TRACK 06;資格の持ち主

「あらっ?小泉さん、戻ってらしたの?」

「あっ、いえ。僕は千尋じゃないんです。」

「?だったら何故、小泉さんのベッドに寝ているんですか?部外者なら、さっさと出て行って下さい!」

「部外者じゃなくて……彼の友達なんです。事情があって、ここに残されているんです。」

「???」


 橋本さんが戻って来ない。多分、弘之達について行ったんだろう。

 それを察した僕は、帰りを待っているばかりでいられない。ベッドで横になり、眠りに就こうとしていた。予知夢を見る為だ。

 正直、意味があるのか?とは思う。予知夢は未来を映す。今の足取りを終える訳ではない。


(ひょっとしたら、千尋は今日にでも………。)


 弘之達だけが頼りだ。それでもじっとしていられない僕は、何度も眠りに就こうとした。

 でも、その度に定期健診や看回りに訪れた看護婦さんに起こられて眠れない。




「?拓司か?」

「その声は、藤井さん。」


 いよいよ眠れると思った時、知っている声が聞こえた。千尋を心配した藤井さんが、病室に足を運んだのだ。

 僕は、ベッドに横たわっている理由を教えた。


「!?千尋の足取りは追えたんか?」

「いえ……。病室では何も見つけられませんでした。今、弘之達が彼の後を追ってるみたいです。千尋の家に向かったはずだったんですが、さっき病院に来ました。一緒にいた橋本さんが戻って来ないから、多分、足取りを掴めたんだと思います。」

「そうか……。無事でおれば良いんじゃが……。」

「………………。」


 藤井さんも千尋の過去を、ある程度は知っている。高校時代によく補導されていた健二と弘之を通して、僕らは顔を合わせる事もあった。


 千尋はその頃、自殺を計った。理由は………僕らと仲間になったからだ。

 それまでの千尋は、ずっと1人で生きてきた。誰とも親しくならず、死神と呼ばれていた彼に近付く人もいなかった。

 中学に上がっても忌まわしい仇名は消えなかった。千尋は小学校、中学校の友達が誰も進学しない高校に進んだ。そうでもないと、あんな評判が悪い学校に入学なんてしていない。千尋は、メンバーの中だけで言えば抜けて頭が良い。


「藤井さん、お願いがあるんですけど……。」

「?何じゃ?」

「予知夢を見たいんですけど、看護婦さんに邪魔されて……。ここで僕が寝るのを、見張っててもらえますか?」


 仕事を抜け出して来た藤井さんだけど快諾してくれた。この人にとって千尋は、健二と同じくお気に入りのメンバーだ。


 僕はベッドにもう1度横たわり、予知夢を見ようと眠りに就いた。




 ……………。

 千尋は高校生活を、誰も自分を知らない場所で過ごすつもりでいた。死神と言う仇名から解放されたかっただろうし、何よりも、自分と言う存在が側にいる事で周りの人を怖がらせる事を気に掛けていた。


 でも、僕ら4人はピンと感じた千尋と仲間になろうとし、僕と幸雄は千尋の能力や、暗い過去を知る事になった。

 だから千尋は最初、僕らから距離を置いた。

 だけど、その理由を知った弘之は千尋を逃さなかった。彼の暗い過去と性格を、なくしてやろうと決めたのだ。


 しつこい弘之を迷惑がっていた千尋だったけど、諦めたように輪の中に入ってきた。

 そして他のメンバーの能力を知り、彼の心は少し和んだ。



 僕らはそう思っていた。他に超能力を操れる人間の存在を知れば、孤独感はなくなる。少なくとも僕は、実体験でそれを知っていた。

 でも千尋の心は違っていた。何かの輪に入ると言う事は、その中にいる誰かを、いつかは傷付けてしまう。千尋はいつもそう考え、ストレスを溜めていた。


 そして事件は起こった。

 高校2年生になって、僕らは修学旅行に向かった。クラスがバラバラだった僕らは、旅行先で一緒になって遊んでいた。その時、各メンバーのクラスメイト達も輪に加わった。

 ちなみに幸雄のクラスからは、参加した同級生はいなかった。

 そこで、グループに加わった内の1人が無茶をした。後ろ歩きで歩いていたその友人は他の誰かに悪戯をして、前も見ないままに、逃げるように突然走り出したのだ。

 そして、走行中の車が衝突した。不慮の事故だった。友人の不注意だった。


 友人は全身の打撲だけで済んだ。だけどその現場を目の当たりにした千尋は、次の日から輪の中に入らなくなった。


『俺が誰かとつるむと、必ずその誰かを不幸にする。』


 輪から抜け出した千尋が呟いた言葉だ。


 その夜、彼はホテルの屋上から飛び降りようとした。

 だけど勘が鋭い弘之が、千尋を警戒していた。千尋は皆が寝静まった頃を狙って屋上に向かったけど、見張っていた僕らに見つかった。


『あの事故は、お前のせいじゃないだろ!?お前があいつを憎いとか、嫌いだとでも思ったのか?突然走り出せって念じたのかよ!!』


 後を追って屋上に出た健二は念力を使って、そして僕らも必死になって千尋を止めようとした。


『俺だってそんな事、思っちゃいなかったさ!でも、心の奥底は俺にも分からない!ひょっとしたら俺は、俺も知らない間にあいつが気に食わないと思って、事故に遭わせたのかも知れない!』


