第217話・沈黙とのこと


「あがhtじぇおいがにおkgなてたjgヵんgれltあ」


 声にすらならない総毛立った叫びをあげるや、ハウルがオレにしがみついてきた。


「むりぃ、ちょっとこれはさすがにむりぃ? たまにテンポウから脱出系のVRゲームのアプリとか教えてもらうけど、ひゃれぇってたいがいがホラー系ぃぇいっ」


 そういえばハウルって、ホラー系苦手なんだよなぁ。

 オレがやってたゾンビを倒していくゲームとか、人のベッドの布団に身体を隠して見ていたくらいだし。


「夏休みにテレビでよくやってる恐怖体験物とか一人で見れないくらいだったもんなぁ」


 そのくせ、従妹いもうとの香憐はこういうのが結構平気どころか好きなんだよなぁ。

 オレよりそのゾンビを倒していくゲームはうまいし。


「ゲームなんだから実際襲ってくるわけ……ぴゃふぅ?」


 んっ? セイエイがおどろいた声を出すやオレを睨んできた。



「シャミセ~ンぅ! 人のおしり触っておもしろい?」


 蔑視するというよりは、いきなり触られて怒っているって感じだな。


「どこをどうしたらこの状況でセイエイのおしりが触れるというのか」


 オレとセイエイのあいだはざっと見繕っても一メートルくらいはなれているし、お互いに顔が見える状態だ。

 あぁた、それだと電車で逆ドアにいる人を痴漢冤罪するようなものよ。

 しかも今はハウルにしがみつかれていて身動き取れんし。


「でも周りにいるのわたしたちしかいない」


 ……うん、それは言われなくてもわかる――。


「セイエイ、ちょっとこっちに来てハウルにおしり見てもらえ」


「ちょ、今ちょっと嫌なことしか思い浮かばなかったんだけどッ! ……絶対ついてるよね? セイエイさんのおしりに絶対アレついてるよね?」


 オレがなにを見てもらおうとしているのかを察したのか、ハウルがさっき以上にテンパっている。


「……別にう○ことかついてないけど」


「「そっちの意味じゃないからぁっ!」」


 思わず大声でツッコミを入れてしまった。

 セイエイって、思ったことは結構素直に言うんだよなぁ。

 まぁ気心が知れる相手じゃないと言わないだろうけど、さすがに花も恥じらう乙女がそういう事を平然とした顔で言っちゃダメ。



「あっと、ホントはオレに見られたくないんだろうけど、ちょっとこっちに来なさい」


 手招きすると、セイエイはオレの方へと歩み寄ってきた。


「恥ずかしいだろうけど、状況が状況だからな」


 さてセイエイのおしりあたりのマントや、スカートのところを見てみたが、特に妙なものはついてない。


「ハウル、怖いだろうけど頼む」


 ハウルが無言で首を激しく横に振る。

 そこまでして怖いというか高校生。


「マントやスカートなら男のオレに見られても大丈夫だろうけど、これ以上先を見るのはさすがにダメだろ?」


 それ以前にゲームの中とはいえ生のおしりも見ておりますが、あれは不可抗力なのでノーカンだろ。


「ムリムリムリムリムリ……、セイエイさんのショーツになにがついてるのか容易に想像できてるのに? 鬼ッ! 悪魔っ! 鬼畜ッ!」


 よほど怖いんだろうなぁ。


「……別にシャミセンになら見られてもいいけど」


「はて、今の法衣は見られるのが恥ずかしいのにですか?」


「シャミセン別に変なことしない。さっきもよく考えたらシャミセンじゃムリだってわかった」


 ジンリンにたいして、セイエイはそう言い返す。


「っていうか、見ないで状況を説明すればいいだけじゃ?」


 ハウルがハッとした口調で言ってきた。

 うん、言われてみればそうなんだよな、……オレもちょっとテンパってた。


「まぁ簡単にいえば、セイエイのおしりに手形がついてるんじゃないかって確認しようとしてたんだよ」


「誰の?」


 いつもどおり、淡々としたセイエイの声。

 まぁ本人は完全にゲームの中だから、この状況もさほど怖くはないってところか。

 ただなんの手形なのか、それがわかれば苦労しない。


「あっと、ハウルの足首のところ見てみろ」


 そう言われたセイエイは、ハウルの足元に視線を落とした。


「なんで手形がついてるの?」


「それを今考えてるんでしょう――にぃ?」


 なんかうなじにへんなの落ちてきた。

 それにおどろいてしまい、変な声が出てしまう。

 首に落ちてきたのを手で拭って見てみると、赤いなにかがべっとりついていたようだ。



「……むり、むりりむりりりむりむりぃむりぃりりりむりぃぃぃっ!」


 SAN値がただことじゃなくなってきていたらしいハウルが、発狂したのか、その場から逃げるように森の奥へと走り去っていった。

 ただでさえ光が頼りない森の中で一人だけにさせるのは、ろくなことが起きやしない。

 というかアレだよなぁ。怖いからって一人になるのってそれ普通に考えて死亡フラグだからな。


「あぁっと、ワンシアッ!」


 ワンシアにはハウルを追いかけてもらおう。

 オレの意図を察したワンシアは、急いでハウルを追いかけるように森の奥へと走っていった。



「魔法盤展開っ!」


 セイエイが魔法盤を取り出し、ダイアルを回していく。


【CDJJZQ】


 『召喚SUMMON』の魔法文字を展開させ、自分の足元にヤンイェンを召喚させる。


「みゃうみゃう」


「ヤンイェン、周りになにかいる?」


「みゃう?」


 セイエイの言葉に、ヤンイェンが首をひねったような声で鳴いた。


「ジンリン、この場合ってどういう意味?」


「状況がまだ把握できていない……といったところでしょうかね」


 そういえば、まだ仔猫なんだよなぁ。


「でも夜目で周りは見えているだろうから、なにか変なのを見つけたら鳴いてくれるか?」


 中腰になって、ヤンイェンの頭を撫でる。


「ミャウミャウ」


 ヤンイェンはセイエイの身体を登っていき、彼女の頭に陣取った。



 さてオレたちも周りに注意をしながら歩かないとなぁ。

 現代人の悩みだな、暗闇に慣れてないってのは。


「……あれ? それはいいけど、なんで色の認識ができるんだ?」


 なんかそこだけエフェクトがかかったみたいに、朱殷しゅあん色の手形が見えたんだよな。

 いちおうパーティーの顔色が窺えるくらいなので、木との間合いも把握はできる。後は気配でどうにかするしかないか?


「……セイエイ、ちょっと――」


 一人で考えてもあれだし、セイエイにも意見を求めようかと視線を向けた時だった。

 ――あれ? なんでヤンイェンが頭にいないんだ?

