「世界には、手の届かないものがあって」
「にゃははははは。口ほどにもないにゃ、サーシャ。魂の声を失って、そこで絶望に立ちつくすがいい!」
「……あの、大丈夫ですか、喧嘩なら」
「控えよ、そこな少年。我らに手を出そうと無駄なことにゃ。そいつは魔法少女で、大切なものを守れずに魔力を失ったのだからにゃ」
「魔法少女……サーシャ……?」
「我は、この街から色彩を奪いとった! 見よ、血濡れの朱から解きはなたれた鳥居を、今まさに打ち上がっていく大輪の花火を。調和に充ちた白黒の世界が今ここに成立したにゃ!」
「え。……花火が……」
「にゃはぁ、少年。お主、そういうことかにゃ」
「……白黒の……花火なんて……」
「お主、元よりモノクロームの住人にゃ。ならば喜ぶがいい。
闇夜の空に咲き散っていく可憐な花が、リチウムやナトリウムの炎色反応に侵されていいものか。いや、いくにゃい。お主が見つづけてきた彩りのない世界こそ、この街の者どもが目にするべき日常となったのだ!」
「…………」
「どうした。もうお主は、周囲に溢れる色彩を妬む必要はないと、そう言っているにゃ」
「お姉さんは……何者ですか?」
「よくぞ聞いた。我は、魔物を従えるラスボスより強い裏ボスを陰で操っていた、魔王プリンセスしずしず……にゃ!」
「魔王……そういうのテレビで見たことあります。コスプレイヤーって言うんですよね」
「ぴゃっ。……我をコスプレなる偽物と嘲笑うということは、そこで絶望に立ちつくす魔法少女サーシャも嘲笑うということ。それでもいいにゃ?」
「ぁ、それは……」
「にゃはぁ、観念したなら。その身をしずしずに委ねるにゃはっはっはにゃぁ」
「……
「はん、変質者呼ばわりとは良い度胸にゃあ。ちなみに、名塚とかいうおせっかい探偵は、そこの石階段から蹴落としておいたにゃ。今頃は転げ転がりおちて、奈落の底にゃ」
「……っ!」
「じきに我が為したことの偉大さを、身に沁みて感じることになるにゃ。
その時はいつでも、魔王プリンセスしずしずの名を呼べば迎えいれようぞ、少年。その日まで、さらば……にゃっ」
「…………」
「…………」
「……消えた……」
「……」
「あの、サーシャさん、ですよね」
「……」
「僕は」
「……こっちに来るナ」
「ぇ」
「あのクズ魔王の言うとおり、サーシャが守りたかった
「つかぬことをお伺いします。……サーシャさんは、本当に魔法少女なんですか?」
「この背中は、本物には見えまセンカ?」
「……すみません、僕には正直分かりません。でもサーシャさんは間違いなく、僕の友達の憧れの人だと思います」
「ナゼ」
「その左手を逆手にした杖の持ち方、友達も箒でチャンバラするとき同じように持つんです。たぶん憧れて……」
「ソウカ」
「貴方は、だから貴方の魔法は、異国から来た友達の心の支えに」
「……そんなことのために、サーシャは魔法少女になってのではないデス」
「そんなこと、なんてことはないです。友達は、大好きなアニメに憧れて日本に来て、でもアニメみたいなことは起きない日本に馴染めなくて……え、名塚さんから電話?」
『けほっ。こほっ。どうも、名塚
「今どこにいらっしゃいますか。待ち合わせの宮神社に来てくれなくて、すごい心配していました。大丈夫ですか……!」
『いやぁ、わりとダメっぽい。魔王? プリンセス? とかいう名乗りから矛盾してるのに、やーらーれーたー。なんかわりと本気で蹴られて、頭いたい……』
「ほ、本当ですか」
『マジで、マジで。なんか見上げた花火もモノクロームだし、俺もうダメなのでは』
「名塚さん。周りを見渡してみてください。なにか色は見えますか。朱鷺色とか、鶯色とか」
『相変わらず色名よく知ってるなぁ。うーん、夜だからちゃんとは見えてないけど、うーむ、これは俺も色見えなくなったっぽい』
「そんな」
『これで
「名塚さん……!」
『頭いっつ。あ、電池切れそ』
「名塚さん! もしもし、もしもし」
「…………」
「……魔法少女サーシャさん」
「ナニ」
「本当に、伊宮の人たちから、色彩が奪われてしまったのでしょうか」
