第69話・ロクジビコウとのこと


「[精霊火しょうりょうか]っ!」


 緋炎の錫杖と夜目でぼんやりと見えるセイエイが、手を大きく掲げるや、彼女の周りにひとつ、ふたつと鬼火が現れ、周りがその灯火で照らされていく。

 暗闇を見ることができる火眼金睛のスキルを持たないオレを気遣ってのことだろう。


「精霊火の効果は一時間くらいだから、それまでにあれを倒さないと」


 スッと、ワンステップでオレのところまで来たセイエイが言う。

 完全に目の前の偽ビコウに対して敵と見なしているようだった。

 とりあえず、錫杖を握り、丸い杖先を偽ビコウに向ける。

 セイエイも、双剣を構えた。


「…………」


 オレたちふたりを、ジッと見つめる偽ビコウ。


「ふぅ、まったく……セイエイなにをやってるの? そんな人を倒すみたいなことをして」


 偽ビコウが嘆息を吐き、セイエイを見据える。


「なにをって、モンスターを倒すつもりだけど?」


 偽ビコウの問いかけに、それこそキョトンとした表情で応えるセイエイ。


「そもそもおねえちゃん、わたしのことゲームの中でも恋華って呼んでるし」


 そんな理由? とツッコミたかったが、本人がさほど気にしていないようなので、スルーしておこう。


「くっ! 私を偽物扱いしたこと、後悔しても知らんぞっ!」


 そう叫ぶやいなや、偽ビコウは金箍棒を構える。

 それと同時に、偽ビコウの簡易ステータスが表示された。



 [ビコウ]Lv? 属性・?

 HP???/???



 あくまでビコウとして表示されるようだ。


「…………」


 心なしかセイエイの目が怒りに満ちている気がした。

 たぶん、好きな人を騙られたことにご立腹のご様子。

 この子、根が素直だからこそ、感情をうちに秘めている時が一番怖い。


「[韋駄天]っ! [花鳥風月]っ!」


 開口一番、セイエイが双剣を振り下ろすや、風の刃を偽ビコウにぶつけた。

 それを偽ビコウは金箍棒を振り回し、風を振り払った次の瞬間、セイエイは偽ビコウとの間合いをレッドゾーンまで飛び出し、


「[三昧火]」


 赤と青の炎を双剣にまとわせ、赤い炎をまとった左の刀剣で偽ビコウを切り裂くと同時に、火柱を轟かせた。

 そして、そのエフェクトが終わると同時に、もうひとつの、青い炎をまとった右の刀剣での連続攻撃。

 そちらは水を意味しているのか、滝のように激しい水柱がビコウを飲み込んだ。


「すげぇっ…………」


 連続攻撃というよりは、セイエイのAGIの高さにオレはあらためておどろいていた。

 韋駄天を使っているため、AGIが高いということは容易に想像できたのだが、ビコウよりステータスが上になっているということだ。



「シャミセン、うしろに退避さがって」


 風のように聞こえたセイエイの声に、オレはハッとする。

 それと同時に、セイエイがオレの横をワンステップで通り過ぎて行くのを感じた。感覚にして、一秒もない。



「ぐぅぎゃぁああああっ!」


 咆哮をあげた偽ビコウが金箍棒を振り下ろすや、地響きとともに地面が裂けた。


「ちょっ? ちょっと待てぇっ!」


 あまりに突然の事だったため、オレはその地割れをもろに喰らってしまった。


「くそっ!」


 奈落に落ちる寸前、右手をかざす。[土毒蛾の指環]の効果で身体を浮揚させ、オレは難を逃れた。


「別に避けなくても助かってた?」


 その様子を淡々とした口調でセイエイがオレに聞く。

 避けた方がいいに決まってるっ! というかなにが来るかもしれないとか、主語がないんだよっ!


