第16話 ツァトゥグア急襲

 別働隊はリチャード=レイ、マリア=ディ

レーシアが指揮を執っている。リチャードと

マリアは旧知の仲だった。幾度となく遺跡の

発掘現場などで出会っている。稀覯書の収集

においてもアーカム財団とリチャードは敵同

士の時と協力関係を結んでいるときとどちら

もあった。


 マーク=シュリュズベリィはどうもセラエ

ノに行っているらしく、同行していなかった。


「盗聴器で聞いていたとおり、このまま儀式

を行うことにしたよ。」


「それで巧く行くと思っているのか。」


 リチャードは綾野が勝手に話を進めてしま

ったことを怒っているようだった。本来なら

綾野達が時間を稼いでいる間に重火器を装備

した特務部隊がツァトゥグアを急襲する手筈

になっていたからだ。たた、その方法で確実

にツァトゥグアを倒せる確証は無かったので

リチャードも渋々了承したのだった。


「ミスター綾野、相変わらず危ない橋を渡る

のね。もしかしたら、好んで渡っているのか

しら。」


「そう言うなよ、マリア。ところで彼女はど

うした。」


「ほんと、彼女を連れてきて欲しいと頼まれ

たときは、たとえ綾野の頼みでも上層部を説

得できないと思ったわ。でも何故だか綾野の

提案をそのまま受け入れたの。なにか手を回

したでしょう。」


「ちょっとしたことだよ。」


 綾野はアーカム財団に『サイクラノーシ

ュ・サーガ』の譲渡を申し出たのだった。


 綾野祐介と岡本浩太、リチャード・レイと

マリア・ディレーシアは特務部隊を引き連れ

て、残して来た杉江統一と新山晴之教授の待

つ洞窟へと戻った。


「やっと揃ったようだな。では早速始めても

らおうか。」


 悠久の時間をただ無為に過ごしてきた筈の

ツァトゥグアは妙に急いた様子で綾野に儀式

の開始を要求した。


「それなら、先に桂田を分離してもらおう。

儀式はその後だ。」


「まあ良かろう。」


 それはあまりにもおぞましい風景だった。

自らの体の一部と化している桂田利明を細胞

分裂、というよりはヘドロで作った塊を二つ

に手づかみで分けたような分離の仕方だった。

どちらも元の形状を留めていない。そのうち

一つの塊の中央が持ち上がった。


 それは人間の背中が丸まっているかのよう

だ。ゆっくりと立ち上がった。ヘドロのよう

なものを少しづつ落としながら完全に立ち上

がってこっちを見たそのものは、確かに桂田

利明であった。


「だ、大丈夫か。」


 岡本浩太と杉江統一が駆け寄って倒れ込も

うとしている桂田を支えた。


 もう一つの塊は、中央や端の方や、様々な

ところが盛り上がって再び元のツァトゥグア

の形状に戻った。さっきより多少小さくなっ

たようだ。


「今だ、全員撃て。」


 リチャード・レイの叫び声でアーカム特務

部隊の全員が一斉にライフルで射撃した。半

分にあたる五人が打ち込んでいる弾丸は特殊

コーティングされた劣化ウラン弾で、発射す

る人間は被爆しないように配慮されている。

他の五人が打ち込んでいる弾丸はこれも特殊

コーティングされていて、中には超高濃度の

ダイオキシンが封じられていた。核物質と最

悪の環境ホルモンという二つの人類が産み出

した凶悪なもの達でツァトゥグアを倒そうと

いうのだ。


「うっぐをおぅがぁ。」


 ツァトゥグアはなんとも表現し難い叫び声

をあげた。


「リチャード、何をするんだ。約束が違うじ

ゃないか。」


「綾野、君のやり方ではツァトゥグアは止め

られんよ。私が呪術的に手を加えて造った弾

丸の威力を見たまえ。人類が産み出した汚染

物を旧支配者にも効果があるように『屍食教

典儀』に記されていたマントラを刻み込んだ

弾丸に封じたものだ。」


 ツァトゥグアの叫び声は留まることを知ら

ない。


「リチャート、彼方は今まで稀覯書の収集や

遺跡の発掘を通じて旧支配者のことを見知っ

ているかのような錯覚をしているだけだ。奴

等は彼方が思っているような生物的に弱点が

あるものではない。そんな弾丸では一時的に

苦しむだけなんだ。」


 その時だった。全部で数百発、打ち込まれ

た弾丸が、総てそれを打ち込んだ特務隊員に

向って発射された時よりも高速で跳ね返され

た。


「うわぁ。」


 こんどは全員が、人間が理解できる叫び声

