第90話・間者とのこと


 さて星天遊戯にログインできなくなったのと同時に、今日一日どうしようかと悩みだしてしまった。まったくもって予定が入ってない。

 夕方からはバイトだから、斑鳩もシフトが入っていたはず。その時にすこしばかり今回の件について話をしますかね。



「そういえば、なんかほかにもVRゲーム入れてなかったっけ?」


 ふと思い出し、VRギアのゲームリストを広げる。あまりプレイする時間がないし、最近星天遊戯しかログインしてなかったが、ほかにもいくつか入れてるんだった。

 大学に入る前はかなりゲームやってたんだが、VRMMOと言われると実はそんなにインストールしていない。



 [ソードブレイカーを起動します]



 VRギアのメニュー画面から、ゲームアイコンを選ぶと文字が表示され、画面は一瞬暗くなり、ゆっくりと明るくなっていく。

 そして琴と三味線、琵琶などの和楽器が雅なBGMとともに桜の花びらが舞う城下町を俯瞰したタイトル画面が表示された。

 その中心にはログインIDとパスワードを打ち込むテキストボックスが現れるが、自動打ち込みなので、パスワードはそのまま『*』となって表示されている。

 このゲームの運営からメールでパスワード変更をうながすようなものは送られてこなかったから、このままでも大丈夫だろう。


「というわけで、二ヶ月ぶりにログインしてみますか」


 アイコンをログインに合わせると[ログインします]と表示され、ゆっくりと画面が変化していった。



 ログインしたホームはうっすらとした洞窟だった。

 篝火が四隅に転々と灯されており、オレの周りにはばらばらになった刀の刀身やツバ、柄が散らばっている。

 それを見てうっすらと思い出してきた。そういえば刀の手入をしていてそのままだったんだっけ。


「そのわりには刀身が綺麗なんだけど?」


 たしかこのゲームって剥き出しになった刀剣の手入をほったらかしてたら錆びついてなまくらになるってあったんだよな。

 ということは、誰かが手入れしていた?



「ほうほう、これはまためずらしいのがいるものじゃな」


 飄々とした、それこそ老人のような口調の少女が姿を見せた。


「……凛鈴りりんか」


 オレがそう口にすると、凛鈴はちいさく笑みを浮かべる。

 容姿は小学校高学年か中学生くらいだが、それ以上の歳にも見える。口調が老婆なのでみんなからはロリ老婆とからかわれているらしい。

 実際はオレと対して変わらないらしいけど。

 彼女のレベルを見ると[段位六五]と表示されていた。

 このゲームはレベルを段位というかたちで表示される。オレはというと、大学受験とか、星天遊戯にはまっていたからあんまりログインしていなかったから段位は三四のままだ。


「あれから結構強くなったのな」


 オレの記憶がたしかなら、凛鈴を最後に見た時のレベルは三〇くらいだ。


「おまえさんと違って他のゲームにうつつをぬかんでな」


「他のゲームって、勉強に忙しかったとか思わないわけ?」


戯言ざれごとを。斑鳩からお前が星天遊戯にハマッておると聞いておるわ」


 クスクスと笑う凛鈴から予想してなかった人物の名前が出てきた。

 ……斑鳩が?

 と思ったが、よくよく考えてみれば斑鳩もこのゲームやってたんだっけと思い出した。



「しかし、なにゆえこのゲームに入った? お前は特に前に出てゲームをしておらんかっただろ?」


 凛鈴は視線をオレの周りに散らばった刀のパーツに目をやる。


「とりあえず錆びないようにはしておったが、ログアウトするときくらいちゃんと片付けてからにしておけ」


「あぁごめん」


 色々と思い出してきた。最後にログアウトしたのは、母さんからムリヤリ呼ばれたんだが、その後なんだかんだとログインする暇ができなくなったからなんだよな。


「って、凛鈴が手入れしてくれてたのか?」


「ふん、放ったらかしにされておる刀身が可愛そうじゃから仕方なくしておっただけじゃ。そうじゃなかったらお前のような小童の刀身など手に触れることすら云々」


 凛鈴は頬をふくらませ、オレからそっぽを向く。

 その時の赤らんだ頬を見て思わず『はい。ツンデレ乙』と心の中で思った。


「まぁありがとうな」


 刀身を手に取り、それにツバと柄を取り付けていく。

 そして鞘に収めると


[水刀・壱ノ妙を修正しました。]


 と表示された。



「それにしてもこんな時間にログインするとは、お前さんどうかしたのかえ? 星天遊戯にハマッておったのじゃろ?」


 凛鈴が怪訝な表情を浮かべながら、よっこいしょと畳の上に座る。


「ひさしぶりにログインした。それじゃダメかね?」


「まぁ理由は知っておるがな」


 片目をつむりながら、あごひげを擦るような仕草でオレを見る凛鈴。


「斑鳩から聞いたが、星天遊戯のアカウント停止を喰らったそうじゃないか」


 いや、一時停止なんだけどね。まぁ場合によっては停止と言ってもいいだろう。


「なんでもオレが他のプレイヤーを酷い方法で倒したっていうみたいなんだが……」


「その本人はまったく身に覚えがないと」


 聞き返され、オレはうなずく。


「ならばそれでよいのではないか? 別にお前さん自身がやったというのならば、ここでお前さんの雁首を落とすことくらいわけないでな」


 うん、怖いこと言わないでくれるかね?

