第四章 弐

 紅蓮はいつも雫と会うところに立っていた。服装は軍服の上から外套。外套が裏返っていることと、口元をスカーフで覆っていることを除けば、例に漏れない服装である。もちろん拳銃と刀も腰から下がっている。

 冬の日の入りは早い。もう日は落ち始めていて、橙色の光を放っている。その光は建物や道、人々を照らしていた。

(雫はまだか)

 約束の時間まではまだ余裕があるが、どうしても気がはやってしまう。胸ポケットに入っている懐中時計を取り出し、時間を見る。さっき確認したときから五分も立っていなかった。

 木箱に腰掛ける。そういえばこの木箱はいつでもここに置いてあった。何かと利用させてもらっているが、いつまでここに置いてあるのだろう。撤去されないのだろうか。

 また時計を見ようと思って、止めた。どうせ時間は経っていないのだ。見るだけ無駄だ。時計をしまう。

 不意に、車の音がした。ただの車じゃない。大きな車だ。そして紅蓮はこの音に聞き覚えがあった。

「……軍用車?」

 卍部隊の軍用車の音だ。近づいてくる。少し迷って、ほんの少し道の方に顔を出した。顔全体を見られなければ大丈夫だろう。

 それにしても、どうしてこの時間に卍部隊の軍用車が動いているのだろう。夜にしか使えないはずなのに。

 紅蓮は首を傾げた。こんなこと、前例は知らない。前例にないくらいの何かが起こったのだろうか。なら、今基地は大騒ぎだろう。すぐに自分がいないことがばれてしまう。こっそり抜け出してくるんじゃなかった。何か適当に理由をつけておくべきだったかもしれない。

 何が起こったのだろうか。この時間に動く理由なんて――。

(まさか、雫?)

 ぞっとした。まさか、と思うが、不安はべっとりとまとわりついてくる。

(何もなければいいんだが……)

 もう軍用車は目の前に迫ってきていた。その軍用車から、目が離せない。

「紅蓮っ!」

 呼ばれた。はっとして見ると、窓から紫陽が顔を出したところだった。

「ふくたいちょ――」

「早くっ。早く基地にっ! じゃないと雫ちゃんが――きゃ、痛い! 放して!」

 紫陽は髪を引っ張られて、強引に引き戻された。

「急いで!」

 その言葉だけは車の中からも聞こえた。

 軍用車が遠くなっていく。それと同時に、紅蓮の顔は青くなっていった。

(まさか)

 そのまさかだ。雫は連れて行かれたのだ。あの軍用車で。

「……くっ」

 考えが甘かった。その事が悔やまれる。だが、もう悔やんでいる場合ではない。

 近くの家の屋根の上に飛び乗った。そのまま基地の方へ向かって全力で走る。多少走りにくいが、わざわざ道を曲がりくねって進むより早い。

 屋根から屋根へ飛び移る。外套が風に揺れた。

「邪魔だな」

 外套を脱ぎ捨てると、風に吹かれて流された。拾った人がまた新たに噂を立てるだろうが、そんなことは構わない。直接冷たい風が吹き付けるが、それにも構っていられない。

 雫はどうして今連れて行かれたのか。それはきっと、紅蓮が雫を守っていると知られたからだろう。恐らく、紅蓮がいない状況で連れて行く方が楽だと判断したから、例外的にこの時間に動いたのだろう。

 早く行かないと、雫が殺されてしまうかもしれない。でも、基地のどこに連れて行かれるのだろう。基地は広い。検討も無しにしらみつぶしで探すようでは時間が掛かりすぎる。

(宿舎はまずあり得ない。訓練場もあり得ない。本部……、あり得る。あとは、研究室。ここはありえ)

 ない、と思おうとして、止まる。

(いや、あり得る!?)

