第221話・雲散霧消とのこと



「あれ? ハウル?」


 聞き覚えがある声に、思わず身体をピクッと伸ばしてしまう。

 そちらに振り返って見るや、セイエイさんがキョトンとした顔で私を見ていた。


「ハウルさま、味方の声におどろかれるのはどうかと思いますが」


「あぅっ……」


 私のビビリように、ワンシアとチルルがあきれた声を出す。


「うぅ……」


 あまりにも恥ずかしく、その場でうずくまりたいほどだ。

 なんか今日はホントカッコ悪いなぁ。


「ハウル、なにか連れてきた?」


 セイエイさんの言葉に、私はバツが悪い笑みを浮かべてしまう。

 そういえば、煌兄ちゃんたちが戦っていたメイドみたいなモンスターは、私の横槍ならぬ横魔弾で倒したみたいだけど、それなら二人が一匹のモンスターを協力して戦っていなかったという説明にはならない。

 それなら考えられることは、別のモンスターをセイエイさんが担当していたということになる。



「ごめん、ちょっと負けそうだったからここまで連れてちゃった」


「別に、ハウルがそう判断したならいいけど……多分わたしたちが戦っているのと同じだと思う」


 そう言われ、私はセイエイさんに対して、首をかしげてしまう。


「同じってどういうこと?」


「シャミセンと一緒に戦闘していたのが【ティーガーマハト・・・】と【シャーフマハト・・・】。ハウルが連れてきたあの鹿みたいなのが【ヒルシュマハト・・・】ってポップが出た」


 考えられることとすれば、この地形と関係しているんじゃないだろうか。



「私が怖くて二人と離れたことで条件が発生していた?」


 とすれば、あの手形はモンスターによるもの?


「それで間違いはないと思う。シャミセンが最初襲われた時、シャミセンわたしに声をかけた時だったみたいだから」


 セイエイさんは一度言葉を止めると、


「シャーフマハトのスキルで地面に溶け込んだり、色々と擬態できるみたい」


 道理で、セイエイさんが魔法武器でふたふりのカットラスを持って警戒態勢を敷いてはいるようだけど、だからといって無闇矢鱈と攻撃に出ようとはしていないとは思った。


「臭いとかはわからない?」


「……ムリですね、いちおう君主ジュンチュとセイエイさまたち以外ではあのヒルシュマハトの臭いしか感じ取れません」


 ワンシアの応えが正しいと言った感じに、チルルも視線を私にぶつけた。


「ならあの鹿を倒したほうがいいかな」


 魔法盤を展開させ、ダイアルを回していく。

 ヒルシュマハトの弱点属性は【闇】も含まれる。

 なら光属性の攻撃魔法を放つことに……。



「ハウル――ッ!」


 突然セイエイさんが私の胸元を掴み、伸し掛かった。


「ちょ? なに……ッ!」


 忽然としたことに、私はどうしてそういうことをしたのだろうかと疑問を感じたが、


「くぅっ!」


 セイエイさんが苦痛の表情を浮かべ、彼女のHTがいちじるしく低下していく。



 【セイエイ】 Xb13/【凍傷】



 【凍傷】……?

 セイエイさんの背中から、妙な湯気……違う、冷気が空気の熱に触れて白く出ているんだ。

 たとえるなら、寒い外で息を吐く時に出るあの白い息と同じ。


「セ、セイエイさん? 大丈夫?」


「だ、大丈夫……食らったのが背中だけだから、動けないわけじゃないけど」


 思うように動けないということだろう。


「ヤンイェンッ!」


 セイエイさんが自分のテイムモンスターの名前を叫んだ。


「みゃうッ!」


 地面の方から猫の声が聞こえ、視線をそちらに向けようとした瞬間、


「前見てッ!」


 とセイエイさんから叱咤された。


「ハウルさま、戦闘において油断は自身を殺すことと変わりませぬ。ヤンイェンはスキルで地面に溶け込んでおりますゆえ」


 ワンシアが体勢を低くし、唸るように森のほうに目をやった。

 木々が茂っているだけで、別にモンスターがいるような情報が出てこない。


「シャーフマハトのスキルはプレイヤーに自分の存在を完全に見失わせられるみたい」


 セイエイさんが肩で息をしながら、ワンシアが見ている森のほうと、ヒルシュマハトへと交互に見渡している。


「なにそれ……完全にゲームのシステムじゃないでしょ?」


 プレイヤーが逃げるならまだわかる。

 でも出てきたモンスターが戦闘中に、卒然として消えるなんて……しかも攻撃してくるまで判断できないなんて。


「それに砂塵の壁がある以上はそちら以外に出ることできないはずです。あのようなプレイヤーが逃げられない状況を作るようなモンスターが、それこそモンスターの存在すら見分けられないシステムが起きるということは陋劣ろうれつの極みにもほどがあります」