をあげてばたばたと倒れて行った。十人全員

がほぼ即死だった。


「ごれが、お前達の答えなのか。約束を護っ

てその者を開放した我に対する、仕打ちなの

か。」


 ツァトゥグアは弾丸は跳ね返したが体内に

残っている毒や放射性物質の為にかなり苦し

そうだった。


「いや、これは私の本意ではないんだ。判っ

て欲しい。」


「それなら、何故我に思考を読まれないよう

にしておるのだ。」


 ツァトゥグアには総てお見通しのようだっ

た。


「判っておる。出てくるがよい。クトゥルー

の眷属よ。」


 綾野は本心からツァトゥグアの封印を解く

つもりである、というところまでで自分の思

考をブロックしてもらっていた。そんなこと

を頼めるのは彼女(?)しか居なかった。


「お久しぶりです。ツァトゥグア様。ご息災

であるようで我が主も悦んで居りましょ

う。」


 全く何の気配も無かった場所に忽然と現れ

たのは人間の形態を取っているハイドラ、拝

藤女史だった。


「珍しいこともあるものだ。ただ、その姿は

なんの冗談だ。人間に協力をしているのも解

せない。何を考えている?」


「私達眷属が考えることはただ一つでしょう。

主の復活だけです。」


「そして、その復活をしたあとの主権争いの

ことでも考えておるのだろうな。小賢しいこ

とよ。」


 ツァトゥグアは既にかなり復調をしてきた

ようだった。


「とりあえず、ツァトゥグア様にはこのまま

ここの居ていただければ幸いです。」


「そう、つれなくせずともかろうに。悠久の

昔には共に戦った仲ではないか。いずれにし

てもその人間が見つけ出した、我の封印を解

く方法は今の地球では無理のようだ。」


 ツァトゥグアはハイドラのブロックが解け

た綾野の思考を読んだ。


「そのとおりだ、ツァトゥグア。今の私達に

はお前の封印を解くことはできない。方法は

見つけ出したんだが。」


「判っておる。お主の気持ちは充分にな。ま

あ、よい。永劫の時を過ごす間には、たまに

はこのような余興が無くては退屈してしまう

のでな。次にお前のような人間がここを訪れ

るのは五百年先か千年先か。」


 ツァトゥグアは封印が解かれなかったこと

も、銃撃を受けたことも特に気にしていない

かのようだった。ただ、銃撃した人間には死

を与えてはいたが。


「私達をこのまま解放してくれるのか。」


 綾野は恐る恐る聞いてみた。」


「別によかろう。好きにするがよい。また、

気が向いたらここを訪ねててきもよいぞ。」


 何故かツァトゥグアは上機嫌というのか、

妙にさばさばとした感じだった。神と比肩さ

れるような存在の思考は、人間には理解でき

ないのかも知れない。


 そして、綾野祐介、岡本浩太、杉江統一、

新山教授、リチャード=レイ、マリア=ディ

レーシアと助け出された桂田利明はヴーアミ

タドレス山の洞窟を後にした。アーカム財団

の特務部隊の亡骸はそのまま放置するしかな

かった。多分此処への通路や縦穴は綾野たち

が出たら塞がってしまうと思われた。


 実際、綾野たちが地上に戻った瞬間に穴は

見る見るうちに塞がってしまい、跡形も無く

なってしまった。


「新山教授、彼方の目的は一体なんだったの

ですか?」


「儂の目的は彼を助け出すことと、ツァトゥ

グアをこの目で見ることだけだ。他意はない

ぞ。」


「隠さなくても判っていますよ。それで巧く

いったのですか?」


 新山教授と杉江統一はツァトゥグアの体組

織を採取するのが目的で洞窟まで付いて行っ

たのだった。永劫の時を生きるツァトゥグア

の体の組織を調べれば不老不死への強力な手

掛かりになる筈だった。


「君の目は誤魔化せないな。必要なものは採

取させてもらったよ。何か新しい発見でもし

たら君にも知らせてあげよう。それでいいか

ね。」


「充分です、教授。ただ程々にしないと教授

は神の領域に踏み込もうとしているのですか

ら、自身の身に災いが降りかかることの無い

様充分注意してください。」


 リチャードとマリアはアーカム財団に今回

の作戦の経緯を説明するために東京の極東本

部へと戻って行った。関西支部は壊滅したま

まだった。

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