 夜中に考えて途中で止めてしまったことの内容を思い出す。

 実験。実験には当然実験体が必要だ。そしてこの実験の場合、実験体は人間でなくてはならない。ここである問題が発生する。それは、どこから実験体を連れてくるのか、ということ。

 今分かった。悪いことをして、社会から必要とされなくなった、それこそ死刑になる人を連れてくればいいのだ。どうせ死ぬなら、『有効活用』してから死ぬ方が良い。だからきっと自分はこの部隊に属しているのだろう。軍に入り込んでいる武器商人を殺しかけたから。

 それに、出来ることならば戦闘能力が高い方が良い。軍隊なのだから当然だ。そこで、死刑囚のなかでも、人殺し、もしくはそれに近しいものが罪状である人を連れてくればいい。こうやって考えると、自分がここにいる理由も全て辻褄が合うのだ。

雫の場合はただの侵入と窃盗ではなく、忍び込んだのが軍の基地だった。だから恐らく、罪は重い。それに加えて、どういうわけか卍部隊兵を一人撃退していた。あれは単純な不意打ちだったのかもしれないが、卍部隊の人間が不意打ちを簡単に食らうわけがない。きっと雫の能力が高いと判断されてしまう。だから、恐らく雫は実験に利用される。予想でしかないけれど、大方合っているに違いない。

(となると、研究室か!)

 こう考えるなら尚更急がなくては。雫の記憶が消えてしまうだなんて、想像もしたくない。もし、記憶が全て消えてしまったら、あの笑顔を二度と向けてくれなくなるに違いない。それだけは絶対に嫌だ。

 もっと早く。もっと早く走れ。間に合え。

 段々と人気が少なくなってくる。がらんとした通りももう通り過ぎた。あるのは細い一本道だ。屋根から飛び降りる。衝撃を上手に殺し、すぐに走り出す。幸いに誰も人はいなかった。

 すぐにトンネルが見えてくる。このトンネルを越えて少し進めば基地は目の前である。なのに、全然近く思えない。

 トンネルに入った。ブーツの音がよく響く。その音が煩わしい。

「雫……!」

 もう少しだけ、待っていてくれ――。



「神崎テメッ」「雫ちゃん! 起きて!」

 目が覚めた。はっとして体を動かそうとするが、何かに固定されているのか動けなかった。代わりにさっき殴られた場所がずきりと痛んだ。

「良かった。目が覚めたのね」

 そこにいたのは、紫陽と他に男が二人。一人は白衣に身を包んだ、白髪交じりの人物で、もう一人は若くて背の高い男だ。

(あれ、この人)

「優くんを連れて行った人!」

 白衣の男に若い方は掴みかかっていたが、驚いてこちらを向いた。その顔は間違えなく、四年前に優太郎が連れて行かれた時、雫を取り押さえていた人だ。

「あれェ、運命の再会だったりしますゥ?」

「黙れ神崎。んなわけあるか」

 白衣は神崎というらしい。

 ここは何かの部屋のようだ。周りにおいてあるのは何かよく分からない機材で、中心には寝台がある。雫はその部屋の端の椅子に座らされていて、手首を椅子に紐で縛り付けられていた。紐は頑丈で、何度引っ張っても、動かそうとしてもびくともしない。

「それ、簡単に切れませんよォ」

 神崎の粘つくような笑いに、ぞわりと鳥肌が立った。

「神崎、少し黙ってろ」

「ええ? 何でですかァ」

「うるせえ」

 若い方は神崎を突き飛ばした。神崎はよろけて後ろに何歩か下がった。

「雫ちゃん、ごめんなさい」

 紫陽が謝ってきた。雫はさっと顔を逸らした。

(そんな、謝られたって……)

「……これはどういうことですか」

 答える代わりに問う。

自分はここで死ぬのだろうか。夜中はやり過ごせたけれど、駄目だったということなんだろうか。そんなことをぼんやりと考える。

 紫陽が口を開く前に、神崎が二人を押しのけた。

「ふふっ。言わないですよォ。君はこれから記憶無くすんですから、言ったってしょうがありませんしねェ」

「え……」

 記憶を無くす?

