第67話・地下空洞とのこと


 さてと、どうするかね。

 水晶宮の外に出て、しばらく考える。

 まわりはすっかり日が昇っていた。


「だいぶ寝てたんだな」


 と言っても、ほとんどのプレイヤーが出口用のモニュメントを探し当てられていないようなので、遅れを取っているというわけでもないだろう。


「シャミセンさん」


 マリカやそのパーティーがオレに声をかける。

 そのうしろには双子とコウマさんも一緒だった。


「どうですか? なにかわかりました?」


「今のところはなんとも。実際に落とし穴に落ちない限りは」


 オレが、お手上げと言わんばかりに肩をすくめる。


「落ちればいいんじゃないですか? 実際死ぬわけでもあるまいし」


 セイフウが末恐ろしきことを言いやがります。

 そりゃぁ実際死ぬわけじゃないけども。


「身体にロープを巻くとか」


 メイゲツがフォローするように言う。


「気付いたらブルーベリーみたいな化物がムシャムシャと咀嚼そしゃくしてそうだけどな」


 オレは冗談半分で言い返した。もちろんちゃんと考えてますわな。


「ここからその穴までどれくらいあると思ってる? マリカたちの話を聞く限り、かなりの高さっぽいぞ」


 そりゃぁ落ちて一撃で気を失うどころか死亡してますから、結構な高さだということは容易に想像できた。

 だからこそ、身体に巻くロープはかなりの長さが必要だが、長さが余りすぎると、やはり下手すれば落ちて死亡確定もあり得る。



「匙加減が難しすぎるな」


「そうですか?」


 人が悩んでるところに水を差すのやめてくれる? セイフウ。


「なんか妙案でもあるのか?」


「妙案もなにも、シャミセンさん浮くじゃないですか?」


「いや、それは考えてたけどね」


「足の感覚がなくなった瞬間に、[土毒蛾の指環]を使えばいいじゃないですか」


 そのタイミングがかなりシビアなんですが……と、すこしばかり頭を抱えた。


 ガリレオ・ガリレイの落下の法則に『落下速度は物体の重さによらない』というのがある。

 落ちることに関してはなんの言い分もないのだけど、やはり[土毒蛾の指環]を使うタイミングがシビアだ。

 その落下速度をどう計算するか。

 高さや空気抵抗。それ以前に効果は今の装備品で換算して、185の50%……だいたい90秒前後だ。

 足元の感覚なんて、落とし穴に落ちた瞬間から無くなりそうなものだしね。



「よし。寄り集めだがかなり長いロープが作れた」


 戦士系や樵のプレイヤーが、持ち合わせていたロープをつなげ合わせてくれていたようだ。長さはおおむね二十メートルくらい。

 逆に長すぎる気もするが、してもらった手前、文句は言わないでおこう。

 あちらも余裕を持ってと考えてのことだろうし、結び目がしっかりしていて、引っ張ると硬くなるようだが、緩めるとすぐほどけるといった、アウトドアにおけるロープのつなぎ結びだった。


「これを近くの柱に結びつけておこう」


 そのロープの端を手に持ち、数人のプレイヤーがロープを結びに行く。

 さて、オレの方も、落ちると決めた以上は、自分の身体にロープを締めておきますか。



「あ、シャミセンさん、ちょっといいですかな?」


 コウマさんがオレに耳打ちをする。


「闇路は迷った時点で負けですぞ。ここから先、もしかすると地上では遭遇しないモンスターもいるでしょうし」


 闇路……?

 オレはその言葉の意味を考える。

 闇路は、たしか夜道以外に、心の迷いによって分別がつかないという意味がある。

 今から落ちるのは灯りすらあるかどうかもわからない場所だ。

 それを考えれば、その言葉は言い得て妙だ。

 でも蛇以外にって……なんでそんなこと知ってるの?

 他のプレイヤーとも情報交換できたけど、ほとんどみなさん蛇以外見てないようですが?

 オレが疑問に満ちた表情でコウマさんを見やるや、コウマさんはちいさく笑みを浮かべ、人差し指を自分の唇に添えた。

 その仕草が、あの時立ち去ったビコウと同じように見え……。


「もしかして……コウマさんって」


 そうたずねようとした瞬間、オレの身体が不意に引っ張られた。


「おわっ?」


「あぁ、スマンスマン、頑丈に結ばなぁいかんと思ってな。シャミセンさんがロープに身体を結んでいたことに気付かなんだ」


 ガハハとガタイのよろしい戦士系のプレイヤーが笑う。

 見た目はあれですな。タイタンだ。筋骨隆々。STRどんだけあるのかしらね?

