第182話・淫雨とのこと
エスカルピオのしっぽが分離し、それらが地面の穴に入っていったのはいいとして、この際出て来た勝負だからほっとこう。
その前に本体をどうにかしないといけない。
「セイエイ、動けるか?」
「動けるけど、普段みたいに無茶はできないかも」
今の格好がなんとも動きにくいらしく、彼女は自分を嘆かわしく言い返してきた。
「あんまり無茶するな……」
「それじゃ二人の援護に回る」
人が言う前に言い返してきた。まぁそうなるよな。
できる限りセイエイには穴に近づかないようにしてもらい、
「魔法盤展開っ!」
【KYXF MYKKFV】
オレは魔法文字で風属性を含んだダガーを作り上げる。
しっぽがコアになっているのか、エスカルビオはしっぽと本体を分離させてから、あまり動くような素振りを見せていなかった。
おそらくではあるが、本体自体の防御力が高いのではないだろうか。
まぁそんなことはさほど気にしない。
甲冑の隙間を狙ってダガーを投擲する。
「ぎぃしゃぁ」
命中。弱点属性も入って、エスカルビオのHTがいよいよ三割を切った。
「
ワンシアがハッとした声でオレに注意を向けた。
「なにか出て来ます!」
ワンシアはパッとオレの方へと一蹴するや、穴の方に視線を流すと、その穴に向けて【火槍】を繰り出した。
ゴォッと、なにかに命中し、轟々と炎が穴から滾り出ている。
「セイエイさま、レスファウルさまっ!」
「わかっておるっ! 魔法盤展開」
レスファウルは魔法盤を取り出し、
【ANQM CHNFXM】
と風の盾を作り上げ、牽制に備える。
【ANQM YVVZA】
続けて、セイエイは風をまとった弓矢の魔法武器を作り出し、穴からモンスターが出て来たところを奇襲する構えのようだ。
「ワンシアがさっき一匹やっているから……残りは四つってことだよな?」
「シャミセンッ! 本体の足元に小さい穴ができてる」
セイエイがエスカルピオの方へと視線を逸らした。
そちらに目をやると、彼女の言うとおり、エスカルピオ本体の足元には直径三〇センチほどの小さな穴がくり貫かれていた。
「馬鹿者っ! せっかく弓で敵を狙い定めておるくせに、標的を逸らすでないっ!」
セイエイの行動に、レスファウルの激が飛ぶ。
その瞬間……、
「セイエイさまっ! うしろっ!」
ワンシアが叫ぶと同時に、セイエイのうしろの地面に掘られていた穴から全長一メートルほどのサソリが飛び出してきた。
【YTZVW】
アポートの魔法文字を作り出し、セイエイをオレの方へと引き寄せる。
「きゃっ?」
「おっと――ととととと……」
あまりにも急いでいたものだから受け身が取れず、オレはセイエイの下敷きになった。
「だ、大丈夫?」
「うん。まぁ次は注意してくれるとありがたいんだけどね」
頭を抱えながら、お腹に乗っているセイエイを下ろそうとした時だった。
「ひゃうっ?」
右手にのしかかる妙に柔らかい感触。うん、嫌な予感しかしない。
セイエイは咄嗟に両手でオレの顔を覆った。まったく目が見えないんですけど。
「シャミセン、今こっち見ないで」
懇願するようなセイエイの声でなんとなく状況が把握できた。
「あっと、もしかして触ってる?」
「それは別に……シャミセンにだったらいいんだけど……さっきのアポートでマントの裾が外れた」
ってそっち? 胸を触られて、ぶん殴ろうとかそれ以前に、今胸があらわになっていることのほうが恥ずかしいのか。
「役得じゃな」
「役得ですよね」
レスファウルとワンシアが二人して同じ感想を言っている。
当人はそれどころじゃないんですがね?
セイエイがうしろを振り向き、マントの裾と裾を結びなおしている時だった。
「シャミセンさま……」
ジンリンが困苦した声でオレを見据える。
「エスカルピオのHTが三割ほど回復しています」
「回復もありかよ」
「ラスボスの回復とか反則だと思うんじゃがな?」
いや、こいつはクエストボスであってラスボスではないけどな。
「セイエイ、動けるか」
「大丈夫。それと……重くなかった?」
いや全然と否定しておく。ゲームなんだからそんなの気にしなくていいんじゃないかね?
