TRACK 09;立ち向かう者達、其の三

 署に戻り、昔の事件簿を漁った。

 調べ終えた後、僕は机に腰を落として呆然とした。…怪しい探偵事務所を調査するつもりが安本さんの過去を知り、それどころではなくなった。


(僕は……。警察とは……?)


 一哉君が巻き込まれた事件を担当した時、警察と法の存在を疑った。強引な調査を行う安田先輩に疑問を持った事ではない。一哉君のお母さんを、何故あの当時で助ける事が出来なかったのか?それが悔しくて仕方なかった。

 性的な暴力事件は、親告罪として扱われる。勿論それは、被害者である女性を気遣っての事なのだけど、その制度の為にダンマリを決める人も多い。例え裁判になったとしても、途中で放棄する被害者も少なくない。余りにも無神経な裁判に大概の女性が辱めを覚えるのだ。実刑に至ったとしても、被害者の傷と加害者に与えた罰が吊りあわない。加害者の多くは数年で社会復帰し、被害者である女性はその辛い過去を、一生背負って生きて行くのだ。一哉君のお母さんは、子供の代までその恨みを消す事が出来なかった。


『法の平等とは…一体何だ?』


 安本さんの言葉が胸に突き刺さる。




『先輩、調べたい事があるんですけど……。』


 鈴木さんに関する資料を調べる際、安田先輩の協力を得た。


『!?…出所しているのか……?』


 鈴木さんを絞殺した犯人は去年、刑期を終えて社会に出ていた。そんなはずがない。前科もある犯罪者が、刑務中に殺人を犯したのだ。それなのに、もう出所とは……。


(安本さんは知っているのか?)


 あの人が、この事実を知らない事を願った。

 鈴木さんを悪者にした暴力団も別件で警察の世話になり、解散に追いやられていた。だから鈴木さんが刑を受けるに至った事件に関しても、警察や裁判所は無関心、無着手のままで終わっている。


(余りにも不平等だ!この社会は……余りにも……!)


『この事件の犯人が、どうかしたのか?』


 側にいた安田先輩が、落ち込む僕の姿を気に掛けた。


『先輩…。…僕らは一体……警察とは…法とは一体…』


 先輩は話を聞き、いつもの険しい表情を更に険しくした。


『それが……今の社会だ。』

『……………。』

『………。やってられねえよな?』


 僕は黙り込み、先輩は部屋から出て行った。

 先輩も今の社会のルールが嫌いだ。そして先輩は、時として無茶をする。一昔の刑事がしていたような取調べをしたり、脅迫にも近いやり方で事情聴取をしたりもする。でも、その乱暴な態度は犯人に徹底した裁きを与える為のものだ。犯した罪に白を切って反省の色も見せない犯人達が許せないのだ。…先輩は、法と正義がどうあるべきかを知っている。正義の為に法を蔑ろにしてやり過ぎる事もあるけど、(何か…やっぱり安本さんとそっくりだ。)間違った事を働く人ではない。




「佐藤。出掛けるぞ?」

「?出掛けるって、何処にですか?」

「決まってるだろ?お前の苦しみを、少しは楽にしてやる。俺も楽になりたい。」

「?」


 数十分後、今度は先輩が僕を何処かに誘った。助手席に座らせ、管轄でもない遠い地域へと車を走らせ始めた。



「!?誰だ!?お前達は!?」

「警察だ!お前ら全員、そこを動くな!」

「警察!?礼状は持って来たのか!?いくら刑事だからって、勝手な事はさ…」

『ドカッ!』


 とある雑居ビルの一室に取り調べ……いや、殴り込み……


(………。)


 いやいや、取調べに向かった。怒鳴る男を殴りつけ、周りにいる人達の動きを、腰から取り出した銃で止めた。



「馬鹿野郎!!どうして連絡を待てない!?」

「………遅かったじゃねえか?」


 僕は腰を抜かした。何が何だか分からなかった。そんな僕の背中で大声が聞こえた。僕らと似た格好の人達が現れて、その内の1人が先輩に怒鳴り散らした。

 先輩が、この一室で悪事を働く麻薬密売組織を検挙した。大きな暴力団が後ろに控える組織で、一員には、鈴木さんを殺した犯人が混じっていた。


「これで……少しは気持ちが晴れたか?」


 それだけ言うと先輩は去って行った。


「君は…あいつの後輩か?相変わらず無茶をする奴だ。」

「………。」

「正義を貫く為なら、命を捨てても構わないと思っている。…それが心配だ。」

「佐藤!何をグズグズしてる!?俺達がここにいちゃ不味い。さっさと帰るぞ!?」

「えっ?あっ、はい!」

「安田の面倒、頼んだぞ?」

「………。」


 先輩は以前から、鈴木さんを殺めた犯人が所属する組織を知っていた。怒鳴った人は、先輩と同期の方だった。この地区が管轄で、なかなか尻尾を見せない組織に頭を悩ませていたと言う。

 先輩は同期の方を叱り、強行突破を勧めていたらしい。だけどそんな事が出来る人なんて、今の警察の中にはいない。いるとすれば安田先輩だ。そんな先輩が僕の話を聞いて、我慢の限界を感じたのだ。


『礼状を持って来いだと?』

『今から殴り込みに行く。俺を助けたかったら、どんな理由でも良いから礼状を持って来い。』


 ビルに向かう車の中で、先輩が誰かと電話で話していた。相手は先輩を怒鳴り、心配している同期の方だったのだ。まさか、向かっている先が例の犯人がいる組織だと思わなかった。そして…


(やっぱり……殴り込みで正しかったんだ………。)


 同期の方はこの殴り込み(………。はぁ……。)騒動の収拾に必死になった。これまでの聞き込みや取り調べ資料の中から立ち入り調査(いや、殴り込みだ。)に踏み込める資料を漁り、無理から作った礼状を片手に先輩の後を追って来た。




 それから数ヶ月が過ぎた。先輩が検挙した事件は見事に解決し、鈴木さんを殺めた犯人は、もう1度刑務所に戻った。

 後ろに控える暴力団は動かなかった。安田先輩は有名な刑事だ。誰からも恐れられている。助けようものなら、次に目を付けられるのは自分達だと思った彼らは組織を捨てたのだ。


『腹立たしい事に、法は平等じゃねえ。それを利用して社会を、金や権力、暴力で変えてしまった奴らがいる。そいつらが作ったルールが、今の社会のルールだ。そんな間違いだらけのルールの中で、俺達警察だけが規定や規則を守ってるのが気に入らねえ。』


 殴り込み(………。)の帰り、車の中で聞いた先輩の言葉だ。安本さんも同じ考えを持っている。警察か否かが違うだけで、やはり2人は似た者同士だ。


(………。)


 そして僕は…そんな2人を尊敬している。


(2人は間違いなく、僕の……)

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