「黙れっつっただろうがっ」

「いたっ。上司に向かってそれはないでしょう」

「黙れ」

「隊長、雫ちゃんが驚いています」

 紫陽に言われ、少しだけ雫の方を見ると、彼はわしわしと頭をかいた。

「……悪かった」

 それから椅子を持ってくると、雫の前に座る。雫は神経が張りつめるのを感じた。

(この人、怖い)

 威圧感というべきだろうか。真っ正面から見られると、体がカチコチに固まってしまいそうになる。でも、ここで負けてはいられない。雫はキッと睨んだ。

「よお、久しぶりだな。四年ぶりか」

「……」

「俺は天霧作之助。この部隊の隊長さ。そこの白髪が神崎で、美人が紫陽。神崎は研究者で、紫陽は副隊長やってる」

 作之助は何ともない風に話す。余裕そうに見えるからだろうか。その何ともない風が、威圧感を割り増しにさせる。

「状況を説明してください」

「気の強いお嬢さんだな。まあいいや。お前、ここどこか分かるか?」

「知りません」

「卍部隊の基地だよ。それも研究室」

 研究室? なんでそんなものが?

「で、お前はこれから卍部隊の一員になる」

 瞬きした。言葉の意味がちゃんと飲み込めない。

「え、よく分からないんですけど」

「だーかーらあ、お前は今から卍部隊の一員になんの。んで、そのために頭いじんだよ。頭いじると記憶飛んでいっちまうのさ」

 全然分からない。作之助の言葉が足りないのか、雫が理解しようとしていないのか、それとも両方なのか。恐らく両方だろう。

「隊長、言葉があまりにも足りないと思います」

 紫陽の出した助け船がありがたい。

「そうかぁ? あんま説明しても怖いだけだと思うんだけどな」

「それもそうですけど」

 紫陽は少し困った顔をした。

「でもやっぱり、知っておいた方がいいと思います」

「知らなくていいですよォ。はやくやりましょうよォ」

「よっし決めた。説明する」

「ちょっと無視ですかァ」

 神崎が叫んだが、これもまた作之助に無視された。

「知ってますよいつもやる時間稼ぎですよねェ。意味無いのにねェ」

「黙ってろ。うるっせーな」

「あーやっぱり図星だったんですねェ」

「紫陽。こいつどっかに連れて行ってくれ。ホント邪魔」

「分かり」

「ハイハイ静かにしますゥ。ここから出たくないので。でもワタシからするとあなたが一番邪魔ですよォ」

 話に全くついていけない。完全に置いてけぼりを喰らっている気がする。感想を挟む間もない。

 話が一段落したのか、作之助はこちらを向いた。

「その様子じゃ、全然分かってねーな」

(分かるわけないよ)

「まー、大方アイツは気がついてんだろうな。いいや、お前には正解言っておく。答え合わせはあとでやってくれ」

「答えあわせ?」

「そーそー。アイツも多分卍部隊の仕組みに気がついてるかもなってこと」

 アイツとは優太郎のことだろう。夜中に考え事にふけっていたが、卍部隊の仕組みとかいうやつについて考えていたのかもしれない。結局話が逸れて、その話はほとんどしなかったけれど。

「話長ぇけど、ちゃんと聞けよ。――卍部隊は知っての通り、秘密部隊だ。何でかっつーと、世間に知られたらまずいことやってるからだ」

「それが頭いじるってことですか」

 作之助は頷いた。

「そういうこと。で、記憶が無くなる。まあたまに一部分思い出したりするらしい」

 優太郎が記憶を取り戻した瞬間の事を思い出した。あの時の優太郎は、戸惑っているようにも、喜んでいるようにも、悲しんでいるようにも見えた。自分を思い出してくれたことが嬉しくて、胸が温かくなったのを覚えている。

「お、心当たりあるって顔してるな。あんのか、心当たり」

「無いです」

「嘘つけ」

 雫がふんっとそっぽを向くと、紫陽が「まあまあ」と言ってきた。

 心当たりがあると言ったらどうなるのだろう。自分がじゃなくて、優太郎が。優太郎は大丈夫だと言っていたけれど、この人の言い方だと何かあるみたいだ。何があるのだろう。怒られるで済むのか。いや、済まない気がする。そう考えると怖い。心当たりがないと言っておいて良かった。

