TRACK 01;賭け

「千尋!久し振りに飲もうじゃねえか!?」

「…………。」


 健二に酒を誘われた。俺は久し振りだが…健二はこのところ毎日だ。

 中井が田舎に帰った。…最近の健二は、傷心の連続だ。


「たまには奢れよ!?」

「………。」


 寂しさを埋める、若しくは、愚痴を語る相手でも探していると思ったが……どうやら、それに加えて金が尽きたようだ。

 健二には世話になっている。たまにしか事務所に来ない俺でも、前回の報酬は同等に受け取った。


(少しは、功労者に返さないとな…。)




「何だ?随分とシケた場所に連れて来たな?」

「馴染みじゃないか?俺達にはお似合いだろ?」


 今日は鬼門がない。水難の相も女難の相も出ていない。…良いタイミングで誘われたものだ。


 向かった先は古い商店街の外れにある、これまた廃れたバーだ。金に余裕がある時は足を運ぶ。紳士を気取る白髪の爺さんが営み、商店街で働く連中が通う。だから常連客には、爺さん婆さんが多い。

 そんな店を、健二は湿気た場所だと言った。こいつが金を使い果たした理由が分かった。毎日の酒に加えて、綺麗どころが揃う店に入り浸りでもしたのだろう。


(まぁ…心の傷を癒すには持ってこいだが…。)




「女の事は、吹っ切れたのか?」

「………。五月蝿え。」

「………。」


 安いウイスキーの水割りを頼み、1杯目が空になった頃にそう尋ねると、健二が口を尖らせた。まだ、未練が残っている様子だ。


「次に期待しろ。きっと、お似合いの相手が現れるさ。」

「…勝手なもんだな?」


 俺達は女と縁がない。相手にされないのだ。俺達も俺達でメンバー同士でいる方が楽だし、甲斐性もなければ、将来も安定していない。拓司と幸雄を除いて、異性から好かれる顔でもない。


 そして俺は…


「そう言うお前はどうなんだ?俺達にも、そろそろ良い相手が必要だろ?大体、この歳でメンバー全員が1人者ってのが良くねえ。皆揃って、悪い気を集めて合ってやがる。」

「……。俺のせいかもな…。」


(俺は…誰かの人生を狂わせる事を望まない。)


「!?」

「千尋!…お前、好い加減にしろよ…?」


 軽いつもりで口にした言葉に、健二が過剰に反応した。俺の胸座を掴んで睨みつけ、言葉にしない説教を始めた。


「…………。」


 だが、何も返せない。この背中に纏わり着く不幸は、誰にも否定出来ない。



「……ああ!酒が足りねえ!親父!もう1杯!」


 健二にも何も言えない時間が流れ、互いに黙ったままだったが、健二が諦めたように大声で次を注文した。

 俺も空けたグラスをマスターに返し、2杯目が来るのを待った。




「千尋。俺を占ってみろよ。」

「??」


 2杯目も順調に空けると、健二がせがんできた。


「拓司の予知夢も期待出来ねえ。せめてお前が、俺の将来を占え。」

「…………。」


 誰かを占った事などない。自分の不幸を確認するだけだ。誰かの幸せを占った事なんて、尚更あり得ない。

 どれだけカードを捲っても…出て来る結果は不幸の予兆と警告だ。


(誰かの不幸なんて知りたくない。誰かの幸せなんて、占えるはずがない。)




「………。4番目…。次、店に入って来る4番目の客が将来の相手だ。」

「はぁ!?適当な事言ってんじゃねえぞ?タロットで占えよ!?」

「間違いない。4番目に足を運ぶ客が、お前の相手だ。信じてみろ。」

「………。誰も幸せを運んでくれねえのかよ…。」

「…………。」


 健二の言葉に、何も返せなかった。


「まあ、良い。運に身を任せてみようじゃねえか?」

「………。」

「もし違ってたら、明日は良い場所で酒を奢れ。」

「……。ああ、そうする。」


 不味い酒になるところを、健二が気分を変えた。


(………。)


