第208話・焔色とのこと


「シャミセン」


 ハゲタカとの戦闘が終わり、一段落していたオレとハウルのもとに聞き覚えのある声がし、そちらに視線を向ける。

 そこにはマントを羽織って、コスチュームをあまり見せないように注意をはらいながらこちらへとやってくるセイエイの姿があった。


「おかえり。今日の夕食なんだった?」


「手羽先の中に餃子のタネを入れて揚げたやつだった。豆板醤をベースにした甘辛ダレで食べたけど、後味がさっぱりしてて美味しくて、ご飯おかわりした」


 よほど美味しかったようで、セイエイの声と表情は、至極満足したもののように思える。


「そりゃまた面倒なものを……いや、珠海さんだったら余裕で作ってそうだな」


「ムチン、たまに外食で気に入ったり、どうやって作ってるんだろうって気になったやつとか家で試作したりすることがある。だからけっこうバリエーションが豊富」


「でもそれって失敗する可能性もあるんじゃ?」


 ハウルが苦笑を見せる。


「メディウムはどうなのよ?」


 そろそろ独り立ちしてほしいんだよなぁ。オレが言えた義理じゃないけど。


「あ、はははは……ま、まぁ熱したフライパンの上で卵を割って目玉焼きにするくらいには」


 とハウルがメディウムの料理下手さを説明する。


「えっ? 目玉焼きって普通は卵を別の皿に取ってから、殻と白い線みたいなやつを取って、それから熱したフライパンに油を少々引いてから、塩コショウをパッパってばら撒いて、卵を低いところからゆっくり乗せるんじゃないの?」


 セイエイが、それこそ「あれ?」と首をかしげ、普段珠海さんから教えてもらった調理法を言う。


「それで小さじいっぱいのお水を入れて蒸し焼きにする」


「もしかして、アルミ製の円形の枠とか使ってない? ほらどこそのバーガーショップが期間限定で出している月見バーガーみたいに」


 そう聞いてみると、セイエイはコクリとうなずいた。


「いや、さすがに……そこまで本格的じゃないけど」


 セイエイの家での調理方法を聞きながら、ハウルは苦笑を浮かべる。


「いや、この子の場合、家だとそれが当たり前だから、周りもそうなんじゃないかって思ってる節があるからな」


 まぁ枠を使うと幅の広いフライパンなら、目玉焼きを別々に作れるし、他の料理も作れるだろうし。

 あれだな。鍋料理でチリ鍋と鶏がらスープの鍋をひとつの鍋でたべるような感じだ。


「その中で卵を崩してちょっとしたスクランブルエッグとか作ったりする?」


「下に細切りにしたキャベツを敷いて、薄切りハムとスクランブルエッグ。チーズ、ハム、たまご、キャベツで挟んだやつとか作ってた」


「もしかしてあいだにマヨネーズとか」


「薄くソースをかけて、その上にムチン特性のからしマヨネーズをお店にある細く出るような容器に入れて使ってる。パンズに挟んだりもするけど、基本的にはナイフで食べてる」


「なにそれ? 美味しそう」


 ハウルが身を乗り出す。なんかもう口角から垂れ落ちようとしているヨダレを慌てて口の中に吸い寄せたような音が聞こえそうなくらい。


「っていうか、マヨネーズも自家製なんだ」


「ムチン、家で作れない調味料は買うけど、作れるのは自分で作る」


「卵の消費量すごいだろうなぁ」


「知り合いに養鶏場をしている人がいるらしいから、そんなに気にしてないみたい」


 と話をしたところで……セイエイを見据えた。

 当人は世間話もそこそこに、今日目的にしている北の沼地に行きたそうで、いつもどおりソワソワしている。



「あれ? そういえばセイエイさん、初心者用のマントを羽織ってますけど」


 ハウルが、セイエイの姿を見て首をかしげる。

 セイエイの法衣が新しいのになってから逢うのはこれがはじめてなんだろうか。


「…………」


 ハウルの質問に、セイエイが無言でオレを睨んできた。


「っと、なんでそこで煌兄ちゃんが助けを求められてるの?」


 その仕草が妙だと思ったのか、ハウルが睨むように聞いてきた。

 セイエイ、応えるのが恥ずかしいからって、人に助けを求めるな。


「いや、その――今セイエイが装備しているコスチュームが、どうも本人からしてみたらあんまり人に見られたくないみたいでな」


 そう説明しても、どういうことといった感じでハウルが首を傾げている。


「あっと、やっぱり見られるの恥ずかしい?」


「マスターに文句言いたいけど、装備の効果がいいから文句が言えない。デザインの注文してなかったわたしがわるいからもっと文句が言えない」


 不貞腐れたように口を窄めるセイエイ。


「あっと、セイエイさんちょっとこっちにおいで。お姉さんが評価してあげるから」


 ハウルが手招きすると、セイエイは素直にそちらへと駆け寄っていく。



 オレはすこし離れたところでセイエイとハウルを見る。


「とりあえず、シュエットさんぶん殴ってきていいかな?」


 セイエイが現在装備している、踊り子のようなコスチュームを見るやいなや、ハウルがニコリと笑みを浮かべている。


「っていうか、これはさすがにダメでしょ? いやまぁ綾姫からセイエイさんの容姿についても、実際会ったことがあるからしっているし、VRギアに登録されている身長とか身なりに変化があったら調整とかしているけど。これはさすがにちょっとダメだよね? セイエイさんって普段隠してないところもあるけど、だからってこれ見よがしなところもなかったし、どっちかといえば謙虚なところもあるっていうか……というかちょっと扇情的なデザインにも程が有るよ」