「HPが全然減ってないな」


 偽ビコウの簡易ステータスで表示されているHPのゲージはほとんど減っておらず、パラメータも?のままだった。



「攻撃は通じてるはず。たぶんなにかスキルを使ってる」


「セイエイの攻撃力でダメージ皆無だったら、オレの攻撃なんてムリだぞ?」


「お姉ちゃんから聞いたライティング・ブラストは?」


「あれはクリティカルでダメージがなかったらなんの意味もないぞ」


 ゼロに何回数字を掛けてもゼロはゼロだからな。


「バリアとかのエフェクトは、見たところなかったな」


「そういうのはちゃんと魔法エフェクトが出てるはず。でもそんなのがなかったから体現スキルを発動させているんだと思う」


 ようするに倒せないってこと? もしくはVITが高い?


「万事休すか……ところでロクジビコウを倒したのって、やっぱり悟空?」


 そうたずねると、セイエイは困惑した表情で頭を振った。


「最後に倒したのは悟空だけど、ロクジビコウの正体に気付いたのは諦聴たいちょうっていう冥界の霊獣と釈迦如来だけ。でもそこまで同じにしなくてもいいと思う」


 そう愚痴をこぼすセイエイだが、目は諦めていないようだ。

 でも、それこそゲームマスター以外倒せないってことじゃ?


「ビコウと同レベルか、それ以上ってところか?」


「――相手がプレイヤーならね」


 セイエイはそう言うと、パッと双剣を構え、偽ビコウに突撃した。


「プレイヤーなら?」


 オレは、セイエイの言葉に怪訝な表情を浮かべてしまう。



「あっ!」


 オレはその意義に気付く。

 相手は……NPCだ。いくら高基準のプログラミングだったとしても、パターンがあればかならず穴があるはず。

 セイエイはそう考えているのだろう。


「[闇烏]、[黒豹]、[牛鬼]」


 連続攻撃。その全てが偽ビコウにヒットするが、やはりダメージがない。


「うぬぁああああっ!」


 偽ビコウが金箍棒を横に振り回し、セイエイの胴体に棒の先をぶつけた。


「くっ!」


 苦痛に満ちるセイエイの表情。その威力に負け、翻筋斗もんどり打ってしまう。

 その隙をついて、偽ビコウが金箍棒をセイエイのお腹に突き刺した。


「がはぁっ!」


 セイエイのHPはパーティーを組んでいるわけではないのでわからなかったが、かなりのダメージを喰らったということは容易にわかる。


「がはぁっ! げはぁっ!」


 お腹にダメージを与えられたせいか、かなり呼吸困難になっていた。

 回復魔法は? 声が出せないということは詠唱も不可能ということになる。

 装備品による効果は……たしかビコウの話だと、セイエイが装備している[忌魂の洋装]は、倒したモンスターのHP10%がドレインできるらしいが、倒さないとドレインできない。



「さぁ、これでおしまいよ」


 偽ビコウがセイエイの下半身を抑えこむように馬乗りとなって、拳を振り下ろした。

 それが顔にヒットし、セイエイの表情が強張りだす。

 かなり余裕が出せなくなったといったところ。

 ただ、傍から見るとキャットファイトだった。


「くそっ! [チャージ]ッ! [フレア]ッ!」


 チャージをかけた炎系の魔法を偽ビコウにぶつける。

 たしか原作に出てくる詩では、孫悟空を『金』と『火』と称していたはず。

 それが属性に当てはめられているとすれば、フレアは効果があるはずだ。



 が、それは愚かな判断だった。

 セイエイが最初、偽ビコウに仕掛けた攻撃は?

 三昧火による赤と青の二連撃だ。

 その時にダメージは――ほとんど見受けられなかった。

 つまりオレの攻撃なんて……。

 藪蚊に刺されても気付くどころか、痒みさえない。



「気付くのが遅すぎるわぁっ!」


 偽ビコウの嘲笑とともに、オレのお腹が如意金箍棒の先を突撃され、その勢いのまま壁に激突した。


「あぁがぁっ!」


 HPが一気に八割減少する。しかも瀕死エラーが出ていて、ステータスのほとんどが減少していた。

 おそらく、予想以上に激しいダメージを一撃で喰らった場合、ステータス異常が発生するのだろう。


「シャ……」


 微かにセイエイの悲鳴が聞こえた。

 [玉兎の法衣]の効果で、常にHPは回復するが、瀕死と死亡以外にしか回復は適用されない。

 急いでアイテムボックスから回復アイテムを選ぼうとした瞬間、それよりも先に偽ビコウの攻撃が振り下ろされ、オレのHPは0になった。



 意識が霞み、光の粒子となったオレの目の前で、絶望の表情を見せるセイエイの姿が見えた。

 そういえば、仲間が死んだということは、双子もスタート時点に戻されているってことだよな?

