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第14話 脱コード化

 金糸雀家、本家、地下室。

 鉄の鎖で手足を縛られたわたし、イヌルはいろんなところから血を流していたのです。

 拷問。

 本家の方々が拷問室の隣のブースで、窓から顔を出して笑っています。

 拷問を執行しているのはわたしの実の父親である金糸雀アリカと、その妻、わたしの母の金糸雀アリナです。

 名前から察することができるように、父と母は、兄妹婚です。

 今、わたしが受けている拷問。描写するのも忌々しい。傷を与えるのではなく、苦痛を与えることに特化したそれは、わたしがまた「戦えるように」なのです。腹立たしい辱めを受けるわたしの脳裏には、今までラッシーお姉様のお姿が一縷の光として見えて、支えてくれていました。

 今は……。

 ラッシーお姉様の朗らかな、カモノハシのような顔を思い浮かべて耐えてきたんですが、もう無理そうです。

 お姉様はコールドスリープ病棟で「なにもかも凍結され」ていますし、それを行った薄染家のグエグエ、あの薄染ダックというバカは、この斬の宮からも、学園からも逃亡して、どこかへ消えてしまったのです。お姉様を病棟に残して……。

 そうして、二年の月日が経ちました。

 今日も肉体的、性的な拷問が始まります。

 わたしは意識を違うところに飛ばして、感覚を遮断します。

 …………。

 市内の『虫杭』は、街をメルトダウン化する直前、グエグエが、市内全体にかけてのコールドスリープ化術式を仕掛けて、事なきを得ました。虫杭が実行されていたら、国中が大変なことになっていたでしょう。

 が、全体のコールドスリープの「フィールド化」は、一瞬のことでしかありませんでした。ラッシーお姉様含め「使えそうだけど思想的にアウト」な人物達を病棟に幽閉させたあたりで、フィールドは勢いづいた斬の宮学園生徒会執行部の残党にぶちこわされました。

 薄染家と執行部の関係は良好だったはずですが、ここに亀裂が生まれました。

 一説には死んだ望月さんの代わりにグエグエが生徒会執行部に入ったと言われていますが、どちらにしろグエグエは街の外に出て行ってしまいました。

 元々が歯槽膿漏(めるとだうん)化を「外部に知らせるべき」だと、スラム街の連中は主張していましたが、斬の宮学園側は「内部で片を付けるべき」と主張し、「虫杭の悪魔」をどうするかについて対立していました。

 虫杭の悪魔はいざこざのさなか、この街のパワースポットを全部攻略、歯槽膿漏化のスイッチを仕掛け、メルトダウン発動。グエグエがすんでのところでコールドスリープで街を凍結させて、街の外への被害を食い止めたのは、さっき話しました通りです。

 これでどうなったかというと、斬の宮は隔離されてしまいました。世界保健機構のお墨付きの隔離区域というレベルでの隔離政策を受けました。

 だいたい、『虫杭』とはなんなのでしょうか。

 〈強度師〉に触れたラッシーお姉様はよくご存じのはずですが、今は幽閉中。グエグエも、知っているのでしょうが保険機構の網の目を潜るように街から逃亡中。虫杭とはなんなのか、わたしに教えてくれそうなひとはいません。

 ここ、斬の宮では「虫に食われた」ゾンビーやミュータント化した人間や動物たちのパラダイスになって、新しい生態系すら生まれてきています。

 …………。

 わたしは今、拷問を受けています。あのバカ姉、ネコミは戦闘中です。

 わたしは「弱い」ので、身体中をいじり回されています。

 彼らに言わせればこれは「拷問ではなく、身体のチューニングなのだ」とのことです。

 酷い話です。



☆☆☆☆☆☆☆



 ネコミが中華街の店でスープをすすっと吸うと、いきなり店の外で爆発音。

 スープを一気飲みしてワンクッション置き、外に出ると、歩行者天国であるはずの中華街に自動車が突っ込んできて、柱にぶつかって爆発していたのであった。

 まあ、これは「ここ二年間」によくあることで、運転手が〈虫に食われて〉意識を失い、激突したのだろうと思われた。そして、虫に食われれば、ミュータント化する。

 案の定運転手はミュータントになっていて、外に出たばかりのネコミに飛びかかってきた。他に通行人もいないので襲ってきたのか、〈わたしだから〉なのか。

 ネコミは被っていた猫耳のフードから顔を出すと、ニヤリと笑った。


 さっき食べていた中華屋からそのまま持ってきていた箸でミュータントの両目を潰す。それから手のひらから金糸雀家一門お得意の〈ハチミツ電流〉を流し、殴るようにしてたっぷりとミュータントに叩き込んだ。