「続けるぞ。死刑になる人で戦えそうなやつを選んで、まあいろいろ面倒な方法で頭をいじるわけなんだ。で、顔に卍と傷をつける。部隊のヤツだって分かりやすいからな。――まあ、こんなとこだろ」

 作之助は全て言い切ったような顔をしているが、雫にはまだ聞かないといけないことがあった。

「何でこんな部隊があるんですか」

「ん?」

「記憶消したりしなくたっていいじゃないですか。何でそんなことしなくちゃいけないんですか」

 作之助は頭をかいた。それから「言わなきゃだめか~」と呟いた。この飄々としたところに少し腹が立つ。

「普通の人ってさ、人を殺す時、その人の家族のこととか、その後自分は痛みを背負わないといけないのか、とかいろいろ考えるだろ? だけどな、それじゃあ駄目なんだ。人を殺すのが仕事のやつらがそんなんじゃ駄目だ。逆に相手に殺されちまう。それで考え出されたのが、この方法さ。感情を消して、何も考えなくする。そうしたらためらうことも無いだろってことだ」

 絶句した。

(ひどい)

 こんなのって、あんまりだ。優太郎や天泣をはじめ、全ての隊員がこんなひどいことをされたというのか。怒りを通り越して、逆に冷めてしまった。

「あなたは卍部隊の人を、なんだと思ってるんですか。人だと思ってるんですか」

 作之助と紫陽の顔が曇った。

「俺は――」

 答えに困っているのか。どうして? 答えに困るのはなぜ? 答えに困っているのに、どうしてそんなひどいことに加わっていられるの?

「だから二人は甘ちゃんなんですよォ」

 不意に神崎が口を開いた。作之助と紫陽が同時にそちらを向く。

「いいじゃないですかァ。人間いつか死ぬんです。早いか遅いかでしょう? だったら役に立ってから死んでもらった方がいいでしょう? 知ってますよォ。あなたたち、ワタシたち研究員の目の前でだけ、研究に協力してるフリしてるってことをねェ! 陰ではこっそり動いてるんでしょう? 部隊兵が誰かと会っても黙認してたりとかァ、死に損ないの手当したりとかァ、他にもねェ」

 神崎が気味悪く笑う。その笑いが恐ろしい。

(この人、狂ってる――)

 こんな狂っている人がいただなんて。こんな人にみんな動かされているだなんて。

「命令聞いてるだけまだいいですけど――。そういえば何年か前も、天泣が一般人と会ってるのも黙認してましたよねェ。そういや死んでましたっけェ、二人とも」

「テメッ」「博士!」

 きっと神崎のほうが、作之助と紫陽より偉いんだ。だから命令を聞かなくちゃいけないんだ。それでも二人とも抵抗してるってことだろうか。だから今神崎がわめいているってことだろうか。

「まあ、あなたたちは強いですからねェ。利用しがいありますゥ」

「この野郎っ!」

 殴られた神崎はひっくり返った。唇の端が切れて、少し血が出ている。

「暴力反対でーす」

「お前が言っても意味ねえよ」

 今にも飛びかかりそうな作之助の手を紫陽が掴む。

「……今は我慢しましょう。殴っても蹴っても、どうにもならないんです」

「チッ」

(何なの、この人たち)

 作之助と紫陽は『いい人』なのか『悪い人』なのか分からない。思い出せばそうだ。四年前に作之助と会った時、優太郎を死なせないと言った。その言葉の通り、優太郎は生きている。ちゃんと生きていて、また会えた。紫陽だってさっき助けに来てくれた。その時は自分がはねつけてしまったけれど。

「時間稼ぎの意味ありますゥ? 紅蓮が来るとでも?」

「来るさ」「来るわ」

 せせら笑う神崎に、二人はきっぱりと言った。その言葉にはっとする。

「まさかァ。あくまで彼は卍部隊ですよォ?」

「来るよ。優くんなら、絶対」

 言葉が飛び出た。

 優くんなら絶対来てくれる。今までそうだったもん。頼ってばっかでごめん。助けられてばっかりでごめん。助け合っているつもりだけど、やっぱり助けられていることの方が多いよね。でもね、期待しちゃうんだ。