 ほかにも上半身薄着の女性戦士がいたりで、胸のところが隆々だった。……



「うし、準備よし。とりあえずこれから落ちる」


 オレは双子に目を向ける。


「落ちて死んだらゴメンな」


「いつになく弱気ですね」


「そりゃぁ弱気にもなるって。これから足場があるかどうかもわからないところに落ちようってんだから、狂人の何者でもないわな」


「でも、バカとなんとかは紙一重っていうじゃないですか? それに誰もやろうとしないことを自分からやろうとしてるんですから」


 オレはチラリと、双子以外のプレイヤーに目を向けた。

 その視線に気づいたのか、皆オレから視線を逸らしている。

 要するにアレです。[土毒蛾の指環]を持っているオレ以外だと、落ちて死ぬから、消去法で決まっただけだ。



「えっと、ポイント的にはここで間違いないのかな」


 オレは近くにある瓦礫を適当に拾い上げ、近くに放り投げた。


「あららららら……?」


 その瓦礫が地面に落ちるや、ズズズと吸い込まれていく。

 まさに蟻地獄だった。

 モンスターとかいないよね?

 実際目の前にして、決断が鈍ってきた。



 ……深呼吸。

 まぁ、死んだら死んだで、ほかにも方法があるだろうさ。


「南無三っ!」


 オレは勢い良く、その穴に落ちた。



 カッコつけてアレだけど、勢いよかったのは飛び出す時だけで、飲まれていく時はズブズブとゆっくりと飲まれていく。

 うん……なんともかっこ悪かった。

 微かに笑い声が聞こえてたけど、キミたちも同じことやってみ? だいたいみんな同じ反応されるから。



 飲まれていくうちはなにもできない。

 モンスターの反応もなし。

 そして……足の感覚もなくなった。



 抜けたと同時に落下した。

 周りは闇だった。なにもみえない。


「くそっ!」


 右手をかざし、[土毒蛾の指環]で身体を浮揚させる。

 地面すれすれなのか、それともまだ先はあるのか、暗いせいで感覚が麻痺してきた。

 ゆっくりと身体を降下させていく。

 高度がどれだけあるのか、それがわからない以上は――



 ガクンと身体が引っ張られ、オレは目を見開いた。

 どうやら[土毒蛾の指環]の効果が切れたらしい。

 慎重になりすぎて、ゆっくり落下しすぎた。


「だぁあああああああああっ?」


 オレの声は断末魔となり、闇に飲まれていった。



 体全身に衝撃が走り、ビリビリと痛みが走っていく。

 あぁ、ぐぅ……

 声にならない悲鳴。かろうじてHP全壊にはならなかったようだ。

 助かったのかどうかはまだわからないが、とりあえずモンスターの……あれ?

 周りを見渡すと、ぼんやりと見え始めてきた。

 えっと、なぜに?



 オレは記憶にあることをフル回転させる。

 たしか掲示板で[土毒蛾の指環]には空が飛べる以外に、夜目も使えるみたいなことがかいてあったような?

 夜は月明かりがあるから、その夜目もあまり発動されていなかったのだろう。

 かなり闇が深いのか、ビコウやセイエイみたいに完全に闇の中が見えるというわけではなさそうだ。

 ぼんやりとモノクロ世界が広がっている。



 ふとメニューを見ると、ボイスチャットのアイコンが震えていた。


「シャミセンさん、大丈夫ですか?」


 それに出てみると、メイゲツが心配した声で聞いてきた。


「あぁ、大丈夫だ。なんとか生きてる」


 オレがそう答えると、ホッとしたのか、


「どういう状況なのかわかります?」


 と聞いてきた。


「闇。以上」


「具体的すぎて逆にわからないんですけど」


「いや、ほんとそう説明するしかないんだよ。本当に真っ暗闇なんだから」


 [夜目]の効果があるからか、周りは壁と道がわかるようにモノクロになってはいるのだが、灯りらしいものがないからそう説明するしかない。


「モンスターの反応は?」


「いまのところはなし」


「広いですか? 狭いですか?」


 両腕を拡げて、身体を横に移動。

 二歩くらいで手になにかがぶつかる。

 たぶん感触的に土壁だろう。

 もう反対も確認。同様に二歩くらい。

 そうなると、顔を向けている方角が通路ということになる。


「壁は狭いけど、道はどうだろうな」


 たしか、アイテムにランタンがあったはず。

 メニューを開くと、ウィンドゥがうっすらと光っている。

 これがランタンみたいにならんかしらね?



 ……あれ?

