第47話・糸屑とのこと



「いらっしゃいませ。ご休憩になられますか? それとも部屋でログアウトされますか?」


 着物の裾を肩までずらし、胸元を見せている黒髪の女性が、そうオレとセイエイに笑みを向ける。

 その女将と思われる女性のうしろには、七人ほどの、似たような作務衣を着た女性が、女将にならうような形で頭を下げていた。

 オレはセイエイから教えてもらった、土曜日の夜限定のクエスト『魔宮庵』に挑戦するため、セイエイとともに、はじまりの町からすこし離れた森の奥地にあるちいさな宿へとやってきていた。



「なんかここだけ違うな」


 このゲームの、中世を思わせる世界観とは違い、ここだけなんとなく日本のようだった。


「お二人ご案内いたします」


 女将が先導するように、オレたちを奥地へと案内する。

 案内されたのはふすまで締め切られた客間だった。

 ゆっくりと開けられていくと、客間は真ん中に庵がある以外は、特に珍しいものもない。

 布団がひとつしか敷かれていないのはどういうことだろうか?


「お食事はこれからご用意いたしますので、今しばらくお待ちください」


 そう言いながら、女将はスッとふすまを締めていった。



「とりあえず、クエストに入ったのかな?」


 ちょっと不安だった。そういったアナウンスがなかったのだ。


「ここ温泉もある」


「いや、入らないからね?」


 なんか嫌な予感がしたから即答で否定した。


「…………」


 ふくれっ面で睨んでもダメなものはダメ。というか本当に羞恥心を持ってくれ。



「きゃああああああっ!」


 奥の方から悲鳴が聞こえ、オレとセイエイは咄嗟に戦闘態勢に入った。

 その一瞬後だった。



 [クエスト『魔宮庵』に挑戦しますか?]

 [YES/NO]



 というウィンドゥが出てきた。

 オレはセイエイを一瞥する。


「シャミセンが選んで」


 もちろん[YES]だ。



 YESのボタンを押した途端、ふすまが開く、


「――っ!」


 オレとセイエイは絶句する。

 目の前に現れたのは、下半身を食い破られた作務衣姿の女性だった。

 彼女が逃げ延びてきた廊下の先から部屋まで血の轍ができている。


「ぼ、冒険者の方々、お気をつけてください……ま、魔物が……魔物が――」


 作務衣姿の女性はそんなうわごとを発するや、ゴトンと落ちたように朽ち果てた。



「さすがにやり過ぎじゃないか?」


 いくら演出とはいえ、初見でこれはツラい。


「シャミセン、気をつけて。間合いがグリーンになってる」


 セイエイの目が完全にバトキチモードになっている。

 確認すると、敵との間合いを示す▼がグリーンになっていた。

 モンスターが近くにいるということだ。


「この人、なにか持ってる」


 気付いたら、セイエイが倒れている従業員の懐からなにかを抜き取っていた。

 すこしはためらいってものをしてください。



「……これって白鳥の絵だ」


 セイエイが手にしているのは御札だった。

 そこに白鳥の絵が描かれている。


「なにかのヒントってことか?」


「宿屋を見て回ったほうがいいかもしれない。部屋の中もいちおう調べておこう」


 セイエイの提案に、オレは了解する。

 ……十分ほど、手分けして探したが、特にアイテムやヒントになるようなものはなかった。



「この部屋にはないってことか」


「みたいだね。他の部屋はどうなのかな?」


 それ以前に入れるような場所ってない気がする。


「さっきの御札、よく見せてくれないか」


 今御札を持っているのはセイエイだ。オレはそれをセイエイから受け取る。

 表には白鳥の絵が書かれており、裏には、


『この鳥の羽根でほどこした筆を持ったものは我が名が記されている部屋のふすまに汝の名を刻め』


 と書かれていた。


「白鳥の羽根で作った筆ねぇ。どこかにあるってことか?」


 オレは御札をセイエイに返した。

 とりあえず、アイテムの確認。



 MP回復ポーション以外は、[はやぶさの筆]、[火鼠の牙]、毒や麻痺といった異常状態の回復アイテムを所有している。

 セイエイも似たようなものだった。



「シャミセン、筆持ってる」


「っても、あの御札には白鳥の羽根をって書いてあっただろ? オレが持ってるのは[はやぶさの筆]だぞ?」


 セイエイはそれ以上は言わなかったが、彼女の中でなにかがひっかかっていたのだろう。

 廊下に出てみると、血のエフェクトはそのままだったが、モンスターとの間合いがイエローとレッドを行ったり来たりしていた。



 [ドゥジズ]Lv10 属性・木・陰



 赤ちゃんの手のひらくらいの、ちいさな蜘蛛だった。

 蜘蛛の子を散らすようってこのことを言うのかっていうくらいにいる。


「セイエイッ! チャージで一気に燃やす。あいつらを撹乱してくれっ!」


 オレはチャージの態勢に入る。


「[注目アピーリング]」


 そのオレから蜘蛛の注意を、セイエイが自分の方へと向けさせる体現スキルを発動させるや、蜘蛛のモンスターたちはいっせいにセイエイの方へと攻撃を仕掛けていく。



 白色の魔法発動ゲージが青から緑、緑から赤へと変化していく。


「[チャージ]ッ! [フレア]ッ!」


 廊下を一直線に、オレが放った炎が轟々と蜘蛛の子を消しらていていった。

 ダメージカウンターの多いこと多いこと。

 というか何匹いるんですかね?