 適当に放った言葉だが、それでも結果が気になった。弘之の運の無さは知るところだが、健二のそれがどうなのかは知らない。




「お待たせ!遅れてご免!」


 3杯目を片手にしながら、俺達は玄関に目を向けていた。

 1人目の客は八百屋の親父だった。


 ここで綺麗どころが現れていたら、健二はどんな反応を示したか?気になるところだが…それはないだろう。ここは場末のバーで、来る連中は皆、中年以上だ。


(???…随分と不利な賭けだな?…罠だったか!?)



「今日は新顔を連れて来たんだ。まだ酒が飲めない歳だけど…。マスター、良いだろ?」

「お酒は飲ませません。しかし、チャージ代は頂きますよ?」

「ははっ!構わないさ!さぁ、入りな!」

「??」


 どうやら八百屋の親父は、1人で来た訳ではないようだ。マスターに断りを入れると、扉の向こうで待っている誰かに声を掛けた。


「…お邪魔します。」

「!!」


 店に入って来た2人目の客…。その男に健二が腰を上げた。


「失礼します。」

「!!??」


 続いて3人目…。好戦的に腰を上げた健二が、その場で崩れ落ちた。


「おや!?誰かと思ったら、ワカちゃんじゃないか?新婚旅行は楽しかったかい?今日は旦那も一緒かね?若い夫婦だから不安に思ってたけど、結婚生活は順調なようだね?」

「はいっ!とっても幸せな毎日を送っています!」


 放心状態に陥った健二を横目に、空気を読まない、事情も知らない客が2人の訪問を喜んだ。


「……ちっ…千尋……。」

「よっ、4人目だって言ったろ!?それにお前は、シンデレラを諦めたって言ってたじゃないか!?」


 一瞬、健二が俺と同じ能力に目覚めたかと錯覚した。白目で睨まれた俺は息が出来なくなり、その場で死ぬかと思った。


「あれっ!?あなたはあの時の…!?」


 そんな俺達に気付いたシンデレラが近寄って来た。側には旦那もいる。

 俺は息を飲み、腰を軽く浮かせた。最悪の場合に備え、健二を操る腹を決めたのだ。


「久し振りじゃねえか?元気にしてんのか?」

「あの時は…本当にお世話になりました。」

「構わねえよ。俺達も、美味い弁当を随分と食わせてもらった。」


 だが警戒は余計だった。健二は、落ち着いた態度で対応した。



「ワカちゃん、1杯やってみないかい?」


 そこに、さっきとは違う客の声が割って入り、シンデレラに酒を勧めた。


「あっ、お酒は本当に結構です。」


 しかしシンデレラは誘いを断った。マスターの視線を気にした訳ではない。


「あれっ!?まさかワカちゃん!!?」

「まだ安定期じゃないから、お父さんには報告していないんです。」

「!!?」


 シンデレラが、腹を摩りながら満面の笑みを浮かべる。そして側にいる旦那までもが腹を摩り始めた。

 見つめ合う2人の間に、健二が入り込める余地は全くない。俺は更に腰を上げ、体勢を執り直した。



「はーい!皆さん!ご機嫌麗しゅう!!」

「!?」


 そこに、4人目の客が入って来た。


「おっ!ナンシーちゃん!今日も来たのかい!?」


 どうやらこの客も、店の常連らしい。


(???って…何だ!?こいつ?)


 4人目の客は…歳で言うと20代後半の、肩まで長い金髪に濃い目の化粧をし、ここまで匂って来るほど激しく香水を振り撒いた…(弘之が出会ったら、一発でアウトだな…。)背が高くて体格も良く…低いガラガラ声の……どう見ても男だった。顔立ちも、お世辞にも褒められたものではない。

 所謂、世間でゲイやオカマと呼ばれる存在だ。


「千尋!てめえ!!」

「!!」


 俺は立ち上がり、自分自身を守る体勢を執った。

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