双子

 作之助の目の前には二つの腕章が置いてあった。まだ新しい腕章で、『四』と刻まれた文字はまだ光沢を放っている。

 これらは、新しく入ってきた二人の隊員に渡すものだ。それも、まだ幼い二人に。

 この前、厄介な違法団体を潰しに行ったら、十三、十四くらいの子どもが二人いた。一人は少女、一人は少年、銀髪で碧眼。似ていたからすぐに双子だと分かった。彼らは今までいた団体が潰されて、居場所を失った。そのせいで卍部隊に入ることになってしまったのだ。そうして今、その彼らに腕章を渡そうとしているのである。

「なあ、紫陽」

「なんでしょう」

 俺は、無責任じゃないよな。言いかけて、やめた。

「なんでもねえ」

「? はい」

 さっき呼んだから、二人はそろそろくるはずである。そう思って、椅子に座ったままでいた。するとすぐに、

「さくのすけー、さくー、呼んだー?」

 勢いよく扉を開けて彼女は入ってきた。

 長い銀髪を耳の横で一つに縛っている、色の白い少女。彼女は『羅刹』。羅刹は実験が少し失敗した。どう失敗したかというと、感情が失われなかったのだ。普通は今までの記憶と共に感情も消える。なのに、彼女は感情が残ってしまった。神崎が殺そうとしていたが、それはどうにか止めた。

 実験のせいなのか元々なのかは知らないが、明るくて活発な性格をしている。ついでに礼儀も知らないが。

「隊長と呼べって言ってんだろうが」

「えー」

「何が『えー』だ」

 羅刹にはなかなか手を焼きそうである。

「分かったよたいちょー」

「敬語」

「はいはい」

「『はい』は一回」

「……。はい」

 とりあえずは許してやろう。

 顔をあげると紫陽が笑いをこらえた顔をしていた。それを見て、少しきまりが悪くなった。

「夜叉は?」

「もう来るよ、……来ます」

 紫陽がまた笑いかけていた。

「すみません。遅くなりました」

 銀髪の少年が入ってきた。男の割には髪が長く、肩にかかっている。青い目はどこか冷ややかだ。

 彼が『夜叉』。実験は成功していて、普通の卍部隊の隊員と変わりはない。変わったことがあるといえば、羅刹にしょっちゅう話しかけれれては喧嘩を売られているといったところだろうか。

 二人とも、どこかお互いに思うところがあるらしい。羅刹は基本的に、夜叉にくっついている。夜叉以外には話しかけたりもしないのだ。逆に夜叉は羅刹に冷たい態度をとったりもするが、邪見に扱ったりもしない。そばにいることを許している。お互い、前のことは覚えてもいないのに。

「揃ったな」

 作之助は立ち上がった。

「お前らには四番隊に入ってもらう。四番隊に指示があったら、それに従え。いいな?」

「「はい」」

 息がぴったりだった。

 腕章を渡す。

 二人が部屋を出た後、廊下から羅刹の大きな声が聞こえてきた。静かな夜叉の声も。

「ねーねー、夜叉、わたしたち四番隊だってね! 一緒だね、やった!」

「耳元で騒ぐな。うるさい」




 少し経ったある日のことである。

 四番隊に指令がでた。内容は、反乱を企てる組織をつぶすこと。

 羅刹と夜叉も当然そこへ向かった。

 大きな建物だった。どこか西洋の洋館を想像させるそれは、組織の根城になっているらしい。

『できるだけ、殺さないで捕まえる』

 羅刹はその言葉を頭の中で繰り返した。深く息を吸いながら銃を握る。

 合図とともに飛び出した。

 羅刹は刀よりも銃の方が気に入っている。だから刀を使う夜叉の後ろから、敵を狙おうと決めていた。夜叉の後に続く。

「羅刹」

「何」

「近い。危ない」

 ぱっと夜叉が前に飛び出し、目の前の相手を斬りつける。別の敵が向かってきたのを、夜叉が攻撃する前に羅刹が狙って撃った。

「行くぞ」

「うん」

 先へ、先へ。

 向かってくる相手は二人で倒した。逃げる相手も二人で倒した。そうやって、先へと進んでいく。

 気が付けば広い部屋にいた。客間だろうか、豪華に飾られた部屋である。

 先に行こうとした瞬間、向こうの通路から人が飛びだしてきた。

「らぁ!」

 大太刀を持った男だった。がっしりとした体は大きくて、夜叉がとても小さく見える。

 夜叉は攻撃を避けて、斬りかかった。だが、力負けしている。明らかに押されている。

 羅刹も後ろから狙うが、

(狙いにくい)

