第144話・引かれ者の小唄とのこと




 ――翌日。目を覚ましたオレが最初に確認をしたのは[線]の受信履歴だった。

 白水さんを通して、ローロさんにオレの[線]アカウントに連絡をして貰いたかったのだが、そのアクションがない。


「やっぱり……知ってるな」


 もし、ローロさんが、オレの知っている朗さんではなかったとしたら、[水連]という言葉に対して、どういう意味だろうかと聞いてくるはずだ。

 たとえば星天遊戯に出てくる睡蓮の洞窟のことでなにか相談があるのではと思い、オレが慌てて白水さんに誤変換してしまったものを、そのまま白水さんが伝えた。

 ローロさんはそう思うはずだ。

 だけど、[水連]という言葉に心当たりがあるのなら、それはその意味を知っているということになる。


「問題はローロさんがオレのことを警戒しているかもしれないってところだな」


 多分、おそらくだけど……、漣が使っていたボイスチャットのハンドルネームを知っているのは、朗さんを外せば、オレか鉄門だからな。

 さて、どうしたものか。



 ∬



「それじゃぁ、その煌乃くんの知り合いが本来譲渡されるはずだったVRギアを、ローロさんがかわりに使っているってこと?」


 オレは、大学のキャンパスで、ちょうど授業が被った星藍にジンリンから聞いたことを話していた。


「ジンリンが言うには、オレのアカウントデータとベータテストをしていた漣のアカウントデータがリンクしているみたいでな。いちおう本来はオレのデータだけど」


「もうひとつはローロさんが使っているVRギアにその漣って人のデータが入っていた可能性もあったってことね」


 まぁ考えられるとしたらだけど。


「メディウムがもともと持っていたVRギアを初期化してハウルに渡したみたいなことを聞いてるから、それができたんじゃないかねぇ」


 というか普通は未使用品を持ってくるものなんですが。


「うーん、わたしと恋華はフチンから初期状態されたものをもらいましたけど、こういう考え方もありません? アカウントデータの二重を防ぐためとか」


「あっ、と……」


「ほら、VRギアのアカウントデータを作る時って、住所確認とかしますけど、それってVRギアにアカウントデータを承認させるためにしますよね?」


 ってことは……、ちょっと嫌な予感がするんだけど。


「いや待て待て待て?」


 オレはその考えを振るうかのように激しく頭を振った。


「そこっ! うるさいぞ!」


 あまりにも騒いでいたのか、講師に怒られた。


「す、すみません」


 平謝り。というか星藍と、これまた一緒にいた鉄門以外の学生から嘲笑されてる。



「落ち着いて、そもそもプレイヤーの安否確認なんてまずしないでしょ?」


「まぁ、VRギアが発売されたのは連が死んでからだったからなぁ」


「でもひとつ気になることがあるのよ」


 気になること?


「いくら運営スタッフとはいえプレイヤーの個人情報までは調べられないはずなの。わたしはまぁ星天遊戯のプレイヤーであると同時に、バトルデバッガーだからね。いちおうお給金をもらっているから住所とか身分証明しないといけないのよ」


 そういえば、星藍っていちおう中国からの留学生になるんだっけかなぁ。


「その住所って中国の実家になるの?」


「……っ? 現住所というか、こっちに籍置いてるから、住所は兄の家になるけど」


 マジですか?

 そんなオレの怪訝な視線に気づいたのか、


「いやだって、籍を置くと言ったって、そもそも日本はわたしの母国でもあるからねぇ」


 母国? まぁ本人から恋華と同じで日本人と中国人の混血児ってのは知ってるけど。


「でも産まれたのって中国じゃ?」


「逆。日本生まれの中国育ち。というかもともと血筋的には日本人と言ったほうがいいかな」


 あれ? オレがイメージしていたのと違う。


「もともとはムチンが日本のゲーム会社でディレクターをやっていたみたいで、フチンが働いているMMORPGを運営管理している中国の企業と共同作品を作っていたみたいなの。で、まぁそのままって感じですね。今から二二年くらい前の話だけど」


 あれれぇ? なんかすごい計算が合わないんですけどぉ?


「あ、今もしかして兄の年齢とわたしの両親のなりそめに疑問を持ってます?」


 持っているどころか、かなり疑問なんですけど?