 セイエイはと言えば、既のところで[ステップダンス]を使って、オレのところへと避難していた。


[シャミセンのレベルが上がりました]


 お、運良くレベルが上がった。


「シャミセン、毒消し持ってる?」


「あいつら、毒持ちか?」


「油断してた。ステータス確認したら毒喰らってた」


 オレはアイテム欄から毒消しのポーションを取り出し、それをセイエイに渡す。


「てか、毒持ちなんて書いてなかったぞ」


 図鑑を見れば書いてあるかもしれないが。


「たぶん名前の時点で分かる人には分かると思う。[ドゥジズ]は中国語で『毒グモ』って意味だから」


 本当に不親切なゲームだ。



 ドゥジズは仲間を呼ぶ能力があるのか、廊下を見渡すとさっきより多く現れていた。


「多勢に無勢って言葉があるけど?」


 モンスターが木の属性なら、オレとセイエイは火の属性だ。

 相性的にはこっちが有利になる。


「シャミセン、ちょっと下がってて」


 そう言うや、セイエイはふた振りの刀剣を八の字のようにして構える。



「[三昧火さんまいか]……」


 双剣が炎を宿した。赤と青の炎。

 赤い炎をまとった刀を振るうや、一直線に大きな火柱が燃え上がった。

 ダメージカウンターがどんどん増えていく。


「グゥギュギュグギュ」


 ドゥジズとは違うモンスターのうめき声が聞こえ、


「セイエイッ! なにかいるぞっ!」


 廊下の先に、大蛇がいた。



 [ドゥシュア]Lv16 属性・水/陰



「水属性?」


 オレはおどろいた表情を浮かべたが、逆にセイエイは冷静だった。


「[三昧火]……」


 もう一度、さきほどのような炎属性の体現スキルを発動させる。


「おいっ! 水に火は効かないだろ?」


「大丈夫。このゲームはおねえちゃんがアイディアを出してる。それに、[三昧火]はただの火じゃないから」


 セイエイはちいさく笑みを浮かべる。

 ドゥシュアはゆっくりとオレたちの方へと近寄る。

 そして躍動をつけるように、体全体をバネにして、セイエイに牙を向けた。



 シュッと、セイエイは青の炎をまとったもうひとつの刀剣を横一線に振るった。

 すると、ドゥシュアの身体が一閃され、炎を身体全体から出すや、光の粒子となって消えていった。


「[三昧火]は火の属性の技じゃなくて、自分の技を水の属性に変える属性変化の術」


「それって星藍から教えてもらったのか?」


 そう聞くと、セイエイはうなずいてくれた。

 というか本当に強いな。

 冷静に状況を対処していて、慌ててたオレが惨めに思えてきた。



「ところで聞くけど、さっきの蛇も、ドゥジズみたいなやつなのか?」


「たぶんそうだと思う。中国語で『毒蛇』って意味だから」


 セイエイはそう言うと、ウィンドゥを表示するや、アイテムを取り出した。


「そういえばシャミセン、さっきドゥジズを倒した時にこんなのドロップした」


 セイエイがわたしてくれたのは糸だった。

 蚕の繭とか、毛糸を丸くしたようなやつだった。

 毛色は毒々しかった。毒蜘蛛からとれたんだから仕方ない。



 [毒蜘蛛ドゥジズの糸] 素材アイテム ランクHC

 微弱ながらも毒を帯びている糸。

 十匹分の糸を束ねれば羆を吊るすくらいの強度を持つ縄にしたりできる。

 釣り糸にも併用できる。



「十匹分の糸で羆が釣れるってどんだけ強いんだよ」


 なんかこの文章に信頼性が見当たらない。

 しかも釣り糸代わりにもできるようだ。


「フチンが言っていたけど、このゲームは自然の摂理を考えて攻略することもできるって言っていた」


 そりゃぁ五行思想が属性になってますからな。

 水が弾けるエフェクトとか、ほんとリアルとしか言えない。

 たまにゲームだってことを忘れることが多かった。



「それからシャミセンは気付いていると思うけど、部屋の入り口を見て」


 セイエイがふすまの上、たしか『ぬき』と呼ばれる場所を指さす。

 そこには鳥の絵が掘られており、オレとセイエイがいた部屋には『キジ』が掘られている。

 セイエイに言われるまで、まったく気付けませんでした。



「雉も鳴かずば撃たれまいってか」


 オレがそうつぶやくや、セイエイが首をかしげた。


「余計なことをしたり言わなければ、災いを受けなくてすんだことって意味だな」


「まるでシャミセンみたい」


 クスクスと笑みを浮かべるセイエイ。


「それはどういう意味かな?」


 怒った振りをしているのがセイエイにも伝わっていたのか、


「ごめんなさい」


 と、やはり笑みを浮かべていた。

 まぁ巻き込まれたという意味では、結局オレがそれに足を踏み入れてしまっているわけだから、この言葉は合っているな。



 とりあえず、モンスターが近くにいない今を狙って、さっさとレベルアップのポイントを全部LUKに振り分ける。

 これで基礎値が140になった。


「水神の恩恵は?」


 そう訊かれ、オレは装備品の計算を始める。


「えっと、装備品の基礎合計が今50だから……」


「190/22だから約8だね」


「ということは合計で198ってことか」


 自分で言うのもあれだが、まったくどれだけ成長すればいいのやら。


「土毒蛾の力も99秒もある」


 人が計算する前に計算を終えるセイエイ。

 あれ? もしかして意外に頭がよろしかったりする?

 いや、ただ単純に正解が早かっただけだと思う。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る