第129話・蝶番とのこと


 そろそろログアウトしたいのだが、次の町である[エメラルド・シティ]というのが、マップのほぼ中心に位置していた。

 最初のフィールド[ルア・ノーバ]との境目にある橋からおおむね四キロほど離れているため、その町へと辿り着くまでのあいだ、戦闘が何度もあった。


「しち面倒だから描写は省略する」


 五回ほど戦闘はしたが、ビコウやセイエイとパーティーを組んでいるのでもらえる経験値に期待はしていない。


「レベル上がった」


 とはセイエイの言葉だった。

 彼女の簡易ステータスを確認すると、



 ◇セイエイ/Xb7



 になっている。

 オレの方はといえば、まだ経験値が半分溜まったくらいで、今日上がるとは思えない。



「そういえば、烏の件だけど」


 ビコウにそうたずねるや、彼女はすこしばかり怪訝な表情で、


「NODの運営スタッフへ、モンスターにバグがなかったどうか確認の連絡を送ってみました。わたしたちの戦闘ログが残っているはずですから」


 と、オレの質問に対して言い返した。


「星天遊戯の運営側にいたからこそ言えることですけど、属性による回復特性というのは、中盤あたりから出すというのがセオリーだと思いますし」


「水を得た魚みたいなものか」


「モンスターにそういう特性がある場合、なにかしらのアナウンスがないと不公平ですしね。まぁ魚が地上に出てなにもできないみたいなものですから」


 魔法文字による属性に関してはまだビコウ自身も把握できていないというのが現状のようだ。


「その原因になった魔法文字も[砂漠の突風desert gust]ってことで土属性が加わると思ったんだけど」


 オレが物思いにふけていると、セイエイがオレの法衣の裾を引っ張って自分のほうへと振り向かせた。



「……シャミセン、その時もしかして[単語]と[単語]にしなかった?」


「んっ? どういうこと?」


 セイエイにそう言われ、オレは首をかしげた。


「もしかして、それでシステム的に土属性じゃなくて風属性になったってことか?」


「うん。多分これと同じなんだと思う」


 セイエイは魔法盤を左手に取り出し、



 【CQZACWZJF】



 という文字がセイエイの頭上に展開されるや、周りに規模のちいさい吹雪、、が巻き起こった。


吹雪snowstomeって……そういうことね」


 セイエイの言いたいことがわかったビコウがなっとくした表情で言う。


「吹雪は[雪]の[嵐]と捉えることができますからね」


「つまり単語の組み合わせってのはあくまで魔法と武器の名前ってことになるのかね?」


 それでシステムがオレの意図とは反して違う属性になったってことか。


「そうなのかはまだわかりませんけど、このゲームはまだ開始して一ヶ月も経っていませんからね」


 プレイヤー側も魔法文字に対する攻略が必要になってくるわけだな。



「それはいいけどシャミセン時間は大丈夫なの?」


 そう言われ、時間を確認すると、午後二時になっていた。


「町まであとどれくらい?」


「いや、さほど離れていないみたいですけど……」


 ビコウが顔を右往左往させる。


「あそこ……」


 そう言いながら、セイエイがすこし盛り上がった丘を指さした。

 小道がウネウネと蛇の道といったように連なっている。

 その道をよくよく観察してみると轍ができていた。


「行商でもいるんですかね?」


 たしかハウルがお店を持つこともできるって言っていたから、行商プレイヤーやNPCがいてもまぁおかしくはないだろう。

 でもなんだろうか? なんか魔法世界を謳っているわりにはやっていることがアナログというかなんというか、テレポートでどうにかできないのだろうか。


「このゲームのNPCはほとんどが一般人ですからそういう魔法が使えるというわけではないんですよ」


 ジンリンがそうオレたちに説明する。


「あれ? でもこのゲームの背景バックグラウンドって、闇に染まった世界に蔓延はびこった魔導士や魔女になってモンスター化した人間を倒したり、空を飛んだりできるじゃなかったっけ」