 そう思った刹那、セイエイの双眸が赫々かっかくに光るや、ピュンッ……と、なにかが斬りかかった。



「わっ?」


 間一髪うしろに一蹴し、間合いを開く。


「っぶねぇ? おいセイエイいきなり……」


 文句のひとつでも言ってやろうかと睨みを聞かせたが、


「がはぁっ?」


 背後に気配がしたのと同時に、背中に衝撃を受け、前のめりに転倒してしまう。

 油断していたのか、HTが五割近く削り取られている。


「魔法盤展開ッ!」


【VFIZBFVR】


 冷静に、パッと回復魔法だろうと思う魔法文字を展開させると、オレの周りに光が集中され、HTが全回復した。



「おいっ! セイエイッ!」


 大声で叫ぶと、周りにいたらしい鳥達がざわめくように飛び立っていく。


「なに? シャミセン」


 オレやジンリンよりもおおよそ五メートル以上先を歩いていたらしいセイエイは、オレに呼び止められたみたいに立ち止まり、オレの方に振り返った。

 なにが起きたのかわからないといった表情を浮かべており、その頭には落ちないように必死な顔を浮かべているヤンイェンの姿もある。


「……ッ! みゃぅ!」


 ヤンイェンが地面に向かって吠えた。


「――シャミセン、足元になにかいるっ?」


 叫ぶやいなや、セイエイは魔法盤を取り出し、


【CTYVEVYNQ】


 と魔法文字を展開させていく。

 すると頭上から雷鳴がとどろき、無数の火花が地面へとたたきつけられた。


「「きゃぁっ?」」


 その瞬間、オレやセイエイ以外の、ふたつの悲鳴が聞こえた。


「――なんだ?」


 セイエイの攻撃が通じたのか、さっきまで隠れていたらしいモンスターの姿があらわになってきた。



 一匹は虎柄のメイド服を着た蒲公英たんぽぽ色のツインテール。

 もう一匹は深川鼠ふかがわねずみ色の身体をした、戦士のような容姿をした女性モンスター。

 どちらもモンスターというよりは人型のようだ。



 【シャーフマハト】 Xb10/【闇】【水】

 【ティーガーマハト】 Xb10/【闇】【火】



 モンスター二匹分の簡易データがポップされる。

 どちらもXb10で闇属性。ただメイドは【火】属性、スライムのような色をした方は【水】属性となっているようだ。



「くっ! 地面に攻撃を仕掛けるとはなかなかやりますわね」


 メイドが睨むようにセイエイを見すえる。

 多分、狙ってというより当たればいいかな程度に出したと思うんだけど。


「ですが、これはどうです?」


 ティーガーマハトは虚空から大鎌を取り出すと、一蹴でセイエイとの間合いを詰めた。


「――っ!」


 セイエイはティーガーマハトの攻撃を避けていくが、かなりの速さで攻撃を仕掛けられているのか、魔法盤を取り出す隙すら与えられていなかった。


「ほらほらぁ? キミの相手はこっちだよぉ?」


 もう一匹の、スライムみたいなのが、オレに挑発をかけてきた。

 スライムは腕を伸ばし、オレのマントを掴んできた。


「……なろぅ!」


 掴んだその腕を掴み返そうとしたが、暖簾に腕押し。


「っ、掴めない?」


「きゃははははぁ! ボクの腕を掴み返そうなんて思わないほうがいいよぉ」


 おそらくモンスターの体現スキルだろう。

 掴めないなら掴めないで、こっちはちゃんと対策はあるんだがな。


「なら魔法盤展開ぃっ!」


 首を掴まれそうになるのを身体をひねるように防ぎながら、魔法盤のダイアルを回していく。


【XNKHWQNQK】


 スタッフをシャーフマハトに向け、光の矢を放つ。


「よっと」


 シャーフマハトは身体を分解させ、その攻撃を避けると、ズズズと地面に溶け込んだ。



「シャミセン、もしかしてさっきハウルの足を掴んだのって」