 ハチミツ電流。電気は基本、目に見えないが、ネコミは視覚化された電流を扱う。それが、ハチミツのような色と「鈍さ」を持った電気なのだ。

 ……別名〈エレキブラン〉。ネコミの技名である。

「ふむー。スープが台無しなのだー」

 ネコミは頬を膨らまし不満を漏らす。

 この独り言は、背後から殺気を感じたので、牽制の意味で、言ったのだ。

「とっととでてきなよー。中華街にて待つってラブレターくれたの、あんたなんでしょー」

 振り向かないで、言う。

「違います」

 すっと物陰から出てくる、エプロンドレスとヘッドドレスを着けた女性が言った。

 人物に向き直るネコミ。

「ふーむ。なんつもりか知らないけど、果たし状を送りつけるなんて、異常よ。わたしにラブレター的な用事があるとみたっ!」

「違います」

 否定しながら、エプロンドレスの彼女はマシンガンを構え、辺り構わず乱射した。

「そう否定されちゃうと……ねぇ」

 自分の全方位を取り囲むように巨大なハチミツを展開させるネコミ。

 ハチミツに触れるマシンガンの弾は全て爆発するが、ネコミには届かない。また、建物などに当たった弾で弾かれた破片なども、ハチミツで粉砕される。

「お見事です……が、それは違います。あなたたち金糸雀姉妹も、斬の宮を出ないといけません」

 爆煙が立ちこめるなか、彼女は……あきらかにレプリカントであろう彼女はそう言った。

「斬の宮を出る? どうやって?」

「違います。……わたしはサイファ。レプリカント。アンドロイド、というとわかりやすいかもしれませんね。某国でつくられたエージェントです。わたしはこの街を破壊します」

「日本語になってない! ちゃんと説明して」

 有無を言わさずまたもや銃を乱射。弾は尽きないのか。たぶんこの乱射もまた、牽制。

「あれ? いや待て。サイファさんがレプリカントなら」

「おそらく考えていること、それは違います」

「まだなにも言ってない!」

「大勢のレプリカントが斬の宮に送り込まれ、侵入、破壊工作を行います」

「破壊してどーすんのさ」

「保険機構の意向です。〈説記〉時代を終わらし、ゲートを開くのです」

 ネコミは目の前のレプリカントの身体を壊そうと思えば壊せるが、そんなことはしない。

 なにか「使える」気がするのだ。

「違います。虫杭の悪魔に〈虫歯化〉されたことがあったのでは? イヌルさんが。そしてそれを追体験したはずです、ネコミさん。あなたちも、ゲートを開く鍵のひとつになるのでは」

「あ! そういえば!」

 ネコミはにゃーん、と背筋を伸ばす。

「レプリカントと学園執行部にはドンパチを続けてもらうのです。違います。脱出です。お手伝いしましょう」

「まじで?」

「それは違います」

「うーむ、ふむー。インダストリアルスラム街派の連中の仲間でしょ、レプリカントさん」

 ネコミは低い声を出す。

「スラム街の政治屋さんは、金糸雀家には優しい、とはデータにはありますが、……違います」

 ネコミは最愛の妹、イヌルのことを思う。

 ラッシーがいなくなって二年、メンタルの弱いイヌルは本家で「なにかされている」らしい。

 具体的には、拷問による『開発』だ。

 なにかの能力を開発させたいらしい。

 こんな現実があっていいのだろうか。

 学園に続く美空坂をみんなで歩いた記憶。

 もうあんな日々は来ないのだろうか。

 昔のこの国には、脱藩というものがあったらしい。そんなのを思い出す。歴史になんて微塵も興味ないのに。

「わたしたちもちょっくら『脱藩』しますかにゃー」

「あなた、ネコミさん……違います、キャラがブレてます」

「うっ……うるさいのだー!」


 それから。

 家にネコミが戻ると、本家から帰宅して玄関で倒れているイヌルを見つける。

 サイファ、という名のレプリカントはネコミの家までついてきた。

「実行に移すとき、なのかも。ふむー」

 ネコミはイヌルを起こす。

 目をこすりながらネコミは、

「あ、バカお姉ちゃん……?」

 と、寝ぼけながら言った。

 ……もしかしたらあのグエグエ、ダックの奴も、こうやってなんらかの勢力の力添えでどうにかこの街を離れられたのか、と思うネコミだったが、勢力対勢力の複雑なものを考えるのはよして、知らんぷりで通そう、と思ったのだった。



〈つづく〉

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