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  • 第5話 幕間劇としての虫杭

第5話 幕間劇としての虫杭

 ジャパニーズ怪盗姉妹さながらの黒レオタードに身を包み、わたしとダックちゃんは闇夜を暗躍していた。

 跋扈、のさばる、と、言い換えてもいい。

「ところでよー、今、僕はテストの答案を事前に書き写してるところなわけだけど」

 ぐえぐえと、ダックちゃんは懐中電灯片手に笑う。心底喜んでいるのだ、学校の職員室にテストの答えを書き写すために来たことを。

「コピー機ってあんだろ。でも、僕は使わねぇんだよ。知りたいのは、出題とその答え。必ずしも答案をコピーして暗記する必要はなしだ。いわゆる『カンニング』ってあんだろ。あれのムカつくところは、その場で教師とクラスの目をかいくぐって他人の答えを見ているから、『覚えちまう』んだよ、答えを。いや、正確には相手の書いた答えを、な。で、今僕たちがやってるのは、出題と、その答えを書き写すという行為だ。これはたぶん僕にとって『学習効果がある』んだ。ひでぇだろ、でも実際カンニングのプロってのは機転が元々利く野郎が多いのに、更に能力の底上げが行われてしまうものなんだよなー。トランプの神経衰弱って暗記だから集中力や記憶力とかの能力開発に効果があるもんだろ。残念ながらそれに似ているんだ」

「それ、ダックちゃんの」

「ぐえっへへ。持論な。推論?」

「まあいいけど。同罪だし」

 ダックちゃんの隣に居るわたしは、何故隣にいるかというと、ダックちゃんのレオタード怪盗計画に興味を持ってしまったからだ。故に、のこのことついてきてしまった。この一人称に『僕』という言葉を使用する僕っ娘少女に。

 さて、夜の学校にはセキュリティがある。侵入しただけで警報はなる。完全な下校時刻になっただけで、学校というものは警報器が発動するものだ。それをどうキャンセルしたか。

 その点に関して、わたしは『物書き見習い』だというアドバンテージがある。刃偉者(はいしゃ:ぐれーとそーどらいたー)の娘のわたしはライター(writer)でありライター(Lighter)でもある。だから、刃の切っ先から吹き出す炎で『警報ブザー』の『音』を『音読み』から『訓読み』に変換させた。炎で『変質』させたのだ。一種の分解。いやいや、化合させたのか。

 ともかく、音読みは訓読みとなり、やまとことばになって刃となる『音』は『丸まった』のだ。それによってガードマンを混乱させ、突破した。

 その手法足るや、絶対格好いいはずなのに、わたしはこの僕っ娘にぐえっぐえっと笑われるだけだった。ったくこいつは。

 ダックちゃんは答案を書き写しながら、もう違うことを考えていて、鉛筆を走らせながらこんなことを言う。

「郷土史っつーと、『歴史』以前に『地理』から入るべきだろう。歴史から入るのは競馬を遺伝で予想するのと同じようなもんだ。ろくなことにならないね。僕はこの土地の『昔の要所』としての街であったことを、今現在から照射したいんだよな。地図を見てもいまいちピンと来ねぇ。確かに一時期から要所になったよ。でも、地理としての要とはなったが、『歴史の中心』は『陣取れなかった』んだ。要所ってのが感覚として掴めん」

 と、そこで筆を折り、……直接的に鉛筆を真っ二つに破壊したんだけれども、筆記用具を使用不可能にしてコピー機に答案用紙を広げている。

 全くダックちゃんは意味不明すぎる。

 それに目を細めて、わたしもわたしの意見を言う。

「郷土史ってことはその土地の『郷土』の『強度』の『歴史』でしょ。本来は言葉遊びでもなんでもなくてそのままよ。要所、つまり『かなめ』であったってのは、郷土の強度が強かったんじゃないのかな、強度が強いのと、中心を陣取るってことは全く別物の話よ。それこそ確かに、地理と歴史は区別して考える思考法も身につけないと、『強度歯科』は『処方箋』を出せないわね」

「へー」

「蟲の刃を攻略しなきゃならなくなったわたしたちにとって、これは大きな課題ね」

「ぐっえッッッ! うっそ、なにその設定!? なんなの、その蟲の刃攻略とかいう疑似イベントは」

「え? いや、そりゃここいらで連作短編ぽ……くっはああああぁぁぁッッッ」

 グーでダックちゃんにぶん殴られるわたし。

「うぅ、殴らなくても……」

「この連載が今のところ連作短編のかたちを取っていることは言わんでいい。いや、それよりどういうことか説明しろや」

「くっそ、この僕っ娘ちゃんめ」

 わたしは咳払いを一つ。

「誰かが『虫杭』を打ち込んだのよ、この町の『龍脈』、あれね、パワースポットとかいう奴ね、あれのポイント全箇所に。おかげで町の運気が虫歯のどろどろ状態、景気が下がるどころじゃ済まないのよ。だからこの町のエナメル質の再構築をしなきゃ町がぐちゃぐちゃになっちゃうのよ。わかってる?」