 慌てふためいているご様子。


「あんまり言ってやりなさんな」


 こっちからは見えないけど、凶暴なドーベルマンが、いまは恥ずかしさのあまりにうずくまってダックスフンドみたいになってるぞ。

 今まで気にもしていなかった自分の容姿を、あらん妄想に使われているのかとか、そういう穴があったら入りたいようだし。


「あっとセイエイちゃん、ごめんなさい」


「別に気にしてない。装備品の効果はいいし、マントを羽織っておけばいいけど……」


「いいけど?」


「ガーターとスカートのあいだに隙間があるから、ヤブの中に入ると藪蚊に刺されたりですごくかゆい」


 ここでかけばいいのにと思うのは男目線でだろうな。

 女の子からしてみれば、それこそ恥ずかしいところも噛まれていそうだけど、さすがにそれはやり過ぎじゃないですかね? 運営。



「ヤブの中に蚊がいないのはおかしいですよね? 藪蛇がいるかもしれないのに……ちなみにモンスターの扱いはしていませんし、噛まれたら噛まれたでそういう刺激を与えたりもしてますし」


 オレの肩に現れたジンリンがそう説明する。


「虫除けスプレーみたいな奴ってないの?」


「ありますけど、だいたいは虫除けにヨモギや薬草で香りを付けたマントをはおるくらいですね。ちなみにどこで群生しているかとか、そういうヒントなんてものはありません」


 なんか平安時代の臭い消しみたいな方法だな。



「話はそこまでにして、そろそろ北の沼地にいく準備をしようぜ」


「あっとそうだった」


 ハウルとともにオレのところへと戻ってきたセイエイだったが、


「……っ? ちょっと待って」


 ふとその歩みを止め、虚空にウィンドウを展開させる。


「お姉ちゃんからメール来てる――シャミセン……これわかる?」


 そう言われ、オレはセイエイのうしろへと回り込んだ。



 送り主:星藍

 件 名:無題

 さっきNODのスタッフからきたメールなんだけど、なんかテストプレイしてみたけどどうも納得いかないみたい。

 ちなみにそのイベントの内容なんだけど、あるものに火を使うと色がついて、それをつかって扉を開けるみたいよ。

 まぁ小学生もプレイしているくらいだから、そんなに難しいことはしないだろうけど。



 という内容だった。


「炎色反応か?」


「……内容からしたらそうだろうけど、でもなんで納得してないんだろ?」


「えっと、なんですぐにわかったの?」


 オレとハウルを交互に見渡しながら、セイエイはくびをかしげる。


「うーん、説明する以前に、セイエイはもう周期表とかって学校で習ったの?」


「周期表?」


 キョトンとした表情でオレを見るセイエイ。

 これだけでも習っていないと言っているようなものだな。


「周期表っていうのは、理科で習う元素の一覧表って思っておけば今は大丈夫だと思うよ」


「炎色反応っていうのは、まぁ言ってしまえば化学反応のひとつで、燃やす元素によって炎の色が変わるってやつだな。たとえばバリウムというアルカリ土類金属の元素物質を燃やすと、炎の色が黄緑色になっていたり、銅を燃やすと青緑になったりと、まぁ燃やす元素によって色が変わることを炎色反応っていうんだよ」


 オレがそう説明していく中、目をきらきらと輝かせているセイエイ。

 うん、なんかあれだね。新しいことや楽しそうなことを聞いている時の子供みたいな反応だ。


「でも試したいからって火遊び禁止な。しかも身近なもので炎色反応が見れる花火を解体しようなんて思うなよ」


 それでオレめちゃくちゃ祖父ちゃんたちから怒られたんですからねぇ。


「そもそもちょっとした静電気でも燃えるから花火の粉ってすごい繊細なものなんだよね」


 オレが中二だったころの、空が乾燥したある冬の午後。

 夏に使わなかった湿った花火に、なんの警戒心もなく解体してたら、ちょっと静電気が走っただけで中の火薬が燃えて、火花が服についたんだよなぁ。


「いや、あれはホント身の危険を感じたわぁ……その時着ていたのがウール製のセーターで、燃えやすいやつだったから火の回りがはんぱなくてな……あやうく全身が火傷するところだった」


 その恐怖があったから調理場ではかならず袖を捲るようにしてる。

 うん、長袖でコンロの前に立つなを実体験したような気分だった。


「わ、わかった」


 震えながらうなずくセイエイを見て、まぁそんな危険なことはしないだろうと思いたい。



「でも、もし炎色反応のことならなんで納得いかないんだろ?」


「あれじゃないか、燃やす物質にもよるし、そもそも何色で燃えるのかだって物質によってはかぶっている奴もあるみたいだし、Caとか銅、リンとかは結構有名だけど、バリウムなんて覚えていない人もいるだろうし」


 後は分量のパーセンテージにもよるだろうな。


「白水に聞いたらどう? こういう、化学のこととか詳しそう」


「でもあの人はどっちかと言えばシルバーづくりが趣味だとは言っていたけど、炎色反応に詳しいかね」


 まぁとりあえずメッセージで炎色反応のことを聞くだけ聞いておこう。


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