第254話・壁虎とのこと



 スィームルグ状態のワンシアが、第二フィールドから第一フィールドが見える水際のところで動きを止める。


「どうかし……」


 理由を聞こうとしたとき、


 ◇ワンシアのJTが残り3%となりました。


 アナウンスが表示され、ワンシアのからだが光りだしていた。


「ワンシア、そこで降りてくれ」


「御意」


 ワンシアは、羽根をゆっくりと羽ばたかせ、地面へと降りていく。

 さいわい、他のプレイヤーはいたが、自分たちの戦闘に四苦八苦しており、オレたちに注目は集まらなかった。

 オレとローロさんはワンシアの背中から地面に降りるや、パッとSEが響き渡り、ワンシアは元の仔狐へともどった。


君主ジュンチュ、ちょっと休ませてくださいませ」


 いつもの、凛々しい声はどこへやら、犬特有の舌をダラリと垂らしながら、ワンシアはぐでぐでとなって伏せていた。

 JT切れによるものは、体力切れというよりは知能熱みたいなものを感じるのだが、どうやらテイムモンスターにもそれが当てはまっているようだ。


「おつかれ、あとはテレポートで行けるから、今日はもう休んでいいぞ」


 ここまで運んでもらったからな、今日はワンシアの協力は得られそうにない。

 召喚ストレッジに戻して、ここからはテレポートで行きますか。


「ところで不思議に思っていたんですけど、どうしてテレポートを使わないので?」


「実を言うと、テレポートを使う時間帯が決まっていて、人が多くなる夜十時から明朝までは拠点間での使用はできないんです」


 ローロさんからの質問を、オレの代わりとジンリンが答えた。

 結構不便なやつだなといいたくなるが、実を言えば人がそこを通るタイミングみたいなものがあるらしい。

 そこはシステム的にどうにかならんのかね?


「あ、それでもプレイヤー間での転移は制限がありませんので」


「まぁここから第一フィールドに行くくらいだったら、徒歩でもいいか」


 同じフィールドなら、あとはテンポウのところに転移すればいいだけだしな。



「それにしても、いいのかな?」


「なにが?」


「いや、ローロさんはあした休みらしいからいいけど、***やテンポウさんは普通に学校があるからね?」


 時間を確認すると、すでに天辺はとっくに過ぎている。

 まぁあとはテンポウのところに転移するだけだし、ぱっぱと終わらせよう。



 ж



「あははははははは……」


 テンポウのところへと転移するや、オレが来たことに気付いたテンポウが、それこそ乾いた笑みを浮かべていた。

 オレが彼女に誘われてから、ここに来るまで結構時間を食ってしまい……もとい油を売っていたことへの言い訳を聞いての反応だ。

 うわぁ、怒ってらっしゃる?


「まぁ遅くなったのがスィームルグ状態に変化したワンシアに攻撃を仕掛けてきたプレイヤーが、それこそレッドネームだったからこらしめた……というのはまぁ納得しておきますよ」


 なんでテンポウはワンシアがスィームルグに変身できることを知っているんだろうか? と聞き返そうと思ったが、どうやら学校でハウルから聞いていたらしい。


「それで、どうしてローロさんがいっしょなんですかね?」


「あぁ、やはりダメでしたか」


 テンポウがいぶかしげな視線をローロさんにぶつける。そのローロさんは、苦笑を見せながら肩をすくめた。


「ローロさんの高い器用値だったら武器の効力も高いやつができるだろ? そう思って誘ったんだけども」


「それはいいんですよ。むしろ私だって誘いますよ」


 じゃぁなにが不満かねぇ?


