイフウがオレの法衣を握ってきた。


「んっ? どうかし――」


 ヤドカリのほうを見ると、煙はいまだに晴れていないが、人影はどことなく見えてきた。

 というか煙に隠れた人影とかって見えるのか。

 そんなことをのんきに考えていると、


「魔法盤展開ッ!」


 女性の声が聞こえ、魔法文字が展開されていく。


【WNJF

【CDJJZQ】


 目の前の、影で見えないソレが魔法文字を完成させるよりも先に、オレの足元に六方陣が展開される。

 そこから顔をのぞかせるように召喚されたのは、長い髪に冠を戴いた女性の頭と鉄の胸当てをした馬の体。背中にイナゴの羽根を生やし、尻尾はサソリのよう。

 ジンリンの召喚獣――アバドンだ。


「アバドンッ! あの煙の先に向かって『戦塵せんじんの宴』ッ!」


「了解ッ!」


 アバドンは口を大きく開き、風の弾を煙に向かって放った。


【WNJFFYW】


 だが、その魔法文字が展開されると同時に、耳鳴りが聞こえ始めてきた。


「主ッ! ワタシの攻撃が通じておりません」


「そんなわけないでしょ? ダメージは食らっているはずだし、そもそも攻撃をすれば魔法文字はキャンセルされるはずよ?」


 アバドンの通告を、それこそジンリンは否定する。


「で、でもその召喚獣が攻撃をしているはずなのにまったく――」


 セイフウが言葉をとめた。その顔は青褪めており、目の前のことが信じられないようすだった。

 オレは最初、ジンリンが召喚したアバドンの名状できない異形なすがたに恐怖を覚えたのかと思ったが、視線は煙の先に向けられている。


「あの……ジンリンさん? ひとつ聞いていいですか?」


 メイゲツもセイフウと同じで、これが現実なのかそれとも夢なのか、双眸はうつろとなってきている。


「ふ、二人ともッ! どうした?」


 二人を落ち着かせようと、気持ちをなだめていると、


「『あぁあぁどうかしたかいぃ?』」


 煙が晴れ、ヤドカリがいた場所にはマントをまとった男性が立っているだけだった。女性じゃなかったのか?

 男性の見た目は三十代前半くらいで、四角い顔にあごひげを生やしている。カラダは硬く逆三角形とはこのことを言うのだなと思えるように隆々としている。


「あれがどうかしたの?」


「……シャミセンさん、アタシ――あの人と一度リアルで会ったことがあるんです」


 セイフウが現実オフラインでの口調でオレの法衣の裾を握り締める。

 その手は今にも千切れそうなほどに震えていた。


「オフ会で?」


「パパが星天遊戯でフレンドになった人だったんです。夏休みの時に住んでいる場所が近かったからってことで、アタシとセイフウも参加したんですけど……」


 それくらいだったら、特に気にするわけじゃなかったが――


「でもその人――この前、四日前に事故で死んだってニュースで見たんです」


 セイフウの言葉に引っ掛かりがあった。


「四日前って……」


 たしか玉帝から第三フィールドでザンリに襲われたプレイヤーがいたと聞いたときだ。

 オレはジンリンを一瞥すると、妖精は目の前の男性を凝視しながら、


「今、NODのデータサーバーを介してセーフティー・ロングに登録されているプレイヤーアカウントからあのプレイヤーのデータを調べてみたけど。あなたたち聞きたい?」


 自分でも信じられないと言った顔で聞いてきた。


「この状況だとどんなことでもおどろかない覚悟ではいるけど」


「それって結局はおどろくってことじゃ?」


「そんなことはいいですから! はやく教えてください」


 セイフウが口を挟む。


「わかってる。あの男性――アカウントは登録されているけど、VRギアの登録番号がそのアカウントと一致してない」


「ちょっと待ってっ! たしかオレたちが普段使っているVRギアって、それ一台しか使えないはずだよな?」


 オレは男性に対して、


「オレのサポートフェアリーがあんたが今使っているVRギアとあんたのアカウントに登録されている番号が一致していないって言うんだが、いったいどういうこと?」


 そう訊ねるが、男性はにんまりと気持ち悪い笑みで返す。


「***ッ! あいつがそんなことを教えるわけないでしょ? いったいどんな方法を使っていたのかはわからないし、そもそも――」


 ジンリンは言葉を止め、男性をおぞましいものを見るように、


「まさか……死んだプレイヤーのデータをサルベージして自分のアバターとして利用していたんじゃ」


 そう問いかけると、男性ははっきりと口をゆがませた。


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