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第3話 屋上スティ子

「私は早く死んだ方が良い」

 さびれた田舎のデパートの屋上で、スティ子が手で金網を握るようにして、私にそう言った。

「テレビドラマみたいだね」

 と、私は返した。

「大抵そんなもんよ。どんなに真剣に悩んだって、ここから飛び降りることを決断したって、テレビの昼ドラみたいにしかならない」

 スティ子は目を潤ませ、金網の外に広がる田舎の空疎な町並みを眺めた。

「スティ子がここから飛び降りたとして、遺族になっちゃうひとたちのこと、考えたこと、ある?」

「口でだけでならなんだって言えるわ、心にもなくてもね。遺族の心をわからないのと同様、残される方には私の気持ちなんてわからない」

 私はスティ子をキッと目を鋭く睨んだ。

「で、でも……」

 スティ子は私に射竦められてひるむ。その時ちょうど、屋上の奥の方から吹奏楽の音が流れはじめた。

 なんだろ、と思ったら屋上備え付けの、一段高くてステージになってるところでブラスバンドが演奏を始めたのだ。

 生演奏。いきなり見えた。「ブラスバンドなんていたっけ」と疑問に思ったのだけれども、このデパートの屋上に着いた頃には既に私とスティ子にはテレビドラマのような二人だけのお話が展開されていて、視野が狭まり、屋上にひとがいる、しかもこれから演奏を始めるブラスバンドがいるとは気づきもしなかったのだった。

 ブラスバンドはデキシーランドジャズを奏でる。デキシーランドジャズの中でも定番中の定番を奏でだし、「田舎町だからこっちの方が食いつきがいいのかな」と私は思った。

 スティ子は

「このチョイス、いいよね、すごいよね」

 と、泣き出しそうだった顔を腕で拭いて、それからわたしたちは互いに見つめ合って、それから吹き出した。

 ブラスバンドには、私たちを除くと三人しか客がいない。

 客が全部合わせて五人の中、ブラスはスィングする。これがジャズだと言わんばかりに。

 よくわからない。よくわからないままに私とスティ子は身体を揺らした。三人の客は思い思いに携帯電話をいじくっている。それもよくわからないが、別にわからなくて良かった。

 とにかく、その音の波を泳ぐように私とスティ子はそこで手を握り合う。わいわいテキトーな声を出して笑顔になる。死ぬだの生きるだのの直後、いや、そのまっただ中での出来事だったし、これは笑顔になれる。当たり前でしょ。

 スティ子と、それから私も、そういう意味で運が良かったのだ。

 うん。きっと運が良かった。


 私が住んでいるこの土地は、山と海に恵まれた、人口は年々減少するが、頑張っている部類に属しているであろう町だ。名前は出さないが、町の名前を出しても、それでどうなるってわけでもない、日本中、どこにでもありそうな、固有の歴史を持っているがありふれている、普通の田舎だ。


 スティ子の屋上の話だって、クラスの男子に告白して付き合った直後に別れ話が出たので男子が衝動的なことをしようとしてそれをスティ子が振り払って、とか固有の理由はあってもありふれている、そんな理由による。

 私は数日後、屋上から飛び降りそうな時の苦しさが和らいだだろうと判断したそのタイミングでスティ子に

「こんなのきっと青春の1ページになるから問題ないよ、元気だしなよ」

 と言った。

 そしたら思い切り首を絞められた。

 ……死ねばいいのにな、と思った。

 どっちが?

 どっちも?

 教室のみんなは冷めた目で今日もにやけて悪巧みしてそう。

 きっと妄想だって。

 悪巧みしてるって妄想。

 きっと私は妄想少女。

 笑える。

 いきなりだけど。

 私は小説を書く。

 いつか『ここの郷土の強度について書きたい』と思っている。

 前に出会ったことのある女の子、ラクダだかラッシーだか、そんな名前の子と長話をする機会があって。

 それは不思議な不思議なお話で、私は物書きに取り憑かれるようになった。

 小説を、書くようになった。

 よく、「お前の話も書いた小説も、聴きたくも読みたくもない。お前のことなら『全部』知ってんぞ! てめえのひとりよがりな経験でつくった積み木細工を見せられる方の身にもなって考えてみろや!」と言われる。

 私はいつからか、出来るだけそのような声には耳を傾けないようにしてきたが、もう無理だった。限界だった。

 こんな世の中にいて文章を書くっていうのは、一体どういうことなんだろう。

 少し前まで、いや、今だってときには、睨まれた書物は裁判に掛けられ、焚書にされた。焚書というのは、本を燃やして『抹消する』ことだ。人々の見せしめとして機能するように、燃やされた。

 華氏451度で書物は燃えるんだっけ。


 それはともかくとして、わたしたちは今日も学校に行ったり家でゴロゴロしたりたまに家族と遠出をしたり友達とどこかに出かけたりする。

 それは私が夜中、へんてこな物語を綴るのとは別のストーリーで。……ともかく、生活は一応してる。だから、生きている。でもそれはへんてこな物書きとは別のストーリー。

 もしクラスのみんなが悪巧みをしている、もしくは悪巧みの計画を練っているなら、それは私だって同じに見られて当然だ。

 同じ風に見られてるどころか、私自身、真夜中の物書きに変身する時、悪意で心をブーストして、それでフルパワーにしてノートにペンを走らせることだってある。

 ちょっと違うかも。

 『悪意』『負の感情』を持たない人間はきっといなくて、私はそれを暴発させてるってだけ。『みんなと同じ』じゃなかった。

 明確な悪意。負の感情。

 だったら私がクラス中に悪意を感じるその正体は、私自身の『悪意の影』だ。

 私は私の影絵劇場の客席に、独りぽつんと座っている。

 先のスティ子との屋上でのやりとりは、結局はスティ子の心配なんかじゃなく(いえ、最初からそういう内容でも気持ちでもなかったけれども)、これは私がスティ子を自分のドッペルゲンガーに見立てて言っていた、と考えた方がいい。

 私は私のことしか考えない、私自身から分裂した影法師と。

 危うく影法師に見立てた見立て殺人になるところだったのね。

 ……うん、気づいてたの、屋上から数日後、スティ子に首を絞められた時、私は満面の歪んだ笑みで、スティ子の瞳の中に映じる私自身の歪んだ口元しか見ていなかったことを。

 だから首を絞められたとき、すごく楽しかった。

 デパートの屋上で二人で手を握り合って笑顔になった、あのブラスバンドの音に包まれた時と同じように。

 楽しかったんだ。


                      おわり

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