第二章 壱
紫陽は静かに作之助の部屋の扉を叩いた。
「隊長、今入ってもいいですか」
「おう、いいぞ」
案の定、作之助の声は不機嫌そうである。扉を開けると、やはり不機嫌な顔をした作之助が部屋の整理をしていた。
「手伝いましょうか?」
「あ? いいよ、気にすんな」
「そうですか」
(手伝った方が良い状況にしか見えないです。でも気にすんなって言われちゃったわ)
「迷惑な話だよな、部屋勝手にあさるとか」
「神崎博士ですか」
ほんの数日前、神崎が部屋に入ってきて部屋を荒らしだしたという。「怪しいことしてないか確かめる」と言っていたそうだ。ちなみにその時作之助は部屋を追い出されて、相当迷惑していた。
「ったく神崎のヤツ……。荒らしたなら戻せよな。そもそも荒らすなって。ああ、隊員たちの資料も荒らされてる。ったく、ふざけんな神崎」
「やっぱり手伝いましょうか?」
「すまん、やっぱ頼む」
作之助がはあ、とため息をついた。
「隊員たちの資料、あちこちに落ちてるから、拾ってくんねーか」
「分かりました」
床に目を落とすと、手帳や紙束に紛れて、隊員の名前が書かれた封筒がいくつも落ちていた。それを一つ一つ拾っていく。
(あ、紅蓮の資料だわ、これ)
その封筒には確かに『紅蓮』と記してある。その文字を見た瞬間、紅蓮と雫の顔が浮かんだ。中身を見たいという衝動が突き上げてくる。きっと『生前』の欄に雫の名前が書いてあるはずだ。
少しの間迷って、見ないまま封筒の山に、そっと重ねた。
(今は、見ない方がいいわね)
作之助の目の前という事もある。でもそれより、本当の事を知らない方がいい、と思った方が強かった。知ったらどうなってしまうのだろう。自分のあの二人に対する態度が変わってしまうのだろうか。
(馬鹿ね、怖がってるなんて)
真実を知って何かが変わるわけではないのに。
「どうした、紫陽? お前仕事あるのに無理してるわけじゃないよな?」
「いえ、違います」
「ああ、そうか? ……ん、紅蓮?」
「あっ」
ひょい、と作之助が封筒を手に取った。
「お前、これを気にしてたのか」
「そういう訳じゃ」
「まあ、どっちでもいいさ。そうだ、お前知ってるか?」
「何をですか」
突然の質問に思わず瞬きする。嫌な予感が胸をよぎる。
「お前がよく行く店の店主のガキと、ウチの紅蓮、幼なじみだったんだとよ」
「……!」
つぅと冷や汗が流れた。まさか知っていたなんて。
「お、知ってたみたいな顔してんな?」
作之助はにやっと笑うと、「知ってたなら言えよな」と言った。「すみません」とは言ったものの、作之助の一言が信じられずにいる。もちろん、雫と紅蓮の関係が予想ではなく本物だった事にも衝撃を受けた。だが、作之助がそれを知っていたことに、何食わぬ顔でそれを告げたことにより衝撃を受けた。
「か、神崎博士には知られてませんよね……?」
声が震えた。
「今のとこな。神崎を始め、研究者どもは誰も知らねーよ」
思わずほっと息をついた。良かった、知られていなくて。
「隊長はいつから気がついて?」
「あ? ほら、前の侵入野郎が雫だっけ、を人質にとっただろ。その時に雫が紅蓮を『優くん』って呼んだらしいんだ。そいで気になって調べたワケだ」
「そう、なんですか」
自分よりもずっと早く気がついていた。ずっと早く真実を知っていた。怖がったりせずに、真実に向き合っていただなんて。
「ほら、見てみ」
「……はい」
作之助には敵わないな、と思う。いくら尊敬しても足りない。足りない部分が多すぎて、本当にどうしようもない。だから、この人についていきたい、と思うのだろうけれど。
封筒から資料を取り出して、こわごわ紙を見る。一枚目は表紙で、神崎と作之助と、あともういくつか上の人間の印が押されている。次が、問題の二枚目。ゆっくりと文字を追う。
「隊長」
「あ?」
「紅蓮は、こんな理由でここにいるんですね」
作之助は一瞬紫陽の目を見た後、片付けを再開した。落ちた手帳を拾いながら口を開く。
「そうさ。運の無いやつだよ。部隊の人数が不足していた時期だったからな、神崎らが無理矢理連れていっちまった」
その理由は、あまりにも辛すぎる。これをたった十三歳の子どもが体験したことだと思うと、胸が締め付けられた。
「他にもいるんですよね、こういう人」
「まあな。弐番隊の千歳なんかもそうだな。ほら、足が速ぇやつ」
千歳とは面識がある。男なのにどこか女らしい雰囲気があって、彼が部隊に来てすぐは何かと世話を焼こうとしたものだ。だが、全てはね返されて落ち込んだのを覚えている。
(私って、隊員のこと知らなすぎだわ)
自分はもっと隊員の事を知らないといけないかもしれない。知るのは怖いけれど、手が震えるほど怖いけれど、それはきっと隊員のためになるはず。
「隊長、書類をお借りしても良いですか?」
「いいけど……、夜はこの部屋に置けよ」
「ありがとうございます」
「おう」
しばらくの間、無言で片付けを手伝った。作之助は時折、「こいつはいっそ分かりやすいところに置いておくか?」とか「こいつはしまっちまおう」などと呟く以外には、ほとんど何も話さなかった。
そろそろ隊務に戻ろうと、作之助に声をかけ、立ち上がった時。
「なあ、紅蓮と天泣、変わったところ無いか?」
作之助が唐突に聞いてきた。その瞳はどこか不安そうで。
「明るくなったと思います、二人とも」
「そうか。なら、いい。ありがとよ」
「いえ」
紫陽は一度礼をすると、部屋を出た。
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