森見登美彦様に奏上 信徒より

カクヨムのトップページを眺めていた。


新着おすすめレビューという部分が気になる。おすすめレビューの見出しが色とりどりの文字で書かれている。


その中に「森見登美彦作品の腐れ大学生が書きそうな面白エッセイ」という見出しが赤々(青々だったかもしれない)と踊っていた。「そんな作品がカクヨムに」と驚愕して即座にリンクを飛んでみたら自分の書いたものであった。


手前味噌をいきなり顔に塗りたくられて不快に思うに違いない。しかしこれは大事件なのである。それは私が森見登美彦大先生の信徒であることに因る。


どれくらいの信徒なのかといえば、今月ちょうどサイン会に行ってきた程である。


私はそのセンセーショナルな場面をここに書くか迷った。しかし結局やめた。なぜなら緊張による発汗と上気ですべての記憶が曖昧のままだからである。


しかしこのレビューを戴き、やはり書くことにした。


初めて読んだのは「夜は短し歩けよ乙女」だった。私は当時高校生だった。文章の妙味というものがあるならそれを初めて味わったのがこの時だったような気がする。それから多少は本を読むようになって滋味も淡白も甘味も濃厚も味わったけれど、なんというべきか、それまで白湯しか飲んでこなかったのに、急に梅昆布茶の素を入れられたような、そんな読書をしたので私は信徒になった。


それから「四畳半神話大系」「新釈走れメロス他四編」などを読んでいった。高校生だった信徒は決心をした。京都大学に進学するという決心である。森見さんはまず京大の農学部出身である。そして上に挙げた作品の登場人物は殆ど京都大学に結びついている。高校生の信徒は単純に「京大こそ最高に妙味あるキャンパスライフを提供する唯一学府」であると認識した。仕方のないことだった。


勉強をした。なにせ勉強しなければ京都大学には行けない。かの書籍によれば難渋な試験を突破する脳味噌と変態的な悪戯心を持ち合わせていないと京都大学の求める人材にはなれないようだった。私は熱心に勉強をした。主に悪戯心の生育について勉強した。そうしてめでたく京都大学に不合格した。試験に悪戯心は必要なかったのである。私はお守り代わりに持っていた「四畳半神話大系」に涙をこぼした。


京大に入って過ごすはずだった「最高に妙味あるキャンパスライフ」を掴めず信徒は違う大学に進学した。その後もずっと信徒であった。「恋文の技術」が特にお気に入りの大学二回生である信徒は一枚のチラシを目にした。「森見登美彦さん読書会開催のお知らせ」と書かれていた。京都で森見さんが読書会を行うという。信徒は応募用紙を兼ねたその用紙を必要以上に多く取っていった。ほかの信徒の目に留めないためである。


記入は難航した。特に「好きな作品とその理由」の部分で何度も何度も書き直した。書き損じた応募用紙をくしゃくしゃに丸めて背後に放り投げた。文士のようで気持ちがよかった。森見さんの文体を真似て書いてみて満足し切り、翌朝見返すと気持ち悪いだけの怪文書だったので破った。結局「敢えて」感想をさらりと書いた。ほかの信徒たちは舌足らずの舌を懸命に回して森見さんの饒舌を真似るだろう。私はそれを上手く出し抜こうとした。そして私は落選した。


失意の中でも私は信徒だった。「美女と竹林」を読んで、エッセイと妄想の狭間に彷徨う大学の四回生になっていた。就職活動の時期だった。私は自惚れていた。なんとかなるだろうと思っていた。どうにもならなかった。しかし留年することになっても私は焦らなかった。森見さんも留年していたからである。


信徒は共通点がうれしかった。留年したその一年が輝くような気がした。実際には泥の中で苦しく息をしていただけなのに、輝いているような気がした。デビュー作を読み返した。「太陽の塔」である。森見さんがこれを書いたのは自分と同じくらいの年齢の時だったはずである。信徒はウーロン茶がどうの、という駄文を書き始めた。


ウーロン茶がどうの、階段がどうのと考えながら二度目の就職活動をした。出版社に行こうと思った。出版社に入ればいつか会えると思ったからである。だが行けなかったので違うところに就職した。


信徒は諦めた。しかし信徒ではあり続けた。梅昆布茶の味が忘れられなかった。


時は諦めてから訪れる。サイン会に申し込んだところ、あっさりと許可が下りた。当日、最新作「夜行」を抱えて電車に乗った。定刻通りに到着したことが信じがたかった。


そして気が付くと、森見さんの一筆により聖典と化した「夜行」を抱えたまま私は帰りの電車に乗っていた。


信徒は一日に一度、聖典を開いてサインを見る。そこに書かれた自分の名が本当に森見さんによって書かれたものなのか、記憶が定かではない。

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