「アハハハハハハハハハハハハッ!!!!! そんなことあるワケ」

「あるさ。お前は耳が悪いのか? ようく耳を澄ましてみろ」

「は?」

 神崎の高笑いが止まる。つられて雫も耳を澄ませた。

 部屋の外からだろうか。ばたばたと騒がしい。悲鳴と怒号と誰かが倒れる音が混ざって、非常に混乱している。

(まさか――)

 そのまさかだった。扉が開く。神崎の顔が驚愕に染まる。

「優くん!」

 そこにいたのは優太郎だった。あちこち傷が出来ていたが、しっかりと立っていた。

「雫っ!」



 時はほんの少しだけ戻る。

 紅蓮は基地にたどりつくと、研究室に向かって真っ直ぐに走っていこうとした。

「おい」

 が、邪魔が入った。

「お前何をしている」

 壱番隊の隊員だった。

「そちらに用があるなら、壱番隊隊長を通すのが筋だろう」

 そんなことやっていられない。

「どいてくれ」

 押しのける。

「おい、待て!」

 騒ぎが伝わったのか、紅蓮の行動が異常だったのか、周りに次第に部隊兵が集まってきた。

(邪魔するなよ。お前らに構っていられる余裕は無いんだ)

 駆け抜ける。わずかな隙間を瞬時に見つけて飛び込んでいく。

「何をしているんだ! 止めろ!」

 白衣を着た人物が叫んでいるのが横目に見えた。

(研究者!? なぜこんな時に)

 研究者の命令は隊員には絶対だ。数秒しないうちに、彼らは止めに掛かってくるだろう。

「斬ってでも止めろ!」

 誰も逆らわない。周りに刀の銀がちらつく。

 斬りかかってきた隊員の斬撃を避け、その肩を踏んで、思いっきり跳ねる。同時に抜刀。刀の上下を返して、峰打ちになるようにして、着地と同時に峰打ちを近くの隊員に喰らわせた。隊員がうめいた隙に駆け出す。追いつかれないように、早くたどり着けるように、全力で走る。

 そうしてようやく研究室の目前まで来た。

(やはりな……)

 そこには部隊兵が何人も何人もいた。壱番隊、弐番隊――。一筋縄でいかない相手ばかりだ。

「ここは通すなという命令だ」

 顔見知りが言った。返事は一言。

「そうか」

 斬りかかる。あっという間に混戦になる。

 軍帽が飛んだ。

 今倒すべき相手を見つけて、斬りつけたり、蹴飛ばしたり、最も効率の良い手段で倒していく。

 段々相手の数も減っていく。でも残っているのは手強い相手ばかりだ。

(しつこい!)

 殺していいのなら、もう少しばかり楽だ。でも、約束があるから、それはできない。約束を守らないと、合わせる顔が無い。

 気がつけば、あちこちに傷が出来ていた。血がシャツに滲んでいるのが視界の端に映った。

「紅蓮諦めろ!」

 壱番隊隊長が言った。それと同時に刃が横薙ぎに飛んでくる。

「断る!」

 かいくぐった。そのまま刀の柄を腹にたたき込む。こちらに倒れてくる前に回避。他の相手に剣先を向ける。

(あと一人!)

 一歩大きく飛び退き、斬撃を避ける。剣先が鼻をかすめる。相手が突いてくるのを刀で払い、手首を返して峰打ちを喰らわせる。が、力が足りなかったのか倒れない。ならばと蹴飛ばし、そのまま駆け出す。

 他の隊員が起きる前に行かないと、また戦わなくてはならなくなる。それは避けたい。

 幸い扉にたどり着くまで、誰も追いかけてこなかった。

 扉を開けると、廊下が続いていた。やはり見張りの者が立っている。見張りの者は、こちらの姿を認めると、怒号を上げて駆けてきた。刀の軌道を正確に読んで、正確に対処する。

 研究員が素手で向かってきたが、こちらは一度刀を振るうだけで、悲鳴を上げて崩れた。

 研究所の取手を回す。扉は紅蓮に逆らうことなく、すんなりと開いた。

 いた。ちゃんといた。良かった、間に合った。

「雫っ!」

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