TRACK 11;叫び
「いた!健二さん!ご無事でしたか!?」
「中井さん!酷い目に遭ったね!?」
非常階段を駆け下り、私と浅川君は地下倉庫に辿り着いた。途中、怖い人が待ち伏せていないか心配だったけど、要らない心配に終わった。
「橋本か!?」
「今直ぐ、縄を解きます!」
「それより何か、被せる物を持って来い!こいつが側にいちゃ、力が発揮出来ねえ!」
「………