 セイエイがティーガーマハトの攻撃を避けながら意見を述べてきた。

 ご想像どおり、シャーフマハトの仕業だろう。


「粗々? わたくしの攻撃を避けながら余裕がある行動……気に入りませんわね」


 ティーガーマハトが大鎌を振り上げ、大きく振り下ろす。

 その攻撃はなんともお粗末なほどに大振りだったため、セイエイは余裕で回避すると、オレの方へと間合いを縮めた。

 シャーフマハトが掴んでいたオレの法衣に目をやると、赤い血のような手形がついていた。


「それにあのスライムみたいなの、地面に溶け込んでる」


 モンスターの状況を確認すると、ティーガーマハトだけになっている。

 システム的にロストした状態ってことか?


「シャミセンさま、モンスターはプレイヤーが認識できなければ、いないと同じことになります」


「前に干潟で遭遇したスイートホームみたいなものか」


 あれもモンスターとして認識できるようにならないと、モンスター情報が出てこなかったんだよな。

 ただ攻撃をしてこないってわけじゃないだろうし、油断しないでおこう。



「魔法盤展開ッ」


 シャーフマハトからティーガーマハトにシフトチェンジし、相手の弱点属性を狙いますかね。


【AYWFVCWZVJ】


 『水の嵐』でどれくらいダメージがあるのか確認しますかね。


「くぅっ? ですがこれくらいどうということはありませんわ」


 その割には一割強は削られているんだがな。


「ではこちらも本気を出させていただきますわっ!」


 グッと構えをとったディーガーマハトが鎌を投げ飛ばしてきた。


「わっ?」


「とっ?」


 その攻撃はなんともお粗末で、それこそ簡単に避けられるものだった。

 投げ飛ばされた鎌はオレとセイエイのうしろの彼方へと消えていく。

 ――どういうことだ?

 そんな投げ方じゃ、鎌を投げ飛ばしてということは、武器を棄てるようなものだぞ。

 映画やマンガみたいにグルグルと遠心力を付けての攻撃じゃなかったし。



「粗々、あなたさまもわたくしの行動に疑問を持たれておりますわね。――ですが、わたくしが考えもなしに攻撃をするとでも?」


 不敵な笑みを浮かべながら、ティーガーマハトは右手を突き出すと、その頭上には――、


【YTZVW】


 と魔法文字が展開された。


「アポート?」


 それは物を引き寄せる魔法。

 ティーガーマハトがわざと鎌を投げ飛ばした理由がすぐにわかった。

 あんにゃろ、鎌を引き寄せて斬りかかろうとしているってことか。


「セイエイッ!」


「うん……っ?」


 セイエイがけげんな声を発する。

 まるで固まったかのようにその場から動けなくなっていた。


「きゃははははははははっ! ティーガーマハトあの娘のアポート攻撃が避けられやすいことくらいこっちも頭のうちに入っているからね。でも……逃げられない状態ならどうなる?」


 セイエイの足元でシャーフマハトが悍ましい笑みを浮かべながら顔と腕だけを出しており、セイエイを見上げるようにして彼女の両足を掴んでいた。

 狙いはオレじゃなくセイエイか。

 まぁ妥当といえば妥当だけど、なんかイラッとする。


「そのまま切断されてくださいましっ!」


 引き寄せられた大鎌の軌道は、完全にセイエイを狙っている。


「っ! セイエイッ!」


「きゃっ?」


 咄嗟にセイエイに覆いかぶり、地面に伏せさせる。



 ――それが、たぶん間違っていたんだと思う。


「――――――――――――ッ」


 ティーガーマハトが引き寄せるように回転された鎌が、ちょうどオレがセイエイに覆いかぶさった時に振り上がっていた左腕を、それこそ断頭台ギロチンに置かれた罪人の首のごとく綺麗に切断した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る