「……ッ、つまりこういう場合、本当ならモンスターがどこにいるのか、システムとしてはちゃんとある?」


 ワンシアの言葉に、私はすこし眉をしかめた。


「ゲームのフィールドで奥行きのある画面だとプレイヤーが入れない場所って、そこまでいかないと通れるかなんてわからない。木の隙間なんて特にそう。そういうのはシステムで通れる道と通れない道はちゃんとしているし、道標みたいなアイコンが出ていたりする」


 セイエイさんはカットラスを構え、ヒルシュマハトに視線を据える。



「――ッ」


 パッと飛び出し、ふたふりのカットラスでヒルシュマハトに攻撃を仕掛けるが、


「ッ! キャァッ?」


 雄々しい鹿の角に防がれ、カットラスは角で絡まったようにセイエイさんの手から離れる。

 ヒルシュマハトはその勢いを殺さずに、角で振り払うようにセイエイさんを弾き飛ばした。


「セイエイさんっ!」


「ほらほらぁ、きみも自分の心配をした方がいいよ?」


 うしろから声が聞こえ、振り返った時だった。


「きゃぁああっ!」


 突然自分の右腕に激しい痛みが走り、私は悲鳴をあげ、その場に跪いた。

 その右腕を見るや、煙が吹き出すほどに、液体窒素の中に入れられたバラのように凍りついていた。

 冷たい……痛い――。


「ハウルさまっ!」


「ぐぅるるるるるぅぅるるるぅ……」


 パッと視線を私の方へと向き直したワンシアと、歯を剥き出し私のうしろにいるなにかに敵を向いているチルル。



 痛い……痛い……痛い……痛い……

 痛い……痛い……痛い……痛い……

 痛い……痛い……痛い……痛い……

 痛い……痛い……痛い……痛い……



 頭が、混乱している。

 混乱して、なにが――どうしてこんな目に遭っているんだろう。

 なんでこんな痛い思いをしないといけないんだろ?



 痛い? 腕が落ちそうなくらいに痛い――?

 これって痛みとか設定画面なかったよね?

 それなのに普通に感触があったりする。

 物を触ったり、においがしたり、人のけはいがしたり……

 そういうのって、普通は設定とかできるんじゃないの?

 もしかして、魔獣演武とか星天遊戯の時と違って、デフォルトで感度全開になってるとか? そんなの理不尽だ。



 痛い……痛い……

 声がでない。悲鳴が出ない……

 怖い……怖い……怖い……



「ハウルッ! 聞こえるかぁッ!」


 遠くで煌兄ちゃんの声が聞こえる。

 HTなんて紫になっていて、ゆっくりと減り続けている。


「聞こえてるかって聞いてるんだよぉ!」


「きゃははははッ! 聞こえるわけないよねぇ? 痛いでしょ? 腕がゆっくり、凍傷で使いものにならなくなっていくのはさぁ? ほらぁゲームのHTが0になるのが先か……! テメェの脳が痛みから解放されたくて死にたいって思うのと……! どっちが先にくたばるかなぁぁあぁぁきゃはぁはがははぎゃははがぎゃはははがきゃははぎゃは」


 耳障りな罵声が私に振りかかる。

 痛いのは嫌だ。こんな思い、したくないのが普通だ。



「ハウルッ! 祖父ちゃんが柔道の組手でいつも門下生のみんなに言ってたよな? 『負けると思うな思えば負けよ』ッ! 相手の力を見縊らず、そして己を過信するな。祖父ちゃんは勝てば褒めてくれていたけど、本気でやって、それでも負けた時でもちゃんと褒めてくれていただろ? でも本気でやらなかったらビンタの一発……かわいい孫娘のお前でさえぶっ叩いていたくらいだったからなぁ」


 こんな時になんでそんな話をするかな?

 そりゃぁちょっと弱い相手だったから舐めてたら一本取られて、不貞腐れていたらお祖父ちゃんから、


『礼儀がなっていないッ!』


 って叱られるようにたたかれたことはあったけど……。

 だからってなんでそんな昔のことを今になって……。



「……はは――」


 自分でもわからなかった。

 どうして笑いなんて、可笑しいなんて思ったんだろう。

 よく考えたら、これって――たかだかゲームだよ?

