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第19話 虫歯人間

「嫉妬深い女は妻として扱いにくい。嫉妬深い妻というのはさして害の甚だしくないのでさえ夫の職業の妨げになり、手違いのみ多く、隣近所の笑いの種となるのを免れない」

「偏見だな、ジジイ」

「『雨月物語』の中の言葉じゃよ」

「で、この場合、妻ってのはなんのことを指してるんだ。比喩表現なんだろ」

「なぁに。世の大半の女は嫉妬に狂うことにしか、制の意味を見出せん、というそのままの意味じゃ」

 しわがれた声が響く。

 僕は薄染家本家の奥座敷で、長老と対峙している。

 長老はもう、自分では動けない風だった。身体中に管が繋がれている。

「正直、なにから手をつけりゃいいかわかんねー。コールドスリープ病棟を開放させちまったら、ラッシーは助けられるけど他のやつらもぞろぞろ這い出てくんだろ。本来、薄染家の医療機関とされているものは全部、思想犯を捕まえて分析する場所だからな。そういうやつらがわんさか湧いて出る」

「ふん。分家スジのくせに知れたようなことを。ここ、斬の宮市は港町であり、孤島の収容所に罪人を送るための施設があった。そこを、我々の家の術式で完璧な施設にしていたのだ。監視人としての薄染家の歴史よ。貴様だって、監視しているのじゃぞ。今この瞬間も、な。……さっきの嫉妬深い妻の話ではないが、ダックよ。貴様はちょっとばかりヒステリックになりすぎている節があるな。嫉妬に狂う患者のように。おまえが女なのに男言葉を使ったり、一族の冷気の術式以外を他家から仕入れて使ったりするからには、それなりの矜恃というものもあるんじゃろう。しかし、そんなあべこべなことをしている一族のつまはじき者が本家に来てわしに会うなど、その気が知れん。今すぐ貴様を病棟にぶち込んでもよいのだぞ」

「わかってるよ、ジジイ」

 僕は肩をすくめる。

 昔はこんなんじゃなかった。

 一族以外の術式も使う僕は異端児とされ、嫌われるようになったのは僕自身のせいだ。

 でも、このジジイに会う必要があったからここに来た。

 昔なら、ここには来ないし、もっと昔なら、無邪気にこのジジイと面迎えただろう。

「で、よぉ。ジジイ。ラッシーを助けるにはどうしたらいいんだ」

「他に干渉を与えず、あの小娘だけを助けたい? 病棟に送ったのは他ならぬお前だというのに? ご都合主義にもほどがある。笑わせるな」

「くそ!」

 僕はぐえぐえ、と苛立ちを声に変えた。

「……ここまで来て……手ぶらで帰れるかよ」

「よくしゃべる女だな、ダック。長老であるわしに貴様が謁見できるのには、理由がある。斬の宮全体の歯槽膿漏化を食い止めたことだ。一時的にせよ、な。その功績。本当のところ、ダック、わしは貴様に感謝してないわけでもないのだよ。学園とスラムの対立抗争と『虫杭』の件が重なっている今、貴様の功績も消え失せようとはしているがな。わしは評価している」

「褒めてくれなんて言ってねーし。ラッシーを助ける。で、虫杭の悪魔もぶっ殺して街をクリーンナップした上で政府レベルになってる生徒会と、その反対勢力のインダストリアルスラムも一掃する」

「威勢がいいじゃないか。では、強度歯科をまずは血祭りにあげてこい」

「は? なに言ってんだ? 強度歯科は今回のフィクサー、黒幕だろ」

「そう言うと思っておったよ」

 長老はため息を吐いた。

「〈虫杭の悪魔〉はもういない。いるのは悪魔に魂を乗っ取られた虫歯人間と虫歯で歯槽膿漏の街と……そして、虫歯を操れる、あの小娘、文豪ミニの朽葉ラッシーだけじゃよ」

 僕は長老の言葉を聞き終えると、その身体中の管を引き抜いた。

 長老は静かに目を閉じた。



〈つづく〉

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