第169話・地謡とのこと
「オイシィ」
注文したフィグケーキを、小さめのフォークで一口啄むや、星藍は目を輝かせる。
「フィグというのは、
「ほら、煌乃くんも、あーん」
星藍がケーキを一口大に切ったものをフォークに突き刺し、オレに向けた。食べてみろってこと?
まぁすこし興味があるし、やろうとしている厚意を無下にはできない。……そもそもここの料金オレが払うからね。
周りの視線がどうであろうと、食べる権利は十二分にあると思うんだ。
「むぐっ……お、たしかに美味しい」
無花果の酸味と生クリームの甘みがいい具合に混ざり合っている。
コーヒーも良い豆を使っていて、さらにいい。
「あ、今朝鏡花さんからメールがあったよ。恋華に[B]の魔法文字渡したいから伝えてほしいって」
鏡花というのは、たしか白水さんの本名だっけ? そういえば、セイエイとNODではまだフレンド登録してないって言ってたな。
オレや星藍と同様にフレンド拒否にしてるからそれが仇になったか。
リアルでは会ったことがあるって言ってたし、その時に星藍とはメアドの交換をしていたのだろう。
「恋華はどんな反応だった? この前PTを組んだ時もだったけど、セイフウが[B]の魔法文字を持ってたけど、あっちはメイゲツから貰ったって言ってたからなぁ」
「うーん、そっちよりはこっちのほうがってところかな」
「そっちよりこっち?」
「あぁほら恋華に今日のことで不貞腐れられたって言ったでしょ?」
つまりまだ根に持ってるということ?
「昨日も昨日で兄からゲームの制限されてるし、あの子基本的に反感するってことがないにしても、ストレスを内に
そういやテストの結果が悪かったから、ボースさんから制限食らってるんだっけか。
ちなみに地獄絵図と言うのは、今までプレイできなかった時間分、ストレスが無くなるくらいまで回復とか放ったらかしにして連続で戦闘するんだとか。
ちょっと待て? 星天遊戯を開始した付近の時にほとんど回復もなしに経験値積んでいたって聞いてるけど、もしかしてテスト勉強で制限されていたからか?
「まぁ、オレからすればゲームばかりしていないから褒めてやりたい」
「あはは、わたしもそれには同意かな。いくら親がゲーム会社に務めているからって、子どもも親もゲームばかりしているわけにもいかないんだよね。周囲でどういうことが流行っているとかそういうアンテナを常に張っておかないとブームなんてすぐ去っていくから」
リバイバルブームってのもありますわよ。
「お待たせしましたカツサンドです」
里桜ちゃんが、オレと星藍の目の前に、カツサンドが乗せられたお皿がそれぞれひとつずつ置いていく。
うん、星藍の時は優しく置いたのに、なんでオレの方はちょっと怒り気味に置いた?
「えっと、里桜ちゃん……? なんで怒ってるの?」
「怒っていませんよ。こっちは女子校で、同い年の男子となんて中学卒業してからほとんど話してないのに、そっちがイチャイチャしてるのがすごく羨ましいともなんとも思ってませんから」
笑顔が引き攣ってます。それを一般的に怒ってるっていうのでは?
「あれ? そういえばさっきの制服じゃなくなってるのね?」
星藍が里桜ちゃんの姿を、下から上へと視線を流しながらたずねた。
たしかにさっきまでのメイド姿というよりは、カジュアルな格好だ。部屋着とも違うし、どこか出かける用事でもあったんだろうか。
「あぁ、今日はもう上がりなんです。あ、お母さん、抹茶ラテちょうだい」
「はいはい」
店の奥にいるらしい里桜ちゃんの母親が、あきれたとも取れる声で返事をする。
「レシートはこの人持ちで」
里桜ちゃんは笑顔でオレを指差す。
もしかしてオレに払わせるつもりか? 何の権利があって?