 目の前で、ポツリポツリとなにかが光る。

 それをジッと、凝視するようにしてみると、その光は動いていた。


「シャミセンさん、どうかしたんですか?」


「あぁ、まぁ……ちょっとな……あ、できればなんか杭みたいな、ロープを固定するやつがあるといいんだけど」


 とお願いしてからしばらく経ってのことだった。



[メイゲツさまからアイテムボックスに贈り物が届いています]



 というアナウンス。

 リストを確認してみると、杭が送られていた。

 目の前はぼんやりとした白黒で、輪郭がわかりはしても、白に白を重ねれば見えることはまずない。

 箱の中身はなんじゃろな。――箱の中じゃなくて目の前にあるけど。

 先は尖っていて、もうひとつは縄が通せるくらいの穴が空けられている。

 オレは自分の身体に結んでいたロープを解き、その杭の穴にロープを通して、しっかりと結ぶ。

 [緋炎の錫杖]で光がぼんやりと灯され、それを頼りに、杭を地面に打ち込んだ。できるだけ壁沿いに。


「いちおう引っ張ってみて、反応があったら教えてくれ」


 オレはそう伝えると、ロープを引っ張ってみた。


「反応ありました」


 とセイフウの声。双子だから声が似ているという気もするが、なんとなく声質が違って聞こえる。

 メイゲツは若干低く、セイフウは若干高い。

 あくまでオレの見解にすぎないけど。


「うし、とりあえずこっちはなにかあるかわからないから、それがわかるまでは待っていてくれ。十分くらいしたら連絡する」


「了解しました」


 メイゲツがそう言うと、チャットを切った。



 ふたたび静寂がおとずれる。

 先ほど見た光は、まるでオレを待っているかのように、さっき見た場所からほとんど動いていなかった。


「虎穴に入らずんばなんとやら」


 オレは[緋炎の錫杖]を握り、ぼんやりとしたこころもとない足元に気をつけながら、その光の先へと歩き出した。



 [緋炎の錫杖]の力でぼんやりと周りは灯されているが、突然穴があったりとかしたらと思うと、あまり走れない。

 バラエティーみたいにわかって落ちるのとは違うからな。

 あれ、心臓に悪いんだよ。実際。……


「ったく、どこに連れて行く気だ?」


 オレは寂しさのあまりひとりごとをつぶやいていた。

 こんなんだったら、チャット切らなきゃよかった。



 そんなことを考えていると、さっきまで追いかけていた光が急にいなくなり、オレは足を止めた。

 周りを照らしてみる。特に何もない。土壁で覆われた部屋。

 ただ、ぽつんと、中心に何かが置かれている気配がする。

 それに近寄ってみると、モニュメントだった。


「出口用? ……じゃなさそうだな」


 それに触れてみると、なにかが溢れ出すように映像が脳に流れ込んできた。



 ――脳?

 VRギアのモニターに映像が流れ込むといったものじゃなかった。

 直接、眼の角膜に、いやその神経を伝って、脳に送り込まれていた。



 誰かの部屋だった。

 日本の、マンガやアニメ、ゲーム、ライトノベルとかが本棚や周りに並べられている。その他にも美少女フィギュアとか……。

 ただ男性の部屋というよりは、女性の服もあったから女装癖のある人間の部屋というわけではなさそうだ。

 そんな好きな人は興奮するだろうし、嫌いな人は出て行きたくなるような特殊な部屋に、それこそ相応しくない男性がドアを開けて入ってきた。

 見た目は五十路をとうに過ぎた、中肉中世……いや、ちょっとお腹が出た初老の男性だった。



「星藍……」


 その男性はオレを見てそう言う。

 ――いや、違うな……星藍を見て言っている。

 そして男性は、ゆっくりと顔を近付け、星藍に話していく。


「おぉ、そんな目でオレを見るな。オレは悲しいのだ。お前はなぜそう人に優しくできる? 人は金を見せればなんとでもなる。そうさ……お前の母親も、オレが目の前で金を見せつけさえすれば――盛った雌犬みたいに腰を振りやがる。いくらでも子を産む売女だ。そうすべては金なのだ。金さえあれば、金のない人間のプライドなどゴミ同然だ。いくらでも媚びを売る……なに? 諦めてくれたのか? そうかそうか、やはりお前もあの売女と一緒だな。まったく金の力でどうにでもなる。さぁ、今日も楽しませてくれるな。なに……お前はなにもしなくていい。お前は――ただの性処理玩具なんだからな――」


 男性はケラケラと笑う。

 それこそ気持ちが悪くなるくらいに……――殺したくなるくらいに。



 誰かがいる気配がした。



「いるんだろ……星藍」


 オレはうしろを振り向かなかった。

 ここはイベント用サーバーじゃなかった。

 このサーバーは――星藍の記憶を保存するサーバーだろう。

 そのサーバーに、断片として星藍の記憶があった。

 今見た映像は、その記憶のひとつにすぎない。

 ただひとつ、あの会話で、はっきりとわかったことがある。


「お前、父親になにをされた・・・・・・?」


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