TRACK 11;悪魔退散
全く、力丸はやる事が一々規模が大きい。研究所一帯の土地を買収しただけでなく、鋼鉄の壁で囲みやがった。
「着いた。健二君、先ずは銀の鉄条網を除けてくれ。急ぐんだ。2人との距離が離れていくぞ!」
「………そうでもねえぞ…?」
「??」
力丸が遠ざかる2人を心配するが…無用だ。走るのを止め、また口喧嘩を始めている。
「血を吸わせろって、言ってんだろ!!」
「嫌よ!ヴァンパイアにもなりたくないし、あなたに首筋を噛まれると思うとゾッとするわ!!気持ち悪い!」
「気持ち悪いとは何だ!俺だって虫唾が走る!我慢するのは、こっちも同じだ!」
「!!!失礼な!白江君なんか大っ嫌い!!」
「俺だってお前が嫌いだ!!」
洞窟に到着した時から、緊張感は全くなくなった。橋本が白江を操っているのか、ただ白江が幼稚なだけだったのか…。2人の様子を見ていると、腰を下ろして休みたくなる。
『ビュン!』
とりあえずは力丸の指示に従い、銀の鉄条網を取り外した。千尋や弘之が手伝おうとするが、人の力では難しい。瞬間移動か、念力でないと相手出来ない。
鉄条網を剥がすと、力丸が剥き出しになった鋼鉄を裁き始めた。まるで紙を破るかのように、いとも簡単に6枚の板を作った。ヴァンパイアの爪は、念力よりも使い勝手が良いようだ。
体も便利なものに仕上がっている。さっき失った両手は、既に再生して元の姿を取り戻していた。
「良し!これで準備は整った!」
細かい作業もお手の物だ。鋼鉄の淵を細かく切り刻み、祈る時に絡める両手の指のように、細かくなった板の淵同士を合わせた。そこでもう1度俺の念力を頼り、糸のようになった鋼鉄同士を絡ませ、離れなくした。
弘之と千尋も手伝い、それを数回繰り返して、サイコロのような箱を作った。但し蓋はしていない。入るべき相手が、まだ口論の最中だ。
「橋本さん!ここに悪魔を放り込むんだ!」
唯一緊張感を保っている力丸が、悪魔と口喧嘩している橋本を急かした。
「!?分かりました!やってみます!…白江君、そんなに私の血が吸いたい?」
「馬鹿言うな!血を吸いたい訳じゃない!お前の血なんか、不味くて仕方ない!」
「!!失礼ね!」
「凄い力を授けてやるって言ってんだ!この前は血を吸ったのに、お前は化けなかった。理由は分からないが、もう1度験させろって言ってんだ!」
「ふざけないでよ!もう頭に来た!あなたなんかに、血を吸わせてなるものですか!」
「…………。」
どうやら、2人の喧嘩に終わりは訪れないようだ。
「橋本さん!茶化し合ってる場合じゃない!急いで!」
「だって白江君が、私の血は不味いって!」
「……。そこを我慢して!お願いだよ!」
そしてどうやら、力丸も橋本のペースに巻き込まれ始めた。
「とりあえず…あっちに行きましょうよ!話はそれからよ!」
「俺に指図するな!早く血を吸わせろって言ってんだ!」
「交換条件ってものがあるでしょ!!?黙って付いて来なさい!」
「指図するなって言っただろ!?」
「…………。」
不思議な事件の全貌が把握出来たと思ったら、また1つ謎が出来た。
(橋本は…本当に力に目覚めたのか?それとも、白江が馬鹿なだけなのか?)
