関西チャリ倒れの街

日本にある自転車のおよそ2割が関西、特に京都と大阪に集結している気がする。気がしているだけだが。しかしそれくらい関西にある自転車の数は多い。5年前に関西へ越してからというもの大抵のことには慣れてしまったが自転車の多さにはほとほと参ってしまう。輪口密度(リンコウミツド)とでも呼ぶべきものが他の地域とは段違いである。ちなみに輪口密度を求めるのは人口密度を求めるのと手順は同じだが、前輪と後輪があるため最後に2で割らねばならない。補助輪などは考慮に入れないことになっている。


とある引越社の調査によってもそれは裏付けられており、世帯における自転車の保有率をランキングにすると、京都と大阪が仲良くと言うべきか、競ってと言うべきか、とにかくワンツーフィニッシュを決めている。最下位の沖縄とは実に4倍ほどの開きがあるようだ。サトウキビ畑の横を自転車で走ったら気持ち良さそうなものだが不思議なものだ。ゆいレール以外の電車もないそうなので乗り物に頓着しない県民性なのかもしれない。


京都、大阪の自転車事情は異様ともいえるほどで、たとえば大学の中は自転車によって道が出来ており、死んでしまった自転車たちが巨大な駐輪場の隅で累々と重なり、スクラップ置き場と化している。昔北陸の大学に行ったとき、構内に自転車がほとんど見えなかったため友人に尋ねたところ「土地も広いし場所も不便だから大体みんな車で来ちゃうんだよね」と言っていたが、それに従うと差し詰め「土地は狭いが便は良いので自転車で来てしまう」と言ったところであろうか。


森見登美彦さんの小説で京都の大学生が主人公になっているものには殆ど自転車が出てくる。『太陽の塔』の主人公は愛機「まなみ号」に跨り東大路通りを駆け、『四畳半神話体系』の小津は自分の愛機を「ダークスコルピオン」と名付けている。私が京都の河原町でレンタルした自転車の名前は「ボレロ号」、随行の友人がレンタルした自転車の名前は「骨」であったし(たしかに白い自転車だった)、こういったところからも関西における自転車への並々ならぬ熱意をうかがい知ることが出来る。


そして自転車人口の年齢に偏りがないことも特徴的だ。というか関西における中年女性の自転車乗車率は大変なものであり、関西の中年女性は声が大きく存在感も大いにある。故に自転車が多く見えるのかもしれない。


関西の中年女性は自転車ライフを快適にするための努力を惜しまない。まず家の周りに坂があれば電動自転車にしてしまう。雨傘、日傘を立てるスタンド。そしてハンドルにカバー、サドルにカバー、荷物カゴにカバー。とにかく覆う。自転車のみならずアームカバーにサンバイザーと自分を覆い隠すことも忘れない。サンバイザーと言ってもゴルフ用のような庇がついてるだけのものではなく、フルフェイスともいうべきもので完全防御に徹している。その出で立ち、もはや養蜂家である。


こんな人たちが狭い商店街の中を漕ぎまわっているのだからたまったものではない。自転車が来たら道を開けねばならぬ。それは良いのだが養蜂家サンバイザーを付けている女性が正面から来たときが最も困る。なにせ目の動きが分からずどちらによけるべきなのか判断がつかない。初めて見た時は驚きのあまり固まってしまい、あわや衝突というところで中年女性がひらりとハンドルを操って避け、「気ぃつけや~」と言い残して颯爽と通り抜けて行った。爾来私は中途半端に道の真ん中を歩かぬよう心掛けている。


とはいえ自転車が多いからと言って事故が多いというわけでもない。いや件数は多いのだが保有比率的に見ると東京の方が余程事故が多い。それというのも上に挙げた自転車への深い習熟、たゆみない訓練の成果であると考えざるを得ないだろう。しかしデータにはないが関西が1番多そうな自転車事故というものがある。それが「駐輪場チャリ倒し事故」である。


個人的に嫌いな物を5つ挙げたら確実に入るものに「片足スタンドの自転車」がある。全く意味が分からない。両足でしっかりと支えればよい所を敢えて片足でやるというところにどうも舐めた印象を受ける。最近流行のスポーツ自転車のように「僕はスタンド付けません。大丈夫です自業自得ですので。その辺寄りかかって寝ときます」という態度は好感が持てるが、片足スタンドは「や、一応スタンド付けてるんで置かしてもらいますよ、さーせん(笑)」という態度が透けて見えるのが良くない。


片足スタンドの自転車は倒れやすい。足がある方向に向かっては別にそうでもないが足がない方向へ、ちょんと体が触れただけで「ああああああ!」と大音声をあげて倒れていくのがサッカー選手のPK目的のダイブのようで非常に不快である。そういう時はだいたい隣の自転車も巻き込んで倒れていき、助け起こそうと手を掛けつつ力を込めるとたいてい隣の自転車のスポークにハンドルが絡まっていて、再び「ああああああ!」と叫び出す。この辺りになると私の不快も頂点に達していて「ああああああ!」と吠えながら倒れた自転車に引き続き手を差し伸べていくことになる。


先に述べた通り京都と大阪はあの狭い土地に全国でもトップの自転車を保有している。よって駐輪場というものが全く意味を為さずに街中に自転車が氾濫しているのである。ただでさえ狭い道が停められた自転車によってさらに狭められ、みな窮屈そうにしている。が、自分も自転車に乗れば同じようにするのでなぁなぁのまま今日まで来ているというのが実情に近い気がする。


養蜂家サンバイザーも道幅の減少も快く許そう。だが片足スタンドの自転車だけは許してはならない。国は可及的速やかに片足スタンドの自転車を禁止する法案、ないしは倒してしまっても不問に付すという法案を可決させるべきだ。参院選ではその公約を掲げた政党に投票するとしよう。

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