 夜叉の背がこちらに向くように相手が動いてくる。下手に撃てば夜叉に当たりかねない。なかなか撃てそうにもない。

 夜叉も相手から離れようとするが、男がどんどん距離をつめるせいで離れられない。

(夜叉が危ない)

 上の電灯でも落とすか、と思った瞬間。

「――!!」

 相手の刃が、夜叉の目を斬りつけた。

 鮮血。

 夜叉が崩れ落ち、その夜叉に向かって男は刀を。

「させるかああああああああああああ」

 轟音が響いた。何発も放たれた銃弾の一つが、男の心臓に当たり、また一つが手に当たり、男は倒れた。

 ばくばくと胸が音を立てる。

「夜叉ああああ! 大丈夫!?」

 駆け寄る。

「大丈夫だ」

「バカ!! ぜんぜん、大丈夫に見えない!」

「大丈夫かと聞いてきたのはお前だ」

 夜叉の右目から血が流れていた。嫌な汗もかいていて、思わず青くなる。

「ばかばかばか」

 血を止めないと。

 ポケットからハンカチが出てきた。夜叉の右目に巻く。

 こんなもので効果があるかはわからない。でも、やらないよりましだ。

「泣くな」

「誰のせいよ」

 雫が頬を伝う。

 嫌だ、死なないで。

「こんなんじゃ、死なない」

 そういう夜叉の声が、いつもより小さいんだよ。心配なんだよ。青い顔して、そんなんで安心できるわけないじゃん。

「一つ約束しなさい」

 夜叉の手を握る。

「わたしより先に死なないで。死んだら許さないから」

 わたしを置いていかないで。

 わかんないけど、わたしの傍にいてほしいんだよ。おいていかないで。あんたじゃなきゃ嫌だ。嫌なんだよ。

「約束しなさい」

「……分かった。最善をつくそう」

「あんたを死なせない」

 夜叉が呟く。

「死なない。死なせない」

 その一言で、ほんの少しだけ気が楽になった。

「羅刹ー! 夜叉ー!」

 紫陽の声に、羅刹は大声で返事をした。

「しよーう!!! 早くこっち来てー!」




 右目はもう見えない、と告げられた。あの後治療してもらったが、どうにもならなかったらしい。

 黒い眼帯を渡されて、それをつけて羅刹会ったら泣かれた。また「ばか」と言われた。今度は「ばか夜叉」と言われる始末だ。あいつの口癖は「ばか」なのだろうかと今疑っている。

「安静にしていないと駄目よ」

 話しかけてきたのは紫陽だ。いつもよりにこにことしている気がする。

「副隊長」

「羅刹と喧嘩しても熱くならないでね」

「いえ、いつも熱くなってないです」

「冗談よ」

 紫陽は笑った。

「羅刹があなたの事探してたわよ。食堂にいるって」

「そうですか。ありがとうございます」

 あの日、「死ぬな」と言われて、なんだかどきっとした。いや、どきっとしたというとおかしいか。でも、死にたくないと思った。少なくとも、あいつより先に、あいつの前で。

 お前こそ、俺より先に死ぬな。そう言おうとしたが、怒鳴り散らされそうだったからやめた。「ふざけんな」と言われそうだったから。

 ああ、そうだ。「どきっとした」じゃなくて、あったかくなっただ。これはなんていうのだろう。なんて――。

 考えている間に食堂についていた。

「いたあ、夜叉! 探してたんだよ」

「騒がしいな、お前は」

「うっさい」

「で、用件は」

 途端に羅刹はきょとんとした顔をした。

「忘れたあ」

「は?」

 お前にばかと言われる筋合いはない。そう言ってやろうかと本気で思った。

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記憶ノ消失 椿叶 @kanaukanaudream

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