• 虫杭

  • 第20話 アバドーン病棟

第20話 アバドーン病棟

 コールドスリープの冷たい冬眠用空調。

 それがゴゥン、と音を立てる。

 夜中、寝ているうちにわたしの身体中に虫が湧いて、全身が小さな虫だらけになってしまった。

 虫は白くてうようよ動く蛆虫のようなもので。

「空調、きいてるのにな……」

 わたしは身体中に湧いた虫を払いのけ、ベッドから立ち上がる。

「台風でも来りゃいい。もしくはわたしが台風になるるん」

 退屈すぎる病棟に亀裂が走ってる。わたしはそれを見逃さなかった。

 時間がまた、動き始めるのだ。

「たしか、わたしはもう中学二年生の、ラッシーちゃんだよ?」

 確認するように、自分の名前を呼ぶ。

 同室のみんなは死んだ目をしていて、わたしの声を聞かなかったかのように背けて無視をした。

「わたしはここの『ヌシ』に会わなければならないわね」

 ヌシ。

 ここに巣くう、ヌシ。

 ええと。「ヌーシ」は「シーヌ」の反対だ。死んでないってこと。死なない存在。

 この病棟が身体を冷凍保存するように。

 この言葉、「ヌシ」は、その存在には、だから両義性がある。「死ぬ」の反対は「生きる」ではない。「死んでない」だ。死んでるように生きるってのも、ある。

 ここの病棟の患者を生かさず殺さずしているのは、機械でも術式でもなく、ヌシという言葉、存在なのだ。

 わたしはわかった。

 今、それがわかった。

 わたしは目が覚めつつあるのだ。

 ここは貪欲な食の皇、アバドーンの腹の中なのだ。

「ねぇ、聞いてるんでしょ、アバドーン。応えなさいなのだぁ!」

 廊下に出て叫ぶ。

 いつもなら病棟スタッフが駆けつけ、わたしを拘束して、また寝かせる。

 でも、もう無理だろう。

 時間は動き出してしまっている。

「……ここにいれば死ぬこともないぞ」

 声が廊下中に響き渡る。アバドーンだ。

「知ってるわ。そんなの」

「では、なぜ」

「不可逆なの。今の時空は、亀裂が入ったから。勝つにしろ負けるにしろ、今起こっていることに白黒ついたら、大きな歴史が動いちゃう。すごく大きくね。だからわたしは目覚めて、介入する。サイコロを振らなくちゃならないの」

 立っているわたしの身体に、また虫が湧く。

 歯槽膿漏化が始まっているのだ、身体中に。

「厄災を運ぶ天使よ。おぬしは運命を受け入れる気があるというのか。ここは安全だぞ」

 廊下のリノリウムをわたしは足で踏んだ。勢いよく。

「当然! ラッシーは戦う少女なのだ! それに、ここはもうダメでしょ」

 言った途端、くらくらと目眩がして、意識が途絶える。


 ……そして目覚めると、そこは病院の外だった。まるでそこに病院なんて最初からなかったかのように。

「ここ、……港?」

 斬の宮港。工業港だ。

「わたしはまた、美空坂を登って、みんなに会いにいかなくちゃならない。物語を日常に戻すために」

 握り拳に力を入れて、わたしは港を駆けだした。




〈つづく〉

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