TRACK 10;決戦開始
緊張でガチガチになった昼が過ぎ、本領を発揮出来る夜になった。
探偵の彼らは訓練に失敗したようだけど、時間を長引かせる訳にもいかない。2次被害を防ぐ為に、僕は今夜も研究所周辺を徘徊する事にした。
僕らは昼間、ヴァンパイアとして行動出来ない。危険な紫外線で溢れている。人の姿のままなら良いけど、血を吸うには姿を変えなければならない。研究所付近は昼間の内に、相手に気付かれないよう半径500メートルの範囲から立ち入り禁止にした。馬鹿な連中が何も知らずに進入さえしなければ、1次被害はないはずだ。
それでも一抹の不安は残る。相手はヴァンパイアではなく、本当に悪魔なのかも知れない。昼に行動出来ないと言う保証はない。聞いた事もない話だ。封鎖工事は上手く言ったと聞いたけど…その時、悪魔が蚊帳の中にいたのか、外に出ていたかは分からない。
(蚊帳の外にいたのだとしたら…被害は広がり、住処を奪われた事に怒り狂ってるかも知れない。)
封鎖に使われた鋼鉄の壁には全て、銀でコーティングされた鉄条網を張り巡らせてある。中から外には出られないけど、外から中にも入れないのだ。
「ここの工事も、無事済んだようだな…。」
僕は先ず洞窟に足を運び、中に設置された銀の檻を確認した。内壁に沿って、空洞全てが檻になっている。悪魔をこの中に誘き寄せる事さえ出来れば、後は蓋をして狩りは終了だ。
「うぐっ!!?」
檻の状態を確認し終わり、外に出ようとした矢先だった。両手首に激痛が走った。
「爪さえ奪い取れば、お前は戦えない。…だな?」
「……まさか…。」
(しまった。やはり悪魔は、蚊帳の外にいた。)
不意を突かれた。背中から、例の男が忍び寄っているとは思わなかった。
「研究所もここも、大そうな工事をしたようだな?勘違いしてるようだが…俺に銀は通用しない。紫外線もだ。」
「!?」
「推測通り、血を吸われた人間は紫外線と銀に弱い。お前がどうしてこの事を知ってるかは知らないが…。俺は違う!太陽の下でも姿を変えられるし、銀も恐れない。」
「!!」
「……。悪魔め…!!」
両の爪を失った僕は、距離を取る為に後ろに下った。
しかし…逃げたくても出口を悪魔に塞がれている。隙を突こうにも、速さは向こうが一枚上手だ。
この僕が追い込まれたのは初めてだ。思わず負け惜しみを口にしてしまった。
「悪魔か…。そうだ!俺は悪魔になった!実験は成功したんだ!」
「!?」
「嬉しい限りだ!悪魔……。俺にとって、この上ない賞賛だ!」
男は『狂気に駆られし者』に噛まれた訳ではなかった。しかし実験中に悪魔を呼び出し、憑りつかれた訳でもない。
(自らが望み…悪魔と契約を交わした…。)
「見ろ!この鋭く美しい角に、大空を飛びまわれそうな羽!」
そして男は姿を変えた。ヴァンパイアでもない、正しく悪魔と呼ぶに相応しい姿に…。
だけど…
「………。」
「…………。」
「………。」
「…………。何だ?その目は?」
「……飛べないのかい?」
「くっ!まだ慣れていないだけだ!」
「………。」
突然、緊迫感がない空気が走った。尋ねた僕も僕だけど、返したこの男もこの男だ。
(まさか、この男…?)