「そう言ってイル」
「疑ってごめんなさい。だから、伊宮の色彩を、あの魔王から取り戻してはいただけないでしょうか」
「もうサーシャには無理なのデス」
「お願いします。僕も、できることは何だって手伝います」
「そこまでいうなら、アナタが魔法少女になればイイ」
「僕は、少女ではありません……」
「……なぜこちら側の願いを口にするのデスカ。たとえ伊宮に色彩を取り戻したところで、色盲のアナタには少しの恩恵もないでショウ」
「そんなこと、ないです。そんなことはないですから。
最近、オーケストラを観にいくんです。僕に音楽はさっぱり分からないけれど、指揮者からヴァイオリンやフルートやホルンにさっと伝わって、やがて周りの観客に広がっていく様子を感じていると、だんだん好きになれる気がして。そういうことを、ここの奉納舞に教えてもらったんです。……だから色彩についても、きっとそうだと思うんです。僕、色名辞典を毎日読んでいて」
「惨めデスネ。本物に手は届かないと知りナガラ、それでもクラスで話を合わせるためだけに、報われない努力をするトハ。分かりまシタ。これが本当にサーシャ最後の魔法デス。
ぜんぶ嘘にしてあげマス。この世界には初めから色彩なんてものはなくて、みんな空気を読んでそういう幻を創りあげているだけデス。分かりマスカ。これからも、アナタの周りの人は色彩という概念が在るように振る舞うでしょうが、それは嘘デス。アナタが感じている欠けた世界は、みんなと同じ欠けた世界。……そういうことに、してあげまショウ」
「そうじゃなくて……、僕は」
「これでも不満デスカ」
「それは、確かめようがないということでしょうか」
「……そうデス。魔法とは、そういうものデス」
「世界には、手の届かないものがあって。僕にとっては……亡くなった爺様の演奏がそうで、たぶん友達にとっての魔法もそうです」
「いかな魔法少女デモ。死者は生き返らせられまセン」
「分かっています。それは理解しております。でも、色彩を、取り戻すことは」
「だから、無理なのデス! ……聞いてのとおり、魔法少女の声が汚れてしまいマシタ。もう魔法を詠ずることはできまセン」
「汚れた……って」
「聞いてのとおり、低くガラガラになっているデショウ」
「僕には、澄んで聞こえます」
「ハ? この枯れた声のドコガ」
「……実のところ、僕は人の声の区別があまり付きません。たぶん、どんな声も澄んで聞こえるんです。
でも、僕の友達のアレクが聞いても。綺麗な声だって、そう言う気がします」
「何ヲ。。。そんなこと、アナタには分からないハズ」
「分かります。友達ですから」
「そんなこと親友だからって、言いきれるはずがナイ。適当な嘘ヲ」
「嘘じゃないです。アレクは故郷で少年合唱団やってたから、人の声をお世辞で褒めたりしません」
「自分には分からないクセニ。友達が分かることは分かるって、そんなことはありえナイ」
「たしかに普通なら、ありえないかもしれないけれど。でも色彩を奪いとる魔王がいて、そういうものと戦ってきた魔法少女がいて、だったら友情もそういう魔法なのかもしれないって、そんな気がするんです」
「…………!」
「お願いします。どうか、お願いいたします」
「フハハ。本当にもう、しかたのない人デスネ……。
ちょっくら魔王を倒しに行ってきマス。こんな引き際を間違えた外伝エピソードまでさせて、やっぱり魔法を詠じられなかったら責任を取ってくだサイ」
「ありがとう、ございます。僕の大切な人たちの、大切な彩りを守ってくれて。
それから僕にも感じとれるものが、僕にしか感じとれないナニカがあるかもしれないって、そう教えてくれて」
「アナタの友達にも、よろしくデス」
「……アレクはもう日本を発ったかもしれなくて、また会えるかどうか」
「友情が魔法なら、伝わるはずですカラ」
「そういうものでしょうか」
「そうだったデショウ」
「そう、ですね」
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