「嫌なら答えなくていいぞ」


「別にわたしにダメージが有るわけじゃないのでお話しますよ。兄は本妻の子で、わたしは愛人の子だと思ってください」


 うわぁぶっちゃけたよこの子。混血児だけでもいじめの対象なのに、さらに愛人の子って……。

 っていうか、ダメージないって……あっ、自分の中ではもう気持ちの決着が付いているからか。


「あ、変な同情ほど相手に失礼ですよ。別にわたしはそのことを気にしたことありませんから。たしかに愛人の子ではありましたけど、フチンは兄のムチンと同等の愛情を注いでくれていましたから」


「難しいねぇ」


 どう返答すればよかったんだろうか。たぶんどれを選んでも不正解だったと思う。


「まぁ、難しいという意味では、わたしも恋華が受けていたいじめに関しては思い当たることがありましたからね」


 混血児であるがゆえ……か――。



 ∬



「漣……か――」


 先ほどの授業を終え、教室にいた学生たちがチラチラと出ていく中、オレは近くに来ていた鉄門に今回のことを説明していた。

 漣の名前を聞くや、鉄門は難しい表情を見せている。


「まさか、あいつの名前をまた聞くなんてな」


「……すまん」


「べつに誤ることじゃねぇよ。しかしオレも朗さんの連絡先知らねぇんだよなぁ。いちおう携帯の番号は知ってるんだけど、漣の葬式が終わってから機種とか番号を変えていたみたいで」


 まったく音信不通になっているってことか。


「でもローロさんがその人だとして、煌乃くんはどうしたいの?」


「――止める。というか謝りたい」


 オレがつぶやくと、星藍は鉄門を一瞥した。



「あっとだなぁ」


 星藍の視線から逃げるなよ。その理由を知ってるだろ。

 そんなオレの視線に、鉄門はさらに困惑している。


「――いいのか? これを話すとお前の好感度ガタ落ちだぞ。百円のお菓子が99%引きになるくらいだぞ」


「それほとんど廃棄処分だよね?」


 星藍はオレを見据える。


「それくらい、こいつの株が下落しちまうってことだ」


「そんなにひどいことだったの?」


「それにこれは俺よりもお前自身の口から言ったほうがいいぞ」


 そうなんだよ。だから話したくない。


「無理して話すことじゃないよ。はっきり言って話せるほど余裕がないでしょ?」


 達観したような星藍の言葉。


「本当に謝りたい人がいる時に限って、その人に謝れないってことが多いんだよね……」


「親孝行したいときには親はなしってやつか」


 そう聞き返すと、星藍の瞳が一瞬だったが憂いに満ちていた。



「それで、やっぱり出間くんは今日も資格の勉強?」


 その表情は本当に一瞬で、星藍は鉄門に質問をした。


「いや、今日はちょっと時間が作れそうだからな、煌乃にお願いしていたアイテムをもらうよ。っていうかそろそろNODにコンバートしたい」


 話題を変えよう。二人からそんな空気が漂っている。

 あれ? これって……。



 うっすらと、記憶の意識が、深い深い烏賊墨セピア色の教室に入っていく。

 オレの目の前には、高校の制服を着ている鉄門と、その隣には俯きがちで、瞳に光も何もない少女……漣の姿があった。


『今日はさ、あのルシフェルを仲間にしてみたいなぁ』


『ムリじゃね?』


『むぅ……またそうやって――ゲームの中でくらいなんでも出来るって気にはならないの?』


『いやいや、常識的に考えてよ? ランキング上位のプレイヤーでも手に入れられないって云われている上級召喚獣をどうやって手に入れるのよ? あれですか? 課金でもするの? 俺ら学生にそんな金ありませんことよ』


『ムリじゃないよ。だって――』


 あぁ……、漣はこの後なんて言ってたんだっけ?

 オレ、その会話を聞いていた時って、昨日二人に隠れてレベル上げしていた代償ですんげぇ眠たかったんだよなぁ。

 だから、内容なんてほとんど覚えていなかったんだけど、久しぶりに漣がはしゃいでいるような声が聞けて、すごい嬉しかったんだよなぁ。

 だからなのか、ちょっとした事でもすごい印象に残っていたのか。


『ルシフェルを仲間にするには、その対となる悪魔に私たちの実力を認めさせればいいんだから』


 あぁ――そういえば、そんなこと言ってたなぁ。


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