なんともはにかんだセイエイの声に首をかしげてしまう。
「セイエイさまも日々成長されてますからね」
いやそこは否定しないけどさ。
「キィシャアアアアアアアアッ!」
エスカルピオ本体が咆哮を上げる。
「くっ!」
さっきと似たような攻撃なら対処方法はある。
単純に耳を塞いでしまえばいい。
それでも場所が場所だけに音が反響し、重低音が鳴り響いている。
「ワンシア……聞こえるか」
「い、一応聞こえてはいますが、動けるかと言われると」
お互いにスタン状態になっていないことがさいわいだった。
なら――試してみる価値はあるよな?
エスカルピオの咆哮が鳴り止む。その刹那――っ、
「ワンシアッ! [超音波]っ!」
ワンシアは口を大きく広げ、喉を鳴らす。
人間には認識することができない超音波は、壁に衝突し、エスカルピオにぶつけられたらしく、
◇エスカルピオ/Xb15/属性【土】【闇】
・【混 乱】
と、混乱状態に押し入った。
「今のうちに穴にいるやつを倒すぞ」
「わかった」
セイエイは魔法文字でダガーを創りだすと、穴から顔をのぞかせたサソリに向けて放った。
ザシュという音が響き渡り、弱点属性の魔法を付加させていたのか一撃で倒した。
おそらく、分離したサソリ自体のHTはさほど高くはないのだろうと推測。
「うむ、倒すと本体に戻っていくようじゃな」
レスファウルの言葉で、オレはエスカルピオ本体を見据え直した。
たしかに分離していたはずのエスカルピオのしっぽの付け根が、ふたつ戻ってきている。
それでも振動による攻撃を仕掛けてこないということは――。
「倒さないほうがいいかもしれないってことか」
考えられるとそれだな。しかも跳んだところでその振動の波を避けられるとは思えない。
最初は咆哮によるスタン攻撃に加えての連続だったからまともに食らってしまった。
「でも倒しきらないとあいつまた回復する」
セイエイが懸念をぶつける。
「かと言って、また分離してくる可能性もあるし、――完全にイタチごっこじゃないか」
それならその前に倒しきればいいんだろうけど……。
「しかし気になるのがひとつあるのじゃがな」
レスファウルがなにかに気付いたのか、土の断層に目を向けた。
「上の砂が落ちるスピードが早くなっている気がするのだが」
その言葉を聞くや、オレは自分の足元に目をやった。
砂はオレの足よりうえにまで満たされてきていた。
「時間制限ありかよ?」
砂の中から足を出し、平らな部分で足を踏みしめる。
「そのようじゃな。さらに状況が不利になったが――聞きたいか?」
聞きたくないやいっ! もうわかってるから。
砂が覆われてきたということは、穴がすべて見えなくなってしまったということだ。
「レスファウルが魔法で砂を取り外したとしても、結局はただの無駄骨だったってことか」
ある程度時間が経つと演出的に下に落とされるという演出だったのだろう。
「ワンシア、気配を察知することは?」
「それができれば、最初から苦労なぞいたしませぬ」
砂に埋もれた穴の中にいるサソリの気配もしなければ、においもしなくなってしまったということか。
「穴を掘るとかは?」
「爪が割れそうなので嫌です」
ワンシアはセイエイに繰言を発する。
たしかに今の状態ではたったの三メートルくらいしか砂の深さがないし、地面は硬いからワンシアの爪が無事に済むとは思えない。
「シャミセン、さっきワンシアが変身したのって[スィームルグ]だったよね?」
セイエイがなにかを思いついたのか、そうたずねてきた。
「だったら……ワンシアこっちに来て」
ワンシアを自分のところへと呼び寄せるセイエイは、ワンシアの耳に口を添えた。
「……うむ、なるほどそんな伝承があるわけですね……たしかにスキルにそのようなものが入っていましたが」
会話が聞こえるのはいいけど、何の話をしているのかわからない。
「セイエイ、それでこの状況を打破することは可能なのか?」
「打破することはムリでも、状況が変わりうるかもしれない」
セイエイはオレに向かって、ちいさく笑みを浮かべる。
自信満々の顔で応えなさんな。
その賭け……乗りたくなるでしょうが!