「説明しろっつったのに問いかけで締めるなよな」

 わたしは小型クーラーボックスから抹茶アイスを取り出し、マイスプーンで食べ始める。

「知りすぎてるくらい、……それは知ってる」

 ダックちゃんはぼそっと呟いた。

 それと同じくらいの頃合いに、ザザーッと細かい黒の塊が廊下を埋め尽くし、かなりのスピードで移動し始める。それから、動物の骨をかみ砕いたような音が廊下のそこら中で鳴り始める。

「ぐええぇぇっ。ぐえっ。さっき『音』から『訓』に変えたその音の波長エネルギー体を言の葉っぱ大好きな毛虫どもが嗅ぎつけてきて、喰らいはじめたぜ」

「毛虫気持ち悪い。ダックちゃんなんとかして」

 操作を間違ったのかいたずらなのか、ダックちゃんは同じページを何百枚もコピーしていて、律儀に動作を繰り返すコピー機を一瞥すると、バチンと叩いた。

 それからダックちゃんはあくびを噛み殺して、その後、大きな口を開ける。

 口を開けると、口から身体がぐるんと反転し、リバーシブル仕様のようにひっくり返った。

「怒鳴る de ダック!!」

 なんか技名とか叫んでるし。

 巨大な毛虫たちは、いつの間にか職員室内も席巻せんと溢れ出してきていた。

 警報ブザーの音を食べた巨大毛虫が増え、こともあろうに分裂し、まずは廊下を敷き詰める個体数になった。その後、毛虫たちは職員室の横開きのドアを破壊し突破、侵入してきたのだ。見た目は完全にピンチだったが、ダックちゃんは冷静だった。

 ダックちゃんはもう一度「ぐえっ」と唸り目を細めると、答案用紙の原本の束に唾を吐き飛ばした。



「ーーーーーーーーーー怒鳴る de ダック!!ーーーーーーーーーー!!」



 ダックちゃんの「Dock」から大量の植物油と小麦粉が溢れ出し、職員室、廊下、その他学校中の巨大毛虫をその小麦粉でまぶした。

 まぶした毛虫たちはおなかから煮え来る『怒りの業火』で、めらめらと揚げ物化。巨大毛虫は焼き尽くされる。

 一瞬、ここは煉獄となり、焼き上がった骸は黒焦げの物質となり、灰になって消えた。この炎は、毛虫だけを消した。

 毛虫は一匹残らず絶命した。

 わたしは胸をなで下ろした。

 わたしの胸中には『強度師』という言葉が浮かぶ。

 おそらく虫杭で町を縛って時限式で溶かそうとしているのは高度な強度師であろう、とわたしは思う。

 学校内に仕掛けられた虫杭もあった。それは未だうがたれたままであり、それが毛虫の発生に繋がったのだとは思う。

 思うが、思うだけだ。

 毛虫駆除でダックちゃんは限界だったし、私は抹茶アイスクリームを食べるのに忙しい。

 ダックちゃんがリバーシブルでもう一度元の姿に反転して戻り、

「報酬は、身体でどうよ。お前、今レオタード姿だぜ?」

 と白い歯をむき出して冗談を飛ばすので額をど突いておいた。

「君もでしょ」

 校内が静まった。

 宿直、という制度が学校にはある。なので一部始終を宿直の教師が見ていたのであるが、もちろん、この一連の出来事に放心状態になっていた。その瞳は焦点すら定まらない。

 ダックちゃんはその教師の前に行って、丁寧にお辞儀をした。

 それからアカペラででたらめに歌をうたった。

 が、その歌はわたしには「ぐえっぐえっ」としか聞こえない。

 何故に歌を?

 首を傾げていると、教師はダックちゃんの歌の効果で目を閉じ、その場に横たわって静かに眠ってしまった。

「惚けてるよりゃこっちの方がいいだろ」

 ダックちゃんは屈託なくぐえっぐえっとくすぐったいような笑みを見せた。そういうとこだけ乙女なのだ、ダックちゃんは。

 だいたい、わたしはダックちゃんの使う術の『体系』がわからない。わたしはなにも知らないが、しかしわたしの一門に体系があるように、ダックちゃんのところにも体系があって、術式が存在するのだろう。

 放っておいたとはいえ、一騒動があったのだ、速やかにこの学校の虫歯を治さなくちゃならない。虫杭を。

 だが一旦、家に帰らなきゃ。

 どうもこの町全体を俯瞰して眺める必要性がある。だとしたらネコミちゃんとイヌルちゃんも連れてこなきゃ。

 でも、ダックちゃんとネコミちゃんは仲が悪いんだよなぁ。

 わたしは抹茶アイスを食べ終えると、近くにあるくずかごにアイスのカップを捨てた。

「ぐっえ。よっしゃ、帰ろっか」

「あ、毛虫にわたしの私服食べられちゃってる……」

「あひゃひゃひゃ。ラクダシュミちゃんは黒レオタードのままご退場願いますー」

「名前違う! わたしはラッシーよ!」

「あれ? そうだっけ?」

 と、そこでダックちゃんがぐえぐえ笑い、いつものやりとりをして、この話は一旦閉じるのである。

 

                      おわり

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