• 虫杭

  • 第15話 街を継ぐものと断絶線

第15話 街を継ぐものと断絶線

「僕は今、ゴウラという温泉街まで来たわけだが……」

 ダックちゃんは今日もぐえぐえ言いながら、男言葉をしゃべります。黙ってればたらこ唇で可愛いのにね。

「登山列車は進むよー、るるるー」

 わたしもはしゃいで歌ってしまう。

「……うん。なんていうかお前、バカなのな」

「ええ? うそ?」

 わたしはびっくりです。

「わたし、ヘンかな、ダックちゃん」

「いや、……精神放射体(アストラル体)のお前に言ってもむなしいだけだった。ラッシー」

「ふーん。わたし普通だよー」

「だからなんで普通なんだよ! おかしいだろ。昨日、電車内で居眠りしていたら突然車内に出現して。バーチャルリアリティ的なものだもんな、それ」

「うーん。似て非なるものなのだよ、うむうむ」

「うむうむ、じゃねぇよ」

 今のわたしはアストラル体と言って、いわば幽体離脱したその魂みたいなもの。うーん、そりゃおどろく……よねぇ。

 ここはゴウラ。集会があるとかで、旅人となって放浪中のダックちゃんも、立ち寄ることになっていたのでした。

「時間だし、旅館に入るぜ」

「ごはんごはんなのだー」

「その前に。ラッシー。お前の身体、どうなってんの?」

「いやん」

「そういう意味じゃなくてだな」

「わたし、一人称が『僕』の女の子に口説かれてるー」

「口説かれてない!」

「しゅん……」

「萎縮せんでいいから」

「わたしの本体は病院にあるでしょ。で、わたしをかたちつくる魔法的なパーツは部分部分、違うところに収まって保存されてるから。ひとつひとつじゃ意味を成さないけど、アストラルになって生じた磁場を作ってその〈魔法体のパーツ〉を繋いでくっつけて、意味ある存在をつくったのでした。それで肉体モドキも生成されてるの」

「……相変わらずおまえんとこの魔術体系は狂ってるな。要するに『データ』がクラウド上に、部分部分空いてるところにバラバラに保管されてるから、それをつなぎ合わせて一人の人格を再構築したんだろ」

「うーん。そうだね。依り代のアストラル(幽体)のわたしも、病院のわたしとリンクはしてるけど、遠隔操作を行っているわけじゃない。魂以外は寄り集めなの。非常事態用のねー。それよりごはん食べよー」

 わたしはごはんが食べたいのでした。

「お前、飯食える身体なのか、それ」

 わたしは頷き、背中を押してダックちゃんと旅館へ。


 その中の『松の間』にて、会合、集会が開かれていたのでした。

 お膳に載せて運ばれてきた和の料理がおいしく、わたしはぱくぱく食べてたのだけど、ダックちゃんはオレンジジュースを飲み飲み、集まった大人たちの話に耳を傾けていたのでした。

 わたしがコールドスリープされてから二年経って、ダックちゃんもわたしも、年の上では中学二年生だし、ねぇ。

 街も閉鎖されてから、二年の月日が流れていて、今日はその話を聞きに来たの。

「『シザーハンズ』は時代を〈説記(せつき)〉時代と称し、仮定している。奴によれば今は説話の時代で、シザーハンズらの住むコミュニティ次元からすると『太古の昔』なのだという」

 長老的なおっさんがあごひげをなでつけながら話す。

 話を聞きながらダックちゃんがわたしに耳打ちする。

「『シザーハンズ』って、お前が郷土博物館でネコミの奴と一緒に、会ったことがある強度歯科医だろ」

「そだね」

 長老は話を続ける。

「〈虫杭の悪魔〉はひとつの街を歯槽膿漏化し、封鎖させた。斬の宮というのが、その街の名前だ。わしは虫杭の悪魔は、シザーハンズたちがその自らの史観で歴史を進めるために放った、自作自演のモンスターだと思っている」