 設定を改めて確認すると、なんか妙な感じだな。


「ゾンビ化した人間を撃ち殺すみたいなものですからね」


 それはまぁいいけど、そろそろログアウトしたい。


「町に行って宿屋を見つけたら、そのままログアウトってことでいいな」


「「了解」」


 ビコウとセイエイの声が重なった。



 ∬



 町の入口は木工製の堀で囲まれていた。

 坂の歩道の終点には鉄の門がそびえ立っており、その両端には二人の門番が警備をしている。

 頭上を見上げると、町の中には四つの物見櫓があるのがわかり、そこにも重装備のNPCがフィールドの周囲を警戒していた。


「やぁやぁ、そこの魔法使いよ」


 門番の一人が、オレたちを見つけるや、声をかけてきた。



 ◇オネスト/Xb23

 ◇オネット/Xb24



 と、NPCの簡易ステータスが表記される。


「我が名はオネットと申す」


 と自己紹介したのは右側の大柄な男で、オレたちに声をかけてきたほう。


「オネストと申します」


 と自己紹介したのは左側の中肉中背の門番。オネットと違ってあまり喋るのが好きじゃない雰囲気だった。


「名もなき魔術師たちよっ! この町に入りたければ通行証を見せなければ入ることは許されない」


 通行証ってこういうこと? でもなんか妙に警戒レベルが強くないか?


「あの、なにかおおきなモンスターでも出てくるんですか?」


 オネストにそうたずねてみると、


「実はここ最近、東と西の魔女による殺戮行為が日々是矯激ひびこれきょうげきとなっておってな。この町の人間たちに被害がないよう結界を張っておるのだ。北と南の魔女が協力して歩道に出てはいけないという決まりさえできている」


 と説明してくれた。


「町につながっている小道の轍ってそういうことか」


「行商の馬車は特別なものでな。スレイプニルという聖獣の加護があるくつわを北南の魔女から授かっていてな、その馬は小道以外の道に逸れないようになっているそうだ」


「そうだって、確認したってわけじゃないのか」


「我々は門番。門番がこの場所を離れてはいけないだろう」


 言われてみればたしかに。


「だけどスレイプニル……かぁ」


 ビコウがそう口にすると、


「スレイプニルってなんだっけ?」


 セイエイが首をかしげながら聞いてきた。


「たしか北欧神話に出てくるオーディンの愛馬だったかな」


「入り口のところにその聖獣のブロンズ像があるから見てみるといい」


 基本的に静かなオネットがそう勧める。

 時間があれば見てみたいものだけど、今日はバイトのシフトとは別に用事があるから、そろそろ本当に宿屋でログアウトしたい。



「それよりも、まずは汝らが通行証を持っているかどうかだ」


 ◇[エメラルド・シティ]への通行証を提示してください。


 なんかクエストみたいな空気でアナウンスがポップされた。


「アイテムストレージから出せばいいんだろうか?」


 虚空にメニューを出して、アイテムストレージを表示させたが、そういったアイテムの名前が出てこない。


「シャミセンさん、ここは魔法文字で出すんですよ」


 ビコウの言葉に、オレは怪訝な目で彼女を見やった。


「えっとどういうこと? ビザvisaって入力するの?」


 聞き返してみると、それが答えだと言わんばかりにビコウとセイエイはうなずいてみせた。


「わたしも最初は半信半疑でしたけど、どうやら境目のフィールドボスを倒すと、次の町に入場するための許可証が出るわけで、それがないと町に入れないようになっているんです」


「そこの娘の言うとおり、不正を働いた魔法使いを差っ引くために使われる法律なのだ。面倒かもしれないがどうぞ頼む」


 まぁ四文字くらいならすぐに回復するからいいけど、


「っていうか、あの長い川をどうやって渡るんだ?」


 水中にモンスターがいる場合もあるだろうに。


「わたしが聞いた話ではほうきで空を飛んで次のフィールドに入ったプレイヤーがいたそうですけど、拠点となる町に入るための許可証を示せないプレイヤーにはキツいペナルティーを課したそうですよ」


「具体的には?」


「まずデスペナ同然に経験値全壊と所持金半減。さらには周りがなにも見えない牢の中で三日間の行動制限。あ、別にログアウトはできます」


 さすがにログアウトできなかったら訴えられてるぞ。



「そういうことだ。ではこの町に初めて入出せしプレイヤーよ。私たちに許可証の提示を願いたい」


 オネストがオレに視線を向けていうので、首をかしげながら、


「初めてって、ビコウとセイエイは見せなくてもいいってことか?」


 その二人を一瞥してからたずねてみた。


「実際のビザみたいに厳しいってわけじゃないですからね。あくまでプレイヤーが現在いるフィールドを正規の方法で入ったのかを確認するためですから」


 オネットの説明に納得。あくまでフィールドのボスを倒さないとダメってことね。


「魔法盤展開っ!」


 魔法盤を取り出し、



 【BNCY】



 と魔法文字を展開させると、門番の二人はスッと横に避けると同時に、鉄の門が地響きを起こすかのように口を開いた。


「あらたな入場者よっ! [エメラルド・シティ]へようこそ」


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