カメムシとパクチー

竹炭

第1話

 子供の頃、公園で見たことのない小さな緑色の虫を大量に発見した。

 それはカメムシという悪臭を放つ虫だったのだが、子どもの僕にそんなことが分かるはずもなく、新種の虫でも発見したかのようにウキウキと手で掴んだ。

 僕は「珍しいカナブンを捕まえた!」と母親に見せたのだが……


「カメムシじゃないの。早く放しなさい!」


 母親にそう言われて僕は首を傾げた。

 よく分からないまま言われたとおりにカメムシを手から放し、手の臭いを嗅いでみたのだが……


「くさぁあああああっ!!??」


 鼻がもげそうな悪臭に僕は驚いた。

 手を洗っても臭いが取れず、僕は涙目になった。

 悪臭の原因はカメムシの捕食者から身を守るために放った分泌物であった。

 それ以来、僕はカメムシには二度と触れないと心に固く誓った。


 数十年後――

 

 僕は某コンビニエンスストアでエスニックスープを購入した。

 そして、スープを口に含んだ瞬間にトラウマと共に襲い掛かる悪臭。


「これは……カメムシやないか!」


 別に関西出身ではないのだが口に出してつっこみを入れてしまった。

 スープの臭いが幼い頃に体験したカメムシの臭いとまったく同じだったのである。

 なぜスープからカメムシの臭いが?

 まさか、スープにカメムシが混入したとか?

 最近はカップ焼きそばにゴキブリが混入したとかそういう製造途中の事故が発生したりしている。

 カメムシが混入していたとしてもおかしくはない。

 エスニックスープの中にカメムシが入っているのではないかと思い、スプーンでかき回して探してみたのだがそれらしき姿は見つけられなかった。


 僕は気分が悪くなり、スープを半分以上残したまま捨ててしまった。

 それを見ていた同僚が「どうしたんです?」と聞いてきたので、僕は「このスープ、カメムシの臭いがしてマズい」と答えた。


 しかし、同僚はカメムシの臭いを嗅いだことがないらしく「そのスープ、自分も飲みましたけど別に臭いは気になりませんでしたけど? 逆にカメムシの臭いが分かることに驚きです」と言われてしまった。

 まあ、僕と違って都会育ちの人間ならカメムシの臭いを嗅いだことがないのだろう。

 スープからカメムシの臭いがしたという感想に同意が得られず、同僚からは田舎者を見るかのように鼻で笑われ、僕は不愉快な気分になった。


 僕は同じような感想を持った人間がいないかと思い、スマホで「エスニックスープ カメムシ」と検索してみた。

 すると同じような感想を持った人間が自分以外にもいるようであった。

 どうやらエスニックスープに入っていたパクチーがカメムシ臭を放っていたらしい。

 パクチーとは最近ブームのアジア料理によく入っているアレだ。

 デトックス効果。美肌。健康。ダイエット。

 女性の間で大人気らしい。


 調べてみて分かったのだが、パクチーの別名であるコリアンダーの語源は、古典ギリシア語でカメムシを意味する「Koriannon」からきており、香りがカメムシの匂いと似ていることに由来するそうだ。

 パクチーの和名はカメムシソウ。


 味覚と嗅覚がおかしいわけではなかったと分かり、僕は安堵した。

 しかし、都会で暮らす女性はこのカメムシの臭いがするパクチーをありがたがって食べているのか……

 カメムシの臭いだと知らずに……


 そう思うとなんとも言えない気分になった。

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カメムシとパクチー 竹炭 @tikutan

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