 その言葉に反応した一人が、

「歯医者が歯槽膿漏や虫歯を誘発させるなんて、その話が本当なら許せないぞ! なにが高次元のコミュニティだ!」

 会場にどよめきが走る。

「〈説記〉時代、説話はどうやってその終焉を迎えるか。歴史が、矢印の指すように一定方向に流れる、というのが奴らの歴史観だ。その史観によれば、一定方向に進むのを邪魔立てする都合の悪い輩は〈自然淘汰〉によって消える。淘汰されたその平面を踏みつけて、矢印は進む。その行き着く先が〈説話のない世界〉、言い換えれば〈物語の終焉〉後の、ハッピーエンドでストーリーのない世界なのだ。だが、物語は終わらない。そうだろう。人間がいる限り、ストーリーは紡がれ続ける」

 そうだ、そうだ、の声が会場から上がる。わたしはお膳の上にあるものを平らげるのに必至だった。

「実際は、『都合の悪い奴』は、いつでもそこに居座り続け、退けることはしない。なので奴らは〈人為的〉に邪魔な〈ストーリー〉を排除し、真っ平らにする。それがエナメル質化による再石灰化であり、奴らによって邪魔なストーリーこそが虫歯なのだ。甘いお菓子を与えるのも狩るのも、奴らの自演なのだよ」

 わたしはお膳の上のものを平らげると、抹茶アイスを買いに、松の間の外へ出たのでした。

 だって、話がつまんないんだもん。

「あ、僕も行くわ。低レベル過ぎる……」

 ダックちゃんも、わたしについてくる。

「まあ、あの長老の話もわからんではないが」

 歩きながら、話す。向かう先は旅館の売店だ。

「ストーリーをなくして、ハッピーエンド後の世界を目指すってのも、どうかしてるよな。ストーリーっていや、文豪見習い、〈文豪ミニ〉のラッシーはどう思うよ?」

「アンチロマンの小説も、日本に入ってローカライズされたら私小説になっちゃった。同じようにストーリーがなくなった『やまなしおちなしいみなし』の世界も、達成しようにもローカライズされてしまうと思う。ストーリーがないって一口に言っても。だから、矢印が一方方向に『必ず』進むかといえば、それは〈不可〉だよね」

「言うじゃねーか、ラッシー」

 ぐえぐえ笑うダックちゃん。

「わたし、知ってるんだ。そのシザーハンズさんの住む次元の住居は、徹底管理社会になってやっと平穏を守れるゲイテッドコミュニティで、秩序は疑心暗鬼の心のもとでようやく守られてるってこと。結局、びくついているんだよ、郷土史の終焉に、強度の堅さをウリにしている強度歯科医さんたちは」

「強度……それは〈意味のいらない〉状態を指す言葉だからな。定義上」

 売店が見えたのでわたしはダッシュで駆け寄る。

 抹茶アイス代は、ダックちゃんが出してくれた。

 ダックちゃんはバニラアイス。

 買った二人は売店のベンチに座って、アイスを食べるのでした。

 五分くらいすると、旅館がしーんとして、物音がしなくなりました。

 ヘンだなぁ、と思いつつ、松の間の集会に戻ってみると。

 ……宴があったのでしょう。

 そして、その〈血の宴〉は終わっていました。

 生きて居るのは、殺人者だけでした。

「も……望月ッ!」

 ダックちゃんは、血の水たまりの中央で、全身返り血だらけの、おそらくはこの場にいた全員を殺めた人物の名を、本人に向かって叫びました。

 ロリータ服は血に濡れていて。

 巨乳のお姉さんにして生徒会執行部メンバーであり、〈虫杭の悪魔〉に殺されたはずの、人物。

 それが望月さんです。

「あら、ぐえぐえさんとラクシュミちゃん。殺されに戻ってきたなんて、……偉いゾ!」

 血を浴びた顔を歪めて笑う望月さんは、舌で返り血を舐めました。

 お姉さんと言うより、魔女です。

 なんだか、この危機は回避出来そうにないんですが。

 どうしよう、ダックちゃん。



〈つづく〉

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