 そう思いながらも、どうも腑に落ちないことがある。

 ビコウの実力を知らないとはいえ、こんな簡単に一撃で倒されるものなのか?



 いや、それ以前に……いまだにセイエイに攻撃を仕掛けようとしているロクジビコウの姿が見えるんだけど?


『これって、まさか――演出?』


 普通、プレイヤーのHPが全壊したのなら、すぐに飛ばされているはずだ。

 それなのに、オレの視界には鮮明に、セイエイに乗りかかった偽ビコウが、その拳を振り下ろしているのが見えていた。



「おいっ! ビコウッ! いるんだろっ! いるんだったら返事をしろっ!」


 オレがそう叫んだ時だった。

 ゾッとする視線を感じ、オレはそちらに目を向ける。


「貴様は――誰を呼んでいる?」


 オレを見ていたのは…………偽ビコウだった。

 偽ビコウはオレが見えている。

 だからこそ視線を、ハッキリとオレに向け、口角を歪めていた。



「たとえセイエイがトッププレイヤーだと言われていることが、天性の才能だったとしても、我に勝てるわけがないだろ? いや勝てるはずがない。本来のビコウがどれだけの実力か、貴様に教えてやろう」


 偽ビコウが指を鳴らすや、オレの眼前にステータスが表示される。



 【ビコウ】/【職業:闘戦勝仏】

  ◇Lv:50

  ◇HP:3275/3275 ◇MP:2100/2100

   ・【STR:46+95】

   ・【VIT:25+106】

   ・【DEX:61+61】

   ・【AGI:100+54】

   ・【INT:20+64】

   ・【LUK:93】


  ◇装 備

   ・【頭 部】紫金の髪飾(I+40)

   ・【身 体】金の鎖帷子(V+54)

   ・【右 手】如意金箍棒(S+52)

   ・【左 手】

   ・【装飾品】紫金蝶の耳飾(I+24 D+61)

         蓮糸の歩雲履(A+54)

         金剛琢(S+43 ∨+52)



「……あぁあああ――」


 叩きつけられ、頬を足で踏み潰されるほどの衝撃と絶望。

 いくらビコウが強いことを理解できても、今のオレが勝てる相手ではないことはわかっている。

 いや、それどころか、セイエイですら勝てないことが容易に想像できた。


「それとだ、冥土の土産、いや、餞別にこれも教えてやる」


 偽ビコウがふたたび指を鳴らし、オレの眼前にスキルの詳細を表示させた。



 [幻影]

 相手の体現スキルを無効にすることができる。



「相手の体現スキルを無効化……っ!」


 オレはその意味に気付く。

 セイエイの持っている[貧乏神]というスキルは、相手のLUKを60%にすることが可能だ。

 だけど、それが無効化されるとなれば、元の能力値が変わらない。

 セイエイの攻撃が通じなかったのは、奴が攻撃無効化の体現スキルや魔法でダメージを防いでいたのではなく、高いAGIとLUKによって、攻撃がすんでのところで避けられていたということか?



「貴様は幸運で相手を倒そうと思っているようだが――」


 偽ビコウは顔をセイエイに向ける。

 ――やめっ!

 オレは悲鳴を、声にすらできない悲鳴を上げていた。

 偽ビコウは無情にも、セイエイの四肢を粉砕し、今度こそ、本当の意味で身動きを取れなくさせ、トドメを刺すように如意金箍棒を、セイエイの顔に振り下ろした。

 その瞬間、オレの視界はフェードアウトされていく。

 そして、なにかが打ち砕かれる音が、オレの耳に延々とリピートされていく。

 微かに聞こえた幼い少女の悲鳴。

 それがセイエイの、最後の断末魔だったのかは……オレは知ることすらできなかった。


「幸運だけで勝てると思うな……クズが」


 最後に聞いたのは、偽ビコウの、吐き気がするほどの正論だった。



 ケラケラケラケラケラケラケラ……――


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