 そうだよ……たとえ痛みが感じていたとしても、別に死ぬわけじゃない。

 だからこそ……多少の無茶ができる。

 それに腕が爛れた時の痛みなんて、そうそう経験することなんてない。逆にいい経験だ。

 柔道で絞め技の練習をすることなんて、小学校の高学年に上がってからじゃないと教えてくれなかったしね。

 それに最初は兄弟子が教えてくれるんじゃなくて、お祖父ちゃんが直に優しくも厳しく教えてくれていた。

 絞め技は、下手をすれば人を殺してしまうからだ。

 テレビで柔道の練習中、絞め技の事故で人が亡くなったというニュースを耳にした時、お祖父ちゃんが絞め技を極めた人にじゃなく、その絞め技を教えた人を批難していることのほうが多かった。



 そもそも本来格闘技というのは、人を殺めるものであって、スポーツはそのルールにもとづいて行われている。

 だけど本来の格闘技にルールなんてまったくない。

 相手を再起不能――殺すまで続けられるのが本来の格闘技だ。

 そういえばお祖父ちゃん、若い時に空手の選手とスポーツとかそういうルールがない異種格闘死合をやって、肩甲骨を叩き折られたみたいなことを言ってたな。

 相手の拳もただ事じゃなかったみたいだけど、グローブにはクッションが入っているから、骨と骨のぶつかり合いはないから安全らしい。

 鍛錬された拳は岩よりも硬いって言ってたなぁ。



「あははははっ――」


 そんな昔話を思い出していると、右手の痛みなんてどうでも良くなって、逆に笑いが止まらなくなってきていた。


「あ、頭がどうにかなっておかしくなった? もしかして白痴になったとか?」


 うしろに視線を向けると、


 【シャーフマハト】 Xb10/【闇】【水】


 モンスターの情報がポップされた。

 そのシャーフマハトは私の気狂いのような仕草に戸惑いを隠せないでいるようだった。



「別に……魔法盤展開ッ!」


【MNVE】


 左手に魔法盤を取り出し、ダイアルを回していく。

 創りだした【ダークDIRK】を左手に握りしめ、


「くぅっ――――!」


 壊死している右腕を切り落とした。

 切断面から血が大量に吹き出す。


【NIF】


 冷たい風がその切断面にあたり、傷口は凍り血が止まった。

 さっきまで紫になって減り続けていたHTは完全にピタリと勢いを殺している。



「なに? なんなのこの兄妹……同じようなことして……! あんたたちわかってる? 自分の腕を切り落とすなんて狂ったこと普通はやらないでしょ?」


「どうせ使えないなら切り捨てる。それがたとえ自分の腕だとしても使えるものはなんでも使う」


 平然とした声でそう返してやった。

 自分で言っておいてアレだけど、切り捨てるってそのままの意味じゃないからね。

 あとなんか勘違いしてるみたいだけど、煌兄ちゃんとは従兄妹なだけだから。


「あ、ありえないわ――でもだからこそ他のプレイヤー以上に殺しがいがあるってことだねぇっ! ヒルシュマハトッ!」


 シャーフマハトはヒルシュマハトの名を叫ぶや、


「ほらぁッ! きみの下僕たちでこいつらを動けないようにしなよっ!」


 ……完全に人任せな作戦じゃない? それって。



「チルルッ!」


「アウウッ!」


 私の声に同調するかのように、チルルがヒルシュマハトに突撃していった。


「ワンシアも、あの鹿は任せたからッ!」


「了解しました」


 パッとかけ出すようにワンシアもヒルシュマハトのほうへと向かっていく。


「――ッ! ヤンイェンッ! ワンシアとチルルのサポートをしてっ!」


「ミャウぅっ!」


 セイエイさんもヤンイェンをヒルシュマハトに攻撃するよう命じた。



「き、君たち? 普通はさぁプレイヤーがモンスターを倒すものじゃないのかい? ぼくたちみたいなボスじゃないにしても……普通は――」


「「魔法盤展開ッ!」」


 左手に魔法盤を展開させ、ダイアルを回していく。


【IXZIEDT】


【YKNWYWZ】


 セイエイさんが展開させた魔法文字は『クロックアップ』。

 その補助魔法でセイエイさんのYKN値が上昇する。

 そして私が展開させたのは『アジタート』というCWV値上昇の補助魔法。それをセイエイさんにかける。


「魔法盤展開ッ!」


【WANQ LYXU】


 ふたふりのファルクスを握りしめ、シャーフマハトに斬りかかった。



「忘れたのかい? ぼくに物理的な攻撃は通用しない……」


「だったら、ぶつけられるようにすればいいんだろ?」


 もしかして私たちの声が聞こえてた?