 オレがジッと凛鈴を見つめると、凛鈴はクククと含み笑いを浮かべた。


「冗談じゃ冗談。藩の仲間を私情で打首にしてしまってはわしの名が廃れる」


 藩……というのは他のゲームで言うところのギルドに当たる。

 このゲームは剣と魔法で冒険するのだけど、世界設定が日本の江戸時代らしいから、刀剣と妖術と言ったほうがいいか。

 レベルを段位、ギルドを藩としているあたり世界設定に充実だ。

 チャットだって表示が伝聞だしな。



「他のメンバーは? ソウマさんはログインしてないの?」


 ひさしぶりに顔を見たいのだけど。


「ここは所属しているプレイヤーが二千人を超えておる藩じゃぞ? たかが一人のプレイヤーがログインしたとして気にもとめてはおるまい。まぁ例の少年に藩に入るよう勧誘をしておるようじゃがな」


 そういえば、斑鳩に誘われてこの藩に所属したんだっけか。

 それだと総隊長であるソウマさんとフレンド登録していないのはしかたのないことだ。



「ほぅ、シャミセンログインしてましたか?」


 片言。と言えるほどたどたどしい声が聞こえ、オレはそちらに視線を向けた。

 花魁のようなショルダーネックをしたプレイヤーがふすまのスキマからオレを覗きこんでいる。

 スミレのような薄紫の髪をした少女。

 彼女の見た目は高校生。リアルでも高校生だったはず。


「えっと、たしか風遊フユだっけ?」


 そうたずねると、風遊はパッと目を大きく開き、こちらへとやってきた。


「シャミセンヒサしぶりです。ナニをしてましたか?」


 読点つけようね。捲し立てるようにいうからたまにわからなくなる。


「あぁ、星天遊戯と言って、こやつが今やってるゲームのアカウントが停止になったからこっちに来たんだと」


「あぁ、そうなのですか。それはザンネンです」


 凛鈴のうそぶきを素直におどろく風遊。


「停止じゃなくて一時停止だからな」


「一時停止も停止も同じじゃろ? 儂もほかのゲームでアカウントを一時停止されたことがあったが、未だにログインできんでおるぞ」


 うん。それを言われるとねぇ。というかなにをやったんだロリ老婆。



「【シンティェンヨウシー】ですか、それでしたらワタシもプレイしてます」


 ポンッと手をたたく風遊。

 はて、なんのゲームだっけ? と首をかしげようとしたが、たしか星天遊戯の中国語読みだったはず。


「って、なんだ? 風遊も星天遊戯やってたんだ?」


「はい。サイキンハジめたばかりでレベル20くらいです」


 最近始めた割にはいいレベルなのだけど。


「ログインジカンにセイゲンがないです。そのせいでハイジンイッパイいます。ワタシのトモダチナンニンかヌマにハマってしまってVRギアをフムからトりアげられてました」


 フムというのは、中国語で【親】のことを差す。

 しかし、日本サーバーだと時間制限があるんだが、他の方はないのか。

 っていうか、どんだけ廃人作り上げてるの? 政府はなにをやってるんですかね。


「風遊って今もやっぱり中国からログインしてるの?」


「はい。シャンハイにスんでいます。ニホンのアニメオモシロいです。だけどチュウゴクのはものたりません」


 と風遊は残念そうな表情で愚痴をこぼす。

 彼女は日本のアニメをネットで見てから(無断アップロードとかそういうのはとやかく言わないが)ドップリと肩までハマッてしまい、それを見ながら日本語を覚えている。

 高校生なのだが、家がその地域の領主だがなんだかで結構なお金持ち。一年に一度旧正月の休みに日本へと渡来し、アキバでアニメグッズを買い漁ってるんだとか。

 だから片言だけど簡単な会話くらいならこうやって普通にキャッチボールができていた。



「そうイえばサイキン【シンティェンヨウシー】のナカでミョウなハナシをキいたことがあります」


「妙な話?」


「ナンでもマホウをムコウカにするソウビをしたプレイヤーがホカのプレイヤーをオソっているらしいです。ミたことのないウスムラサキのホウイをハオっているそうです」


 その言葉に、オレはわが耳を疑った。


「風遊、そのプレイヤーを見たことはあるのか?」


「ど、どうかしたですか? ワタシナニかヘンなコトイいましたか?」


 顔を近づけてしまったからか、風遊はあたふたと顔を紅潮させるように慌てふためく。


「別に変なことは言ってないよ。そのプレイヤーの特徴とか名前はわからない?」


