TRACK 03; 祈る男の事情
『長谷川さんとお会いしたのは、体育会系サークルのコンパででした。まさかミスコンの優勝者だなんて、知りもしなかったです。』
昨日、神社で金本と長谷川の関係を尋ねた。
力士に見えた金本は、ラグビー部に所属していた男だ。ミスコンにもコンパにも関心がないけど、2回生の夏、先輩に腕を掴れてコンパの場に足を運んだ。
そして奈緒美ちゃんと出会った。
『とても綺麗な人です。バスケ部のマネージャーをしてると聞きましたが、僕には勉強しか知らない人に見えました。知的な顔つきをしていて…運動に関心がある人には見えませんでした。』
出会ったと言っても、大規模なコンパでは1対1の会話は出来なかったそうだ。声を掛ける勇気もなくて、奈緒美ちゃんの周りは、既に男連中でいっぱいだった。
『それから、彼女がミスコンに出る度に応援していました。』
『やる事やってんじゃねえか?』
『……。ただ純粋に、応援がしたかったんです。それだけです。』
そこから金本は学園祭の度にミスコン会場に足を運び、奈緒美ちゃんを応援していたそうだ。そこで会話も交わし、握手をした事もあると言う。立候補者は演説をした後、応援してくれる人にお礼をして回る事になっているからだ。
つまり金本がこの4年間で奈緒美ちゃんと言葉を交わしたのは…たったの3回。しかも大勢との握手の中での事…。個人的な会話なんて、これっぽっちも交わした事がない。あいつが奈緒美ちゃんの事をよく知っているのは、校内で配布される新聞やフリーペーパーであの子の特集が載せられたからだ。
(妄想だ…。記事を読んだだけで、たった3回の握手で、あいつは奈緒美ちゃんと知り合いになったと勘違いしてやがる。何処まで愚かで…寂しい男なんだ…!)
「そんな女を相手に、毎日神社に通ってるってのか?」
事務所に戻る相棒の中で、健二に2人の事情を説明した。
「違う…。それだけじゃねえ。」
奈緒美ちゃんは酷い頭痛を起こした。俺が、頭の隅々までを覗いたからだ。
「奈緒美ちゃんの記憶に、金本の姿はなかった。あの子は金本の事を知らねえんだ。」
「?はっ?」
「勘違いしてんだ。金本は、既に知り合いだと思ってる。」
「つまり長谷川からすりゃ、赤の他人が自分の将来を心配してる…って事か?」
「……。そう言う事だ。」
「………。そりゃ…実にもならねえ話だな?」
「金本には内緒にしとけよ?言うとあいつが傷つく。」
「話しゃしねえよ。」
「それと、あの子を狙うのは止めとけ。」
「!?やっぱり、彼氏がいんのか?」
「………。健二、バックミラーで自分の顔を覗け。理由が分かるはずだ。」
「???…………!」
「また藤井の親父の世話になりてえのか?」
「!この野郎!!」
相棒を停めて、勘違いしているもう1人の男と口喧嘩する事1時間。その後、俺達は事務所に戻った。
「おっ?2人揃って出勤か?珍しいな?」
「…………。」
「…………。」
先に事務所に来ていた千尋が声を掛けるけど、不貞腐れたまま席に着いた。
やがて退勤時間が過ぎ、訓練の時間になった。だけど健二は先に席を立ち、何も言わずに扉に向かった。
「どうした?今日は訓練しないのか?」
「気が乗らねえ。邪魔も入るし…。当分はお預けだ。」
「……邪魔?」
声を掛けた弘之に、それだけを言い残して扉を閉めた。
「どうしたんだい?また、喧嘩でもしたのかい?」
「俺、やっぱりあいつが嫌いだ。」
「…………。20年以上も聞き続けてる言葉だ。どうせまた、下らない理由なんだろ?」
拓司が、訓練をしない理由を尋ねるけど喧嘩の理由は尋ねない。
「拓司。ちょっと付き合ってくれ。」
健二が事務所を出てから数分後、拓司を誘って神社に向かった。