「オイマテコラ」
里桜ちゃんの頭を空いていた右手で掴む。アイアンクローでお仕置きだ。
「あいたたたたたっ! じょ、冗談ですってっ! ちゃんと自分で払いますよっ!」
里桜ちゃんが涙目でオレを睨む。
さすがに自分が払おうと思っていないことに関しては怒りますよ。
「っていうか仮にも花も恥じらう女子高生になんてことするんですか? 知り合いじゃなかったら訴えてますよっ! っていうか花愛が前に言ってましたけど、なんか前に星天で身バレした時にアイアンクロー食らったって……っ! あれ本当だったんですか? というか今私おもいっきりその状況なんですけど?」
「知り合いでもDVとか暴力で訴えていい気がするけど……。うん、今のはさすがに里桜が悪いかな」
星藍も星藍で苦笑を見せているし。
「それで、なんで今日はデートなんてことになってるんですか?」
里桜ちゃんがオレの横に、隣のテーブルから椅子を運んできてはそこに座り、ジッとオレと星藍を見渡している。
「一言で言えば罰ゲーム」
「罰ゲームって人聞きの悪い。そもそも煌乃くんが悪いんでしょうが」
頬を膨らませながら星藍は愚痴をこぼす。
「なんかしたんですか? もしかしてまたセクハラ」
「オレどんなイメージなの? 君たちの中でオレどんな立ち位置なの?」
「「女の子だったら形振り構わずにナンパする」」
ふたりならんで同じ返答だった。
世知辛いっ! 声かけてくるから反応しているだけで、これといって特に意識もなにもしてないんだけど?
「自分がそうでも相手はそうじゃないわよ。今はほとんどログインしてないみたいだけど、星天の掲示板じゃ名前が出ただけで結構憶測みたいに祭り上げられるし」
星藍が嘆息をつくように、オレにフォークの先を向けた。
うむ、さすが運営スタッフだけに掲示板のチェックは欠かさないらしい。
「オレ、普通にプレイしてるだけなんですけど」
「あははは、まぁシャミセンさんの場合、初期が初期でしたからね。レベル20にも充たない初心者プレイヤーがビコウさんやナツカさん、セイエイちゃんと言ったトッププレイヤーとフレンドになっていたりしてましたし」
抹茶ラテが来たらしく、里桜ちゃんはそれをストローで一口啜る。
「うーん、そっちを頼めばよかったかなぁ」
星藍は里桜ちゃんが飲んでいる抹茶ラテが飲んでみたくなったのか、視線をオレと抹茶ラテに、交互に見渡しながら言う。
「頼めばいいんじゃないですかね? 支払うのってシャミセンさんでしょ?」
「里桜ちゃん、もう一回頭掴もうか?」
オレが右手でワキワキと、開閉させると、
「ごめんなさい。もう言いません」
里桜ちゃんは頭を両手で押さえ、上目遣いで謝罪した。
というか利き手が左だから、右ってそんなに力入れられないのよ。
「うわぁ、大学生が女子高生虐めてる」
星藍がカフェ・ラテを一口飲みながら、さらに誂ってきた。
虐めてないよ。躾だよ。
「すみませんうちの娘がご迷惑をお掛けしてまして」
見兼ねたのか、里桜ちゃんの母親らしき人がこちらへとやってきた。
見た目は四十代だが、遠目で見ればギリギリ三十代にも見える。
「あぁいいんですよ
星藍がそう里桜ちゃんの母親に説明する。
「まぁでも里桜がこんなに男性と親しく話してるのを見るのはいつぶりかしらね。アルバイトの子に歳の近い男の子はいるんだけど、自分から話すなんてことしないし、話されたら話されで
うーん、なんかすごくイメージ出来ない。
結構誰でにも話しかけそうな子だなと思ってからなぁ。
「お、このカツサンド凄く
カツサンドを一口啄むや、口の中にはサクサクに揚がった衣とトーストされたパンの適度な硬さ、それとキャベツのシャキシャキ感がいい塩梅になっている。
それにソースとからしマヨネーズがなんとも言えないハーモニーを奏でている。
「やばい。一口食べるとさらにその次を食べずにはいられない」
パクパクと、自分でもビックリするくらいの勢いで一つ目がなくなった。
「なんか麻薬みたいなのが入ってるんじゃ」
さすがにそれはないだろう。多分食欲を促すのだ。
肉っていうのはそういう魔性の雰囲気がある。
「しかしまぁ気持ちが良いくらい美味しそうに食べるわね。それで彼は星藍さんの彼氏さんなのかしら?」
「あ、いえ違います。ふたりとはただのゲーム友達で、星藍とは同じ大学の同級生です」
オレが真優さんにそう説明するや、
「「そこは否定してほしくなかったんですけど?」」
と、星藍と里桜ちゃんが荒げた声でツッコミを入れてきた。
あれ? 星藍はなんとなくわかるけど、なんで里桜ちゃんまで文句言ってるの?
⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔
「そうか……孫五龍社長に聞いても、今回の事件についてはまだ原因不明止まりなのか」
星藍からVRギアに搭載されているB・M・Iのシステムプログラミングを組み込み、その最高責任者である孫五龍社長から、NODで起きている事件のことについて聞いたことを伝えられ、オレは愕然としていた。
「ご期待に答えられなくてごめんなさい」
彼女自身も期待していたことじゃない結果だったのか、シュンとした声でオレに謝った。
「いや星藍が謝ることじゃないよ」
「でもそのシステムって、ギアから信号を脳に送ることもできるんじゃ?」
「[セーフティーロング]製のVRギアはたしかに里桜が言っていることができることは可能なの。というよりはそもそもB・M・Iというのは身体が不自由な人用に開発されたシステムで、たとえば半身麻痺の人が手を動かしたいとB・M・Iを搭載したマシンに脳で命じるとその通りにマシンが動くといったところかな。ギア開発初期の頃は目が不自由な人の視界を司る脳の信号に刺激を与えて、景色なんかを見せられるようにだったんだけど、それをオープンソース……プログラミングの数式を一般公開して誰にでもVRギアのゲームが作れるようにしてしまうと、脳に電波を送って悪質な……たとえば催眠をかけたり、記憶や人格を弄るなどをしてその人に悪い影響を与えるといった、そういう悪質なゲームが作られないように、フチンはギアがプレイヤーの脳波を感知してプレイングキャラに行動を与えるまでにとどめたプログラミングにしていたの」
星藍の説明を聞きながら、里桜ちゃんは抹茶ラテをプクプクとさせる。
その態度と音がなんとも不躾だったので、
「こら、お行儀が悪いよ」
と注意しておこう。
「あ、すみません……」
むぐっと、里桜ちゃんはすぐに謝った。
「でも私はあんまりPCに詳しくないですからわかりませんけど、そのシステムって人の脳波を読み取っているってことですよね?」
「まぁそうなるな。昨日ローロさんとそのことで会話したんだけど」
「ローロさんと? あれ? なんでローロさんがそこで出てくるんですか?」
里桜ちゃんが首をかしげる。
あ、そういえばこの子はまだローロさん――朗さんと漣が兄妹だって知らなかったんだっけ。
「しかしひとつ気になることがあるんだよな」
「気になることって?」
「NODのゲームシステムだよ。魔法文字展開のやり方とか、そもそも[サイレント・ノーツ]でしか会ったことのないモンスターにワンシアが変身できたこと。そもそもオレのギアにそのデータが入っていた事自体がなんか違和感があるんだよな」
それと一昨日の戦闘で試した魔法文字。
あれも[サイレント・ノーツ]でよく漣が使っていた歌姫の魔法スキルだったんだよな。
「それはわたしも違和感があったね。今わたしたちがいるというよりは行ける範囲でだけど、第二フィールドのフィールドクエストも[サイレント・ノーツ]で行われたイベントクエストの内容と似通った部分があったんだよ」
実を言うと、オレは高校に入ってから、漣に誘われてから始めたのでどういうクエストだったのかわからない。
「どういうクエストだったんですか?」
里桜ちゃんがオレの代わりだったのか、それとも彼女自身興味があったのか、星藍にそうたずねた。
「煌乃くん、ジンリンから教えてもらったっていう必要なカードの名前全部言える?」
全部は無理。まぁVRギアに登録しているメアドに送られたメールはスマホからも確認ができる。
実を言うと、ジンリンからメールでのネタバレは禁止にしてないと聞いてから、そのメールソフトをメモ代わりにしていたんだった。
「よし、出て来た」
オレはスマホに表記された、ジンリンから教えてもらった第二フィールドのフィールドクエストに必要なカードの一覧を二人に見せた。