 そういいかえすと、う~んと首をかしげる風遊。


「えっと……タシかマミマミというプレイヤーらしいです。ワタシのトモダチもセンジツオソわれました」


 風遊の言葉を聞いて違和感を覚える。

 たしか星天遊戯は匿名機能といって、フレンド以外には名前が見せられないようにするシステムがあったはずだけど……。

 もしかしてサーバーごとにシステムの設定が異なっている?


「……ってシャミセンどうした? なんでそんなコワいカオしてる? ワタシナニかワルいコトイたか?」


 そう言われ、ハッとする。


「いやなんでもないよ。それで風遊も星天遊戯をやっているって言ってたけどビコウってプレイヤー知ってる?」


「オゥ、ビコウシってますカノジョスゴくツヨいでもヤサしい」


 あれ? 中国サーバーと日本サーバーでは違うと思うのだけど、どういうことだろうか?


「でも【シンティェンヨウシー】のナカではアったことがないです」


 ということは他のゲームで会ったことがあるってことか。


「星天遊戯は中国サーバーと日本サーバーで分かれてるみたいだからね。普段は日本サーバーにいるみたいだから」


「そうなのですかまたアってみたいです」


 うん。会えるかどうかは運次第だな。今ビコウは完全に日本サーバーの中にいるみたいだし。



「それで風遊にすこし相談があるんだけど」


「シャミセンがワタシにソウダンですか? メズラしいですね」


 目を見開きながらも爛々と輝かせる風遊。


「その聖天遊戯で噂になってる魔法を無効化にするっていうプレイヤーについて調べてほしいんだよ」


「どうかしたのですか?」


 オレの想像が間違っていないとすれば、中国サーバーにいるとされるマミマミは星藍や恋華たちの言っている夢都というスタッフのことだろう。


「実は風遊が言っているそのマミマミっていうプレイヤーとちょっとな――」


 オレは今までの経緯を二人に説明した。



「あぁそういうことかい。シャミセンがアカウント停止になったという濡れ衣がそのマミマミっていうプレイヤーとつながるってことかい」


「信じるのか? 傍から聞けば結構眉唾ものだぞ」


「シャミセンはヘンにウソをツきません。それにホンにノっていました【ウソをツイているヒトはハナしているヒトのメをミない】って。シャミセンちゃんとワタシタチのメをミてハナシてます」


 風遊が屈託のない笑みを浮かべる。


「ワカりました。そのマミマミてプレイヤーシラべてみます」


 風遊が胸を張り「マカせろ」と言ってくれた。


「ありがとうな。報酬はなにがいい?」


「ベツにナニもイりません。シャミセンとまたおハナシがデキたのでマンゾクです」


 ちいさく笑みを浮かべながらジッとオレを見つめる風遊。

 それが彼女にとっては報酬だったということか。


「ホホホ、邪魔者は退散しようかね」


「あ、凛鈴」


 そう言いながら、凛鈴はやはり存在しないあごひげを擦るような仕草をしながら部屋を出ようとしたのをオレは呼び止めた。


「お前なんだかんだ文句言っておきながら人に尽くすの好きだなホント」


「弱いものをほってはおけんモノ好きなだけじゃ。お前さんも自分の仁徳に気をつけておけ。場合によっては無意識のうちに恨みを買っておるかもしれんからな」


 そう言い残し凛鈴は部屋から出て行った。



「シャミセンワタシそろそろログアウトしないといけない。これからガッコウのトモダチとヤクソクがある」


 申し訳なさそうな表情で上目遣いをする風遊。

 そういえば日本は祝日だけど、中国は平日ですよね?


「もしかして、またズル休みでもしてた?」


 その答えを聞く前に風遊はログアウトした。図星だな。



「う~む」


 その場に座り込み、色々と考えこむ。

 というかまさか別のゲームで今回の事件について干渉できるとは思っていなかった。


「恋華にことの流れを[線]のメッセージで送信しておくか」


 彼女たちもなにかしら調べてはいるだろうけど、人に頼ってばかりなのはどうも性に合わない。

 今回の事件は元をたどればオレ自身が種をまいたようなものだ。

 その毒の芽を摘むのもオレの役目だろう。

 そう思いながら、ソードブレイカーをログアウトした。


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