「???何か…変な空気を感じるね?」
「おっ!お前にも分かるか?これが訓練の邪魔をしてる理由だ。」
神社に到着すると、拓司が早速念波に干渉された。金本が、賽銭箱の前でお祈りをしているのだ。
「頼みてえ事があるんだ。」
「?何だい?」
「…………。」
触れなければ分からないと言う弱点はあるものの、拓司のサイコメトリーは俺のテレパシーよりも正確な情報を手に入れる。
…どうしても確認したい事がある。俺はお祈りが終わるのを待った後、金本に声を掛けた。
「あれっ?あなたは昨日の…。」
「また会ったな?本当にお祈りしてんのか、確かめに来た。」
「…………。長谷川さんのためです。途中で投げ出す事はしません。」
「………。そうか…。こいつは、友達の拓司ってんだ。」
「初めまして。お話は、幸雄から聞いたよ。」
拓司が金本と握手を交わす。
「!!」
すると拓司の手が、静電気に触れたかのように反応した。
「どうだった?あいつやっぱり、奈緒美ちゃんと知り合いだと思ってるか?」
「………。分からない。とにかく、物凄い思念に手が痺れた。長谷川さんの顔も知れたし、どんな人なのかも大体分かった。彼が…彼女を美化していなければの話だけど…。」
「で?」
「でもそれだけだ。知り合いと思ってるかは分からなかった。それよりも彼女を想う気持ちが強過ぎて…握手だけじゃ時間が足りなかったよ。」
「……。そうか…。」
結局、拓司でも金本の認識は読み取れなかった。とにかく、奈緒美ちゃんに対する想いが強いと言う事だけが分かった。
「良いんじゃないのかい?多分そこは、重要なポイントじゃないよ。」
腑に落ちない顔の俺に、拓司がそう切り出す。
「大切なとこだろ?金本は、一体何の為に神社に通ってんだ?毎日だぞ!?奈緒美ちゃんから、ありがとうの一言ぐらい聞きてえだろ?」
「…………。」
「惨めな奴だ。あいつは、たった3回の握手で知り合いだと思ってる。その勘違いだけで、ずっと神社に通ってんだぞ?」
「だから…そこは重要なポイントじゃないんだってば。」
「何でだよ!?」
「………。君には、まだ分からないんだ。」
「…何が!?」
「彼の気持ちだよ。金本君は勘違いしてると思うけど、それと神社に通うのは別だ。彼はきっと、事実を知ったところで祈る事を止めない。それが片想いってやつなんだよ。」
「??あいつは、奈緒美ちゃんの事を好きでもねえんだぞ?」
「好きじゃない訳ないだろ?だけど好きって感情にも色々あるんだ。何も、付き合ったり愛し合ったりする事だけが目的じゃない。」
「…………。言ってる事が分かんねえ。」
「だから言ったじゃないか?君には分からないって。」
「!!そんな言い方ねえだろ!?」
「安心しなよ。君にも、いつか分かる時が来るさ。」
「……。いつだよ?」
「………。それを知りたがってる時点で、まだ遠い先の話だね。」
「!!!」
駄目だ。拓司を連れて来たらはっきりすると思っていた事が、むしろややこしくなった。
「そんな事より…早く家に帰らないといけないだろ?もうこんな時間だよ?」
「!不味い!早く帰ろうぜ!?」
「僕の見送りは良いから、さっさと帰りなよ。」
「そう言う訳にはいかねえだろ?」
「良いから帰りなって。ピンクを見逃すよ?」
「……済まねえ!」
今月から、ケーブルテレビで超能力戦隊エスパイラルのヘビーローテーションが始まった。ピンクの活躍を、見逃す訳にはいかない。
(拓司…。本当に済まねえ!)
俺は拓司との友情よりも、ピンクの応援を優先した。
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