口喧嘩を止めない2人が、ゆっくりとした歩みで俺達に近付く。
「ここ!この中に入って!」
「何だ?この箱みたいなものは?」
「良いから入りなさいよ!入ったら目を閉じて、10数えて!そしたら血を吸わせてあげる。」
「………。本当なんだろうな?しかし…なんだ?この箱?」
「つべこべ言わずに…さぁ、入った、入った!血が欲しくないの?」
「欲しくないって言ってるだろ!力を授けてやるって言ってんだ!あんな不味い血、2度と飲みたくない!」
「!!また言ったわね!?」
(…………。)
緊急で作った鋼鉄の檻の前で、2人がまた口喧嘩を始めた。
「弘之…。この状況を、お前はどう見る?」
「多分…橋本は力に目覚めていない。旧友である白江と言う男を、手篭めにしているだけだ。学生の頃の力関係が、未だに続いてるだけなんだろう。」
「やっぱりそう思うか?白江が馬鹿なだけなんだよな?」
「……。きっとそうだ。」
その側で俺は弘之と小声で会話し、同じ結論に達した。
「10数えれば良いんだな?」
「目も瞑って!ゆっくり数えるのよ?そしたら、私の血を吸っても良いわ。」
「……。約束だぞ!?」
そして白江は、操られる事なく檻の中に入った。
「い~ち、に~い、さ~~」
「今です!」
橋本が声を殺してそう言うと、力丸は檻に蓋をした。
「………。」
俺は溜め息を交じらせながら、板の淵を絡ませ合った。
「…9、10。…10数えたぞ?目を開けても良いのか?」
「良いわよ~。」
「あっ?目を開けても真っ暗だぞ?………………………。閉じ込めたな!?」
「白江君の馬~鹿!血なんて、2度と吸わせるものですか!」
(………。5人もの人間が犠牲になった事件が、こんな終わり方で良いのか?)
「まっ、まぁ…。これで一旦は安心だ。後は檻を地下室に運び、更に囲いを作って出られなくする。」
力丸も、呆気に取られている。
「橋本!約束を破ったのか!?卑怯だぞ!?」
「卑怯も何も、騙される方が悪いのよ!その中で、一生反省してなさい!」
「ふざけるな!早くここから出せ!出さないと、酷い目に合わせるぞ!?」
一件落着…はしたものの、2人の口喧嘩はまだ結末に至らない。
「出せって言ってんだろ!!!」
白江が檻の中で暴れる。鎮まり切った一帯に、鐘を叩くような音が響き渡った。
その轟音に焦ったが、力丸はその様子を見て、むしろ安心した。
「やっぱり…。彼には爪がない。僕らみたいに、鋼鉄を裂く事は出来ないんだ。筋力も…」
『バゴンッ!』
「!?」
「橋本!約束破りは、嘘をついたのと同じだぞ!?地獄行って舌でも抜かれろ!」
力丸の言葉に、皆が安心した矢先だ。鋼鉄の壁が破られ、中から白江が飛び出して来た。
檻の作りが甘かった訳じゃない。奴は蓋を外したのではなく、壁に大きな穴を空けたのだ。力丸の推理はナンセンスだった。こいつは、ヴァンパイアとは根本的に違うのだ。
「本気を出してやる!もう、誰がどうなっても知らないからな!!」
「!!???」
檻から抜け出した白江が、今日一番の怒鳴り声を上げた。
その声は…元の声とは違っていた。低く響き渡る、猛獣が唸るような声だ。
「……。何か…やべぇんじゃねえのか?」
幸雄が、変わり行く白江の姿に慄く。角は更に伸び、羽も幅が広がった。皮膚は完全な黒色に変わり、厚みが増した。手足の爪も尖って伸びた。目の色も当然深紅に変わり、体の箇所箇所には、猛獣のような毛も生え始めた。
(悪魔の…完成だ。)
「不味い!逃げっ…」
「力丸!」
初めて一戦を交えた時…以上の緊張感が襲う。
力丸が咄嗟に避難を勧めたが、それよりも早く白江の爪が力丸の体を貫いた。
「力丸~~!!!」
(不味い。指令塔を失った。俺達だけで…この場を凌げるか?)
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