 それでも千尋は聞いてくれなかった。彼は力を使って健二の気を失わせ、屋上から飛び降りようとした。


『これが、俺に与えられた力だ!俺の力は……誰かを……殺す事が出来るんだ……。』

『!!待てよ!』


 千尋は、全てを諦めたような声を出して飛び降りようとした。

 でも、千尋に追いついた弘之が体を張って彼を抱き上げた。

 だけど少し遅かった。重心を失った弘之は千尋を抱えたまま、屋上から落下していった。


『馬鹿野郎!!』


 それを幸雄が救った。2人を追って飛び降り、着地する前に2人を掴んで能力を解放した。

 僕は気を失った健二を起こして、3人が落ちた場所まで連れて行ってもらった。


 そこで、泣き崩れた千尋の声を聞いた。


『もう嫌なんだ!人を殺せるこの能力が!こびり着いて離れない不幸が……!いつもそれに怯えて過ごしてる事が……!』

『…………千尋……。』


 その時千尋は、初めて心の内を打ち明けてくれた。僕らは既に知っていた事だけど、彼の口から聞いたのは初めてだった。



『千尋……。自分の能力を、恐れるんじゃない。』


 千尋が、初めて心の内を明かしてくれた。だから僕らも、自分達の気持ちを伝える事が出来た。それまでは、変に気を使わせると思って黙っていた。

 筋肉痛で苦しむ幸雄を差し置いて弘之は、千尋を抱き締めたまま話し始めた。


『怖いのは、それを悪用しようとする人の心だ。能力自体には何の罪もない。例えばナイフで怪我をしたら、それはナイフのせいか?使ってた人間が悪いんだ。銃だって同じかも知れない。』

『そう…だ…ぞ…。千尋……お前は何も間違っていな……い。お前が悪い奴じゃないって事は……俺達……皆が知って……るぞ。』

『僕だって!幼い頃はこの能力を憎んださ!でも、今はそれを恐れていない!拒まない。心の持ち方次第で、恐れる事は何もなくなるんだ!』


 弘之に続いて、筋肉痛に苦しむ幸雄も、そして僕も言いたい事を言った。

 千尋の自殺を、幸雄が救ってくれた。僕も彼に救われた。


『………………。』

『自分を信じろ!どうか信じてくれ!お前は悪い奴じゃない。前にも言っただろ?それは俺が保証する。お前は良い奴なんだ。自分の事が信じられないんなら、俺達の言葉を信じてくれ!』

『………弘之………。』

『…………俺も……お前を信じてる……ぞ。』


 弘之の言葉に幸雄が続く。


『俺を見てみろ?使える能力は透視能力じゃねえ。したい悪さが出来ねえんだ。……超能力は、授かるべくして授かった力だ。誰が与えてくれたか知らんが、人を見て与えられたんだ。』


 そして健二が、自虐的な説教をした。


『…………はははっ……。』


 そこで、やっと泣くのを止めた千尋が笑った。


『はははははっ!』

『はははははっ!』

『はははははっ!』


 他のメンバーも一緒に笑った。


『何だ?そこまで笑う事ねえじゃねえか?……全く。とにかく千尋、もう、要らない考えは起こすな。お前に資格があったからこそ、その能力を与えられたんだ。他の誰でもない、お前だから操れる能力だ。お前は使い方を間違わない……。自分の能力を、誇りに思え。』

『……………。』


 健二が珍しく、良い事を話した。


 その時僕は思った。千尋が過去に人を殺めてしまったのは…それは、彼に与えられた試練だったのだ。大人になって間違った使い方をしないように、幼い時に身を以って教えられた。教訓の為に犠牲になって死んでしまった先生には悪いけど、だから千尋には言えない事だったけど、僕はそう思った。




「…………っ!」

「どうした!?何か見たんか!?」


 僕は眠りから覚めた。

 藤井さんが、尋常でない僕の慌て方に声を大きくする。


「…………犯人達が……次の通り魔事件を起こしていました。」

「何っ!?」


 残念ながら、千尋の夢は見る事が出来なかった。その代わりに、親子と思える2人組が、通りすがりの人を襲う夢を見た。


(マズい。この夢は……マズいぞ!)

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