「そこまでよ!大人しくしなさい!」
「!現れたな?橋本!」
男が妙な空気感を作ったので、その隙を狙って逃げようと考えた。
しかしそれと同時に、入り口から橋本さんの声が聞こえた。
「君達!どうしてここが!?」
「拓司が夢を見た。『例の化け物が、洞窟で人を襲ってる』との事だった。」
(正に…間一髪。だけど…。)
外の様子は分からないけど、恐らく戦える人間が少ない。1人は昨日の後遺症で体が動かず、もう1人はまだ泥酔状態だ。
(橋本さんと、千尋君だけが頼りか…。)
「もう1度血を吸わせろ!」
「黙りなさい!何が悪魔よ!空も飛べないのに羽なんか付けちゃって…。それで悪魔とでも呼べるの!?馬鹿みたい!」
「何っ!?」
「あなたのせいで、5人もの人が死んじゃったのよ!?反省もしないの!?」
「五月蝿い!言っただろ!?実験の為なら研究所の1つや2つ、人の命の…」
「人の命が、どれだけ大切かぐらいは知ってるはずよ!!」
「それくらい分かってる!俺は何も、人を殺してはいない!素晴らしい力を与えてやっただけだ!」
「人が人じゃなくなった時点で、殺した事になるの!力丸さんは仕方なく、その人達を殺しちゃったじゃない!?」
「!?どうして殺した!?俺の傑作を!!」
「傑作!?本当に反省の色がないのね!?もう許さない!私はあなたを、絶対に許さないんだから!」
「黙れ!昔の好みで力を与えてやろうとしたのに…。この力がどれだけ素晴らしいものか、お前は分からないんだ!」
「分かる訳ないでしょ!?悪魔なんかになりたい人なんて、あなたぐらいなものよ!井上君だって拒むわ。昔っから、何も変わってないんだから!!」
(………。)
悪魔が足を止めた。だけど橋本さんが、目覚めた力を解放している訳ではない。ただ会話をしているだけだ。まるで、子供染みた口喧嘩のように…。
(やはりこの男…罪の意識がない。何も知らない無垢な子供のように、ただただ純粋に悪魔になりたかっただけなのだ。………思考回路が、余りにも幼稚なだけなのだ。)
「五月蝿い!黙って血を吸わせろ!」
「!!きゃ~~~!!来ないで~~!!」
やがて2人は、鬼ごっこでもするかのように走り出した。
(この状況を、どう把握すれば良い?)
ただ、おかげで洞窟からは脱出出来た。
「…………。」
「…………。」
すると事務所の皆も、2人に呆れている姿が見えた。
「とりあえず…2人の後を追おう。」
弘之君が、戸惑いながらも指示を出す。千尋君がそれに従い、健二君は、面倒臭そうに幸雄君を背負って2人を追った。どうやら、酒からは覚めたようだ。
(…?おかしい。)
前を走る、2人の動きが遅い。橋本さんは女性だし、健二君は幸雄君を背負っている。それなのに、僕らの距離は一定を保っていた。悪魔になった男の動きが、余りにも遅いのだ。
(橋本さんが、力を解放している?)
恐らくそれが正解だ。千尋君の能力は相手の目を見ないと発揮されないけど、橋本さんは、目を見ずとも相手を操れる。『来るな』と言う言葉に、悪魔の動きが鈍っているのだ。
そして…狙ってか知らずの内か、橋本さんは研究所の方へ向かっている。
僕らはそれを、軽いジョギングでもするかのように追った。
「弘之君。ここで1度、作戦を練り直そう。」
前の2人と少し距離を置き、事務所の皆に声を掛けた。橋本さんが襲われる事はないと判断したのだ。
「何っ?銀が通じねえ?」
「もう少し声を小さく!…あの男が言っていた。紫外線にも弱くなく、今のところ弱点は見当たらない。ただ…あの羽はお飾りだ。空は飛べない。」
「だったら、どうすりゃ良いんだ?檻を設置した洞窟からも離れて行ってるぞ?」
「この状況でヴァンパイアと悪魔を関連付けるのはナンセンスだけど…僕らは姿を変えたところで筋力が爆発的に向上する訳ではない。それよりも爪が硬くなり、動きが早くなる。」
「……つまり?」
「とりあえず、研究所の地下室に閉じ込めるまでは一緒だ。ただ檻がない。そこで健二君、君の力を借りたい。」
「???」
…そろそろ、研究所を封鎖した鋼鉄の壁に到着する。そこからが勝負だ。
(橋本さん…。それまでどうか、悪魔の動きを止めていて欲しい。)
「追って来ないでって、言ってるでしょ~~~!!」
「血を吸わせろって言ってんだ!力を与えてやる!」
「要らないってば~~!!」
(…………。)
切にそう願うけど、2人を見ていると馬鹿馬鹿しくもなる…。
しかし健二君…。魔除けのつもりか?顔中に書かれた、その落書きのようなものは…一体何なんだい?
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