 煌兄ちゃんの口角が歪んだように上がっている声が聞こえ、そう思ってしまった。


【CQZAKDCW】


 砂塵の壁を突き破る冷たい突風がシャーフマハトを包み込んだ。


「あ? がが? なあ?」


 ジワリジワリとシャーフマハトの身体が凍りついていく。

 向こう側にいる煌兄ちゃんが魔法をぶつけてきたんだろうけど、ヘタしたら私たちが食らってたよ。

 とにかく、シャーフマハトのスキルはこれで封じられた。


「ハァッ!」


 セイエイさんの一撃が、シャーフマハトの固まった腕を粉砕する。


「ぐぅ? がぁあぁぁああああっ!」


 さっきまで余裕があったシャーフマハトの表情は困惑と痛みで複雑なものとなっているようだ。



「き、きさまぁらぁ! こんな……! こんな――! ヒルシュマハトォッ! なにをしている! 早くてめぇのしもべをよべっってんだろうぉがぁぁあああぁっ!」


 シャーフマハトは鬼の形相で咆哮をあげる。


「ぐぅるるるるるるるるるぅぅ――」


 うしろから獣の呻き声が響いてきていて、正直振り向きたくない。

 が、どうやらあっちは終わったようだ。

 結構虫の息に近かったからだろうけど、それでも思った以上に速やかな遂行だ。


「多分もうムリじゃない?」


 私はそうはっきりと口を開いた。


「あぁ? 小娘ふたりの雑魚テイムモンスターなんかにヒルシュマハトが負けるわけないでしょ?」


 あ、こいつ頭に血がのぼっていて、周りに注意がいってない。

 戦ってるの私やセイエイさんだけだっけ?

 違うでしょ?



「こちらは終わりました」


 ヒルシュマハトと戦闘をしていたワンシアたちが私たちのところへと戻ってきた。

 三匹の唇には血の口紅が塗られており、気高いその毛並みはモンスターの返り血で汚れていて、見ようによってはどっちがボスモンスターだっけ? と聞きたくなるくらい。


「そ、そんな……ヒルシュマハトが? こんな雑魚みたいなモンスターに負けたっていうの?」


 状況が理解できないシャーフマハトが跪き、慄いたように私たちを見上げている。


「大変申し上げにくいことですが……あなたが思っている以上に妾たちは君主ジュンチュを慕い、そして信頼されているのです。それに応えるのが優秀な使い魔テイムモンスターというものでございます」


「くぅ、くそぉっ!」


「魔法盤展開っ!」


 その場から逃げようとするシャーフマハトに、セイエイさんが照準をあわせるように目を追いかけながら魔法盤のダイアルを回していく。


【GFVMRCH】


 柄の長さとくらべてかなりの斧頭おのがしらがあるバルディッシュを握りしめ、その重さを利用するように振りまわした。


「がぁふぅ?」


 それがシャーフマハトにヒットし、凍りついた両足は砕け散り、シャーフマハトは体勢を崩れていく。


「ワンシアッ! [雷鳴]ッ!」


「チルルッ! [光魔弾]ッ!」


 ワンシアとチルルの追加攻撃が命中し、


「あ、あぎゃぁああああああっ!」


 シャーフマハトの断末魔がひびき、HTは全壊した。



 ◇経験値[29]を取得しました。

 ◇シャミセンのXbが上昇しました。(Xb10→11)

 ◇セイエイのXbが上昇しました。(Xb13→14)



 ◇『ヴリトラの森』クエスト[魔女の下僕]をクリアしました。

 ◇クリア特典として[ジュファモンキーのカード]を手に入れました。

 ◇クリア特典として[ディアチキンのカード]を手に入れました。

 ◇クリア特典として[アプリコットカウのカード]を手に入れました。

 ◇フィールドクエストをクリアしました。

 ◇第三フィールドへの進出許可が発生しました。



 ◇パーティーは魔法の箒受講資格を得ました。

  ・魔法の箒を手に入れるには[エメラルド・シティ]にある[ケツバ]の家を訪ねてください。



 ◇魔法盤の熟練値が上昇しました。

 ◇魔法盤のXbが上昇しました。(Xb3→4)



 なんか色々インフォメッセージが出てきたけど、


「あれ? フィールドクエストクリア?」


 なんで? そういう情報とかなにもなかったんだけど?

 むしろそんな重要なモンスターがこんな入口付近に出てくるってどういうこと?

 なんだろ、腕の痛みはほとんど麻痺していて感じないけど、違った意味で頭が痛くなってきた……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る