「キミねぇ、さすがにシンシャクくらいはしようよ」


 ジンリンがそんなことを言う。


「はて、夜食はまだ食べてないけど」


 テンポウの言うクエストが終われば、あとは寝るだけなんだがな。

 ただ、中途半端にお腹が空いていると、へんな時間におきそうだし、これが終わったら、うどんでも炊いて食べようかな。

 ちょうど『シルバーオクトパス』特性の天かすをもらってきたんだよ。


「そういう意味じゃないんだけどなぁ!」


 オレの肩で地団太を踏むな妖精。いったいなにに不満があるのか。



「まぁ時間が惜しいからな。それで……」


 テンポウのうしろに聳え立つ塔を見上げる。

 うしろに下がらないと全貌が見えないというか、雲を突き刺していて、天辺が見えない。首が痛くなってきた。


「上に猫の仙人とか住んでそうだな」


「あ、それ私も思いました」


 さて、入り口はどこにあるのか……、ちらりとテンポウを見ると、


「それがどうも見当たらないといいますか、壁に虎の顔が描かれている以外に目立ったものがないんですよ」


 苦笑を浮かべながら、テンポウは口にした。


「なにか仕掛けがあるんでしょうかね?」


「クエストは受理してるの?」


「もしかしたらクエスト受理するとイベントが発生して塔の中に吸い込まれるんじゃないかと思って、いまだに受理していませんよ」


 うん、賢明な判断だな。

 と思いながらも、ふとセイエイの無鉄砲な行動が頭によぎった。

 たぶんあの子のことだから、周りの空気を読まずになにか行動を起こしそうだ。


「それじゃ、まずは私とパーティーを組んでください」


 ◇テンポウからパーティーのお誘いが届いています。


 テンポウからパーティーの誘いがきた。

 二つ返事のごとく、パッパとパーティー結成の受理を済ませよう。


「ローロさんのところには?」


「きましたよ」


 チラリとテンポウを見ると、彼女は肩をすくめていた。


 ◇クエスト【白娘子】が受理されました。


 クエストタイトルがまったく読めない。

 シロムスメコ? いや、どう考えても違うというか、たぶん中国語とか、訓読みなんだろうな。


「ビコウかナツカがいれば読めるんだろうけどなぁ」


 ビコウは住んでいた環境、ナツカは中国語の勉強をしていたらしいから、クエストタイトルを読めるとは思う。



「それじゃ、まずはどうやって塔の中に入るかってことになるんだけど」


「ワンシアの嗅覚で……、今日はもう使えないっておっしゃっていましたね」


 テンポウが期待していたことだろうけど、まぁたまにはこういうこともあるでな。


「ハウルに言えばよかったんじゃ?」


 あいつだったらチルルがいるから、嗅覚による捜索は可能だと思うけど。


「時間が時間ですからね。たぶん彼女も寝てると思いますよ」


 可能性としては無くも有らずといったところか。


「ただ、このイベントって、シャミセンさんにメッセージを送ったすこし前に発生したので、誘う時間でもなかったんですよ」


 ならなぜオレにメッセージを送ったんだろうか?



「しかし、塔の周りを一周してみましたが、見事に入り口がありませんな」


 いつの間にいなくなっていたのか、ローロさんがけげんな顔を浮かべながら戻ってきた。


「さきほどテンポウさんが言っていたとおり、壁には虎の顔が描かれているくらいでしたよ」


「ということは、その虎があやしい……んっ?」


 ジッと虎の顔を見据える。なんか妙におかしいというか……。

 眼の位置が妙に中点から微妙にずれているのだ。


「三人とも、たとえば動物の絵を描くとして、顔が正面を向いている場合、、瞳孔って眼球の中の何処に描く?」


「んっ? まっすぐ見ているなら真ん中じゃないですかね?」


「上目遣いだったら上あたりでしょうし」


「ちょっと視線をはずしてみたいな絵もあるにはあるけど」


 テンポウ、ローロさん、ジンリンの順番に言う。


「だよ……な――」


 左手にスタッフを構え、その先を、中点がずれている虎の瞳めがけて突き刺してみる。


 ぐにゅり……


「…………っ」


 うん。いま思いっきり気持ち悪い感触が、スタッフを通じてからだ全体に伝わってきた。

 これ……壁じゃないの? ねぇ、これ壁ですよね?

 なんで生き物の眼球をつぶしたような感触が伝わってくるの?


「ぐぅぎゃああああああああああ」


 獣の雄叫びが回りに響き渡り、


「くっ?」


 壁から虎の……いや、爬虫類の腕がニュッと現れるや、オレに襲い掛かってきた。


「な、なんだ?」


 間一髪、からだを捻り、爬虫類の攻撃をかわす。

 うしろへと飛びずさって体勢を整えると、壁の虎を睨みつけた。



 ◇ハウスキーパー/Xb12/属性【火】



 いつかのヤモリだったのだけど、


「レベル可笑しくないかね?」


 レベルもそうだが、前にあったときよりもすこしばかり大きくなっている。


「ボス級モンスターってところですかね?」


「まぁ攻撃を仕掛ければおのずとわかると思いますよ。魔法盤展開ッ!」


【FCWZI】


 ローロさんは魔法文字を展開させ、右手に持っているスタッフを細い刀剣を作り出した。


「はっ!」


 それをタイミングよく、ハウスキーパーに刀身で穿うがつ。


「ぎょえぇ!」


 ハウスキーパーは壁に寄りかかるように張り付き、じたばたとからだを激しく震わせ、ローロさんが作製した魔法文字を振り外した。


「火属性なら、水は効果抜群じゃないですかね? 魔法盤展開っ!」


 すぐさま、テンポウがスイッチに入る。


【YSDYCHZW】


 ロッドから水流がほとばしり、ハウスキーパーの全身をおおう。


「ぐぅごおおおっ!」


 苦痛な咆哮をあげるハウスキーパーを見ながら、弱点属性の恩恵で、かなりのダメージを食らっていると思って相違ないだろう。

 とはいえ、まだ倒せるほどのダメージを与えきれていない。


「魔法盤展開っ!」


 負けじとオレも魔法盤を取り出し、文字を展開させていく。


【AYWFV CTFYV】


 作り出したのは、水で作ったような透明なやじりを先端につけた槍。

 それをハウスキーパーめがけ、槍投げの要領で投擲する。


「がはぎゃぁは」


 鏃はみごとにハウスキーパーの額に突き刺さり、身動きを鈍らせた。


「一気に畳み掛けるッ!」


 パッとテンポウが前に飛び出し、


【AYWFV CIRWHF】


 魔法文字を展開させ、水の羽衣をまとった大鎌サイスを構えた。


「一閃ッ!」


 大鎌をハウスキーパー目掛けて振り下ろし、その巨体を一刀両断した。

 そこにハウスキーパーがいたという証拠なのか、ビッタリと張り付いたかのように壁にはハウスキーパーの痕跡がクッキリと残されていた。

 あるいみ悪趣味な演出だな。



 これで倒せたか……と思ったのだが――。


「あれ? 戦闘リザルトがでませんけど」


 テンポウが、腑に落ちないといった声色で言った。

 モンスターを倒したんだからリザルトが出てもおかしくはない気がするんだけど……?


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