なぞなぞおじさんの主張

「パンはパンでも食べられないパンは何でしょう!」

「あっ、オレ知ってるよ、フライパン!」

「何だよ、オレだって知ってたのに」

「オレも知ってる! あと、腐ったパン!」

「何だよ、腐ってたら食べられないの、当たり前だろ」

「そうだよ、全然なぞなぞじゃないじゃん」


 数人の男子小学生たちが大騒ぎしながら、下校している。


 どうやら、その一人が図書館でなぞなぞの本を借り、答えを言い合っているところらしい。


 と、腐ったパンは食べられるか否かの議論を打ち破り、本を持った男の子が、


「じゃあ、次のなぞなぞ行くぞ! えっと――」


 言い合いをしていた男子たちが、問題を聞き逃すまいと口を閉じる。そのときだった。



「お互いの理想は同じなのに、互いに憎み合ってる人たち、だーれだ?」



 小学生男子たちの前に、一人の男が立ちはだかった。


 頭のシルクハットにクエスチョンマーク、胸にもマントにもクエスチョンマーク、そしてその両ほほにまでクエスチョンマークのペイントを施した男だ。


「お、おじさんは……」

「おっと、自己紹介がまだだったね? 僕はなぞなぞおじさん。なぞなぞが好きなみんなの前に現れる、なぞなぞ好きのおじさんだよ!」

「なぞなぞおじさん……?」

「そうだ。――ところで、おじさんのなぞなぞ、わかる子はいるかな? お互いの理想は同じなのに、互いを憎み合ってるんだ。ヒントは、答えはひとつじゃないってことかな。さ、わかった子は手を上げて!」


 子供達は顔を見合わせた。その一人がおずおずと、


「えっと、……学校の先生と生徒、とか?」

「おっ、その心は?」

「うーんと、先生から宿題を出されるとオレたちもヤダし、オレたちがやらないと先生も怒るけど、先生もオレたちのためを思って宿題出してるから」


 その答えに、なぞなぞおじさんはにっこりと微笑んだ。


「ふうむ、君は偉いね。嫌な宿題も、先生が君のためを思って出してくれているって、ちゃんとわかってるんだね」

「……って、お母さんが言ってた」

「そうか、お母さんが言ってたのか」


 なぞなぞおじさんは何度も頷き、それからおもむろに両手を頭の上で交差させ、


「ブッブー! 不正解です!」

「えっ」

「何だよ、当たってたんじゃないのかよ!」


 非難の嵐を受けて、なぞなぞおじさんは、


「いかにも素晴らしい考えだが、残念ながらなぞなぞは不正解だ。なぜなら、君は宿題が嫌だと思っても、先生を憎んだりはしていないだろう?」

「まあ、それは……」

「じゃ、正解は何なのさ」

「そうだよ、答えは?」


 不満顔の子供たちに、なぞなぞおじさんはごほん、とひとつ咳払いをした。そして、


「ヒントとして言ったように、このなぞなぞの答えはひとつではない」

「何でもいいから早く言ってよ」

「そうだ、早く教えろよ」

「まあ、そう急かないでくれたまえ」


 なぞなぞおじさんは微笑み、それから真面目な顔をして、


「そのひとつの答えは――環境保護団体と趣味の釣り人だ」

「かんきょうほご……?」

「いかにも。例えば、海。環境保護団体の理想は、美しく豊かな海を取り戻すことである。彼らは命の息づく海を愛しているのだ」


 なぞなぞおじさんは重おもしく頷いた。そして、


「一方の、趣味の釣り人。彼らは魚をその手で釣りあげることを至上の喜びとしている。その目的は食べるため、キャッチアンドリリースなどさまざまだが、だからこそ、彼らは海が豊かになることを望んでいる。昔のように、たくさんの魚が釣れるようになればいいと願っている。彼らもまた、命の息づく海を愛しているのだ。つまり、環境保護団体と釣り人の理想は同じ。けれど……」


 なぞなぞおじさんはその顔を曇らせた。


「環境保護団体は魚を釣り上げ、食べる釣り人を憎んでいる。食べるという行為は、彼らの目に命への冒涜と映るのだろう。また、釣り人は釣り人で、食べるために釣ることが野蛮だと罵られ、怒っている。環境保護団体を憎んでいるんだ」

「えっと、なぞなぞおじさん……?」

「しかし! 僕はいま、ここで声を大にしてこう言いたい! 海から命をもらう釣り人だからこそ、海の環境回復を願う気持ちは誰よりも強いのだ、と。大体、釣り人がたまの休日に何匹か魚を釣ることがなんだというのだ? 漁船の網漁で根こそぎ魚をとり、売れない雑魚は捨ててしまうほうが問題ではないのか? そして、スーパーマーケットに並ぶ魚を、その背景に海を想像することもなくぼんやりと買っていく人々に本当の問題が隠されてはいないか? 個人の魚釣りブログに『魚を殺すなんて残酷だと思います!』なんて書く暇があるなら、少しでもお互いのことをわかりあおうじゃないか、理想が同じであるということを確かめ合おうじゃないか! 美しく豊かな海を、我々の手でとり戻そうじゃないか!」


 こぶしを天に突き上げるようにすると、なぞなぞおじさんは感極まったように声を詰まらせた。そして、しばらくそうしたあと、ゆっくりと小学生たちを振り向く。


「……やあ、つい熱くなってしまったね、申し訳ない。というわけで、答えは環境保護団体と釣り人、もしくは森林保護団体と猟師など、だ。猟師とて、山が豊かになってほしいという気持ちは同じなのだ、それを個人の猟師ブログに『動物を殺すなんて残酷だと思います!』なんて書く暇があるのなら――」


「――小学生相手に怒鳴っている男がいるという通報があったが、それはあなたのことですかね?」


 不意になぞなぞおじさんの腕をがっしりとした手が掴んだ。警察だ。


「なっ? 警察がなぜ?」

「だから、通報があったんですよ――ちょっと署まで来てもらいましょうか」

「い、いや、離してくれ、怒鳴ってるだなんて、そうじゃないんだ、僕はこの子たちになぞなぞを出していただけで……」

「いいから、抵抗してもいいことないですよ」


 警官に諭され、なぞなぞおじさんは交番のほうへと連れ去られていく。


「……なんか、何だったんだろうな」


 なぞなぞの本を開いたままの男子がつぶやいた。


「あれ、ほんとになぞなぞだったか?」

「なぞなぞじゃ、ないよね」


 もう一人が言い、そのまたもう一人が、


「うん、あの人、自分をなぞなぞ好きのおじさんだって言ってたけど、うそだよね」

「だよね」


 男子はうなずくと、


「あれはなぞなぞ好きじゃなくて、釣りが好きなおじさんでしょ」


 そう鋭く本質をつくと、彼らはほんの少し重い足取りで、おじさんが連れ去られた方角とは逆に歩き出した。


 楽しかったはずのなぞなぞは、もう誰の口からも出ることはなかった。

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