角っこ隅っこ端っこ大好き論

日本人はみな、カド、スミ、ハジが大好きである。


世の中の恋の9割は街角での出会いより始まるから乙女と青年が大勢立ち並んでいるし、オセロという日本発祥のゲームはカドを取り合うゲームと言っても過言ではない。カドはいつも人に狙われる人気スポットである。目立って優れた人を「一角の人物」と言うのもその辺が関係しているような気がする。


部屋のスミが一番落ち着くという人がいる。落ち込むと膝を抱えて部屋の隅っこに体育座りをして心を静めるのだそうだ。すみっコぐらしという直球のゆるキャラシリーズもあるくらいであるから、スミは癒しのスポットと言ったところであろうか。


カステラを食べる時、「ぼくハジっこで良いや」と言う人がいる。「で良いや」がポイントなのであって、「が良いな」ではない所にポイントがある。端っこをもらう時、何故か人は「仕方ないなぁ」という一拍を置きたがる。聞くところによると一斤ある食パンの端っこを好んで食べる人もいるようだし、「トンカツは端っこ」と言って憚らない一派もある。つまりコアなファンが多いのがハジである。女性は分からないかもしれないが、便所の小便器も端っこのものがダントツで人気である。片方が壁だと何故か安心するのである。


カド、スミ、ハジの何が良いかというと、遠慮を見せられるところである。謙譲と言うべきかもしれない。


日本文化の特徴として大抵挙げられるのが謙譲である。日本人たるもの威張ってはいけない。真ん中に陣取ってガッハガッハと大きい態度を取ることは許されない。どんなに偉くなっても「私のような粗忽者がここまでやって来られたのも皆様のお蔭云々」と感謝を忘れてませんアピールをしなければならないし、意見するには「門外漢ながら差し出がましく云々」と前置きしてから話し出さねばならない。関係ない話だが、門外漢を名乗って質問する人間はたいてい自信家で、発現主を論破に掛かってくるのは何故なのだろう。


つまりカド、スミ、ハジに身を寄せることによって「私の如きはここらで十分であります。ここらで慎ましやかに過ごします故お気になさらず」という態度を表明することが出来る。


だがしかし、それは本当に謙譲と言えるのだろうか。


オセロを考えてみてほしい。角っこはたったの4か所しかない。角っこを除いた端っこは6×4で24か所。対してそれ以外、中心部には6×6で36か所の空きがある。カステラで言えば端っこなんぞせいぜい数ミリのものが2か所しかないわけで、カド、スミ、ハジというのは実は希少部位であることが分かる。これを「で良いや」とか「仕方ないなぁ」の態度で勝手に独占して他人に幾らでもある中心部を押し付けるというのはいかがなものかと思う。


我々は普段「スミに置けない人だ」などと言って人を自分はハジっこに居るまま人を中心に押しやるのが美徳だと考えているけれど、これは焼肉に行って人に豚バラを焼いてやりながら「わたしゃこれで良いや」なんて言ってシャトーブリアンを焼いているようなものである(ちょっと違うかな)


そろそろこの謙譲という化けの皮を剥がし、人はみな闘争心を剥き出しにしてカド、スミ、ハジの争奪戦に挑むべきだと思う。最近は市井の人々もそれらの良さに気付いてきたようで、例えば映画「この世界の片隅に」が大ヒットしている。森山未來が世界の中心で愛を叫んで十余年、ようやく中心よりスミの方が希少であることに気付いた良い例である。


自分の人生を思い返してみると闘争心剥き出しでカド、スミ、ハジを求めたことは少なく、「で良いや」のスタンスでスッと入り込んだ経験が多いことを発見し甚だ遺憾である。しかし皆が本気でそれらを目指す機会がないわけではない。


それは学校教育における席替えである。窓際隅っこの席はみなの羨望の的で、このクラスで一番の美人の隣くらい、あいつもこいつも狙っている席なのである。無意識下でスミの良さに引っ張られているのであろう。しかしその数年後には窓際というのが閑職の代名詞になるのだから不思議な物だとも思う。


書いていて思ったが際、キワというのもまた好かれるものだろう。枕草子では春の段に「やうやう白くなりゆくやまぎは」という風に書かれている。秋の段には「夕陽の差して山の端いとちこうなりたるに」ということも書かれているので清少納言もきっとカド、スミ、ハジが好きだったに違いないと推察される。

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