なぜ人を殺してはいけないのですか?

 キリスト教の最高指導者であるローマ教皇。その教皇がおわすバチカン宮殿は、光に溢れた宮殿だった。


 キリストの復活を表した彫刻や壁画、ステンドグラスに十字架。それらの歴史ある品は、聖なる宮殿をさらに美しく際立たせ、満ちる空気をも清浄にした。


 ここは聖域だった。神を信じるものだけが、この空気の中に存在できるのだ。このいつにもまして静寂に満ちた宮殿に。


 しかし、その聖域に何者かが入り込んだ。満ちていた光が心なしか翳り、その足音は胸に刺さるように響いた。教皇が振り返ると、そこには一人の少年が立っていた。従者マルコ。神学校の生徒で、宮殿に入ることを許可された数少ない人間――であるはずだった。


 教皇はその姿を一目見て、彼がもう彼ではないことを悟った。聖なる光は彼に吸い込まれ、彫刻のキリストの顔が曇った。


 その純粋な瞳に邪を探して、教皇は目を凝らした。しかし、それは見つからなかった。それどころか、彼の瞳は純粋すぎるほど純粋に教皇を見返してくるのだった。


 教皇は、彼が何者であるかを悟った。理解を待っていたように、少年は口を開いた。


「教皇さま、伺いたいことがあります」


 教皇は軽くうなずいた。そうすることで、先を促した。彼が聖域に入り込んでしまった以上、逃れる術はないのだと知っていた。


「教皇さま」


 すると、少年は天使のような微笑みを浮かべた。


「なぜ、人を殺してはいけないのですか」


 その衣は朱に染まり、手には衛兵の生首があった。こんなにも今日の日が静寂に満ちているのは、彼がバチカンを手に入れたからに違いなかった。


「教えて下さい」


 少年が近づいてくる。ポタリ、血の滴が石の床を汚していく。けれど、教皇は決して口を開こうとはしなかった。


 古来より、悪魔に対抗する術は、神への信仰心だけと決まっている。教皇はその場にひざまずき、神への祝福を唱え始めた。

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