サナギの唄

 あまり知られていないことかもしれないが、サナギは己が何者であるのかを知らない。彼らに幼虫だった頃の記憶はない。また、最終的に蝶になるのか蛾になるのか、そんなことすら彼らは知らない。


 いま、変態中のサナギの中身はグチャグチャドロドロの汁。そこに思考が宿っていることが、不思議なくらいだ。


 しかし、サナギは考えている。俺は一体何なのか。


 日々進化している気はするが、手足もないし、口もない。ポケーッとどこか――考えてみればここがどこなのかすら、俺は知らない!――にくっついて、無為な日々を送るだけだ。


 俺は一体何なのだろうか。


 こうしている間にも、体中がむずがゆく、どうにか動きたいような気もする。しかし、どうも動けない。


 そのうちに、背中が涼しくなった。と、同時に夢から覚めたように、意識が覚醒していく。


 俺はさっきまで、自分でも正体のわからないだった。だというのに、いまは背中の羽が、細い足が、丸まった口吻が――そう、己が蝶であることを当たり前のことのように意識する。


 俺は、蝶だった。


 感動のようなものが胸を熱くした。


 待ちかねていたこの瞬間。湿った羽が徐々に乾き、大空へと飛び立つ瞬間が、急に待ち遠しくなる。空へ、空へ。あと少し、あとほんの少しで。



 切ないほどの本能がこみ上げる蝶は、ある事実を知らなかった。


 それは、彼が羽化した場所は飼育箱の中であり、その持ち主も彼と同じように、その羽が乾くのを、いまかいまかと待ち焦がれているということだった――――銀色の虫ピンを片手に持って。

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