「魔法盤展開っ!」
右手を翳し魔法盤を取り出し、飛翔の魔法文字を展開させていく。
【LXR】
からだは宙に浮かび上がり、ワンシアは土壁を蹴りあげると、オレの背中に飛び乗った。
「なにをするつもりじゃ?」
唖然と目を剥くレスファウルがセイエイにたずねた。
「さっき二人と別れた時にワンシアに他のモンスターに変身した時、NODはどんなことができるのかって聞いていたの」
「なるほど……して、それでなにができようか?」
「お姉ちゃんが星天遊戯の企画を出そうとした時、色々なモンスターが乗った書籍を読んでいることを思い出して、旧正月の時日本に来る時に何冊か持ってきてもらったの。わたしもなにかお姉ちゃんの役に立ちたかったから――その時読んだ本に乗っていた[スィームルグ]の項目にこんな記述があったの」
セイエイは空を仰いだ。カンカンと照りつける夕闇に移りだす霊鳥の煌々としたきらめきを目にし、彼女は口を開いた。
「サエーナの木に鳴った木の実は海に落ち、海そのものに命を与え、雨に穀物を育てる恵みの力を与えた」
その言葉が引き金となり、彼女たちのカラダには冷たい秋霖が降り注いだ。
∂ ∂ ∂ ∂ ∂ ∂ ∂ ∂ ∂ ∂ ∂
「なるほどな、そんなスキルが使えるわけだ」
[スィームルグ]状態のワンシアの背中に乗り、彼女からセイエイに耳打ちされたことを聞いたオレは、納得したとワンシアの背中を撫でた。
「[スィームルグ]が梢としていたサエーナの木は植物の王とされていて、すべての種類の植物が伸びているそうです」
そのうちのひとつが海に落ち、穀物を育てる雨となったということか。
「それじゃいくぜ……ワンシア、[
命じると同時に、ワンシアは羽を大きく羽ばたかせる。
お腹あたりに小さな雨雲ができあがっていき、ゆっくりと大きくなっていく。
それが次第に、穴を覆うほどの大きさとなり、
「ケェエエエエエエエエンッ!!」
ワンシアの咆哮が合図となって、雨が降り始めた。
雨量三センチほどの雨水は土の層に囲まれ、逃げ道を失う。
もしくは下に染み込んで落ちるしか方法がなくなる。
雨が降れば地面は当然ぬれる。ぬれるということは……。
「なるほどそういうことね」
セイエイの考えがなんとなくわかってきた。
「砂の色が白から茶色に変化して、穴が見えるようになりました」
「魔法盤展開っ!」
ワンシアのカラダから飛び降り、魔法文字を展開していく。
【CTYVEYVVZA】
電光の槍を雨雲目がけて振り下ろす。
それが功を奏したのか、電光の槍は威力を増し、本体を突き抜けた。
「キィシャアアアアアアアッ」
エスカルピオが悲鳴を上げる。
雷などの自然現象は、どうやら風属性に入るらしい。
さて勢いに任せて飛び出したけど、どうすっかなぁ。
と考えていたが、ワンシアが咄嗟にオレの足元へと飛来し、自分の背中にオレを落とした。
ナイスワンシア。後でいっぱい撫でてやる。
「スパークは人工的なものだと思いますけど」
ワンシアがツッコミを入れてきたが、ダメージを与えたんだから細かいことはいいんだよ。
「シャミセンッ!」
テレポートでオレのところへとやってきたセイエイが、落ちないようにワンシアの羽根をつかむ。
続けてレスファウルもやってきた。
「ほほほ、見よエスカルピオのなんとも滑稽な姿を、慌てておる慌てておる」
カカカとレスファウルが破顔一笑している。
どうやら雨によって砂がドロとなってさらさらとしなくなり、それが穴を防いでいる。
そして逃げ道を完全に失ったエスカルビオと未だに穴に隠れていたサソリはジタバタと顔を上に上にと出している。
「そんじゃトドメだな」
さすがにもう相手にするほど時間がない。
「魔法盤展開っ!」
右手に魔法文字を作り上げ、魔法文字を展開させていく。
「エスカルピオ……お前が負けた最大の敗因は……たったひとつの、もっともシンプルな答えだ――」
【WHDQMFV】
雷鳴がエスカルピオの上に落ち、HTは全快し完全に散った。
◇経験値[41]を手に入れました。
◇プレイヤーのXbが上昇しました。[3/100]
◇Xb上昇によりポイントが加算されました。ポイント残高……20
◇クエストアイテム[エスカルピオの体液]を手に入れました。
「てめぇはオレの幸運値をなめていた」
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