「これってなんの意味があるんですか?」
「ひとつは十二支だっていうのは、まぁ見た瞬間にわかるでしょ?」
そう聞かれ、里桜ちゃんはちいさくうなずいてみせる。
「頭に付いているのは
「大正解」
いちおう説明すると、以下の通りになる。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
サスナーマウスのカード=松(一月)+子
アプリコットカウのカード=梅(二月)+丑
ピーチタイガーのカード=桜(三月)+寅
ウィステリアラピットのカード=藤(四月)+卯
アイリスドラゴのカード=菖蒲(五月)+辰
バタフライスネークのカード=牡丹(六月)+巳
ポアホースのカード=萩(七月)+午
ムーンシープのカード=芒(八月)+未
ジュファモンキーのカード=菊(九月)+申
ディアチキンのカード=紅葉(十月)+酉
ウィロードッグのカード=柳(十一月)+戌
ポーロウニアポアのカード=桐(十二月)+亥
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
という組み合わせだ。
「あれ? 三月の桜はチェリーブロッサムじゃないんですか? それに牡丹が蝶々になってたり、紅葉もなんでディア?」
里桜ちゃんが首をかしげ、そうオレと星藍にたずねてきた。
「多分素直に英語にしてしまうと内容がわかってしまうからでしょうね。それに牡丹のタネ札に描かれているのは蝶で、芒には月が描かれていて、ディアは確か鹿って意味があるから。三月は桃の節句でもあるからってことじゃないかな」
なるほどと里桜ちゃんは納得したようだ。
「それでこれが[サイレント・ノーツ]とどう関係してるんだ?」
「あぁ、[サイレント・ノーツ]は十二室に当てはめられている星座を司るギリシャ神の名前が表記されたカードを集めることだったんだよ」
星藍がそう説明するが、ごめんまったくわからん。
「十二室ってなんですか?」
「
「さっき当てはめられている星座を司るって云ってたけど」
「十二室にはそれぞれ十二星座が当てはめられているの」
「あ、それがNODでは十二支になっている?」
「十二支も十二星座も国々で違うから一概にそうだとは言えないけど、クエスト内容は似通ってるでしょ?」
言われてみればたしかに。
だとしたら、第二フィールドの内容も似てるってことか?
「あ、それは多分NODだけだと思うかな。すくなくとも[サイレント・ノーツ]は音楽だったけど、NODは魔女がテーマになってるでしょ」
うーむ、予想が外れた。まぁ、第二フィールドの内容からしてオズの魔法使いだしなぁ。
そもそも拠点となる町の名前がまさにそれだし。
「といっても、今はまだ憶測でしかないし、そもそもわたしはその時って学校のテスト勉強であんまりログインできなかったんだよね」
時期的に三年くらい前……オレがそのゲームを始める前には終了してるから、星藍が知らないとなればほとんどお手上げだ。
「しかもあと二枚ってところでクエスト終了しちゃうし」
おおきな嘆息を吐きながら、星藍はテーブルの上に俯せた。
あれかね、集めていたシリーズ物のカード入りウエハースチョコを買っていたら、翌日あたりに新しいのが出てそれまでのが買えなくなったとかそんなふうか?
「そのふたつってなんだったんですか?」
「えっと、たしかフォルトゥナ・ポナが持っている獅子宮のカードと、フォルトウナ・マラが持っている処女宮のカードだったかな」
まったくもって聞いたことがない。
里桜ちゃん知らない? とオレは彼女に視線を向けた。
「私も知りませんよ?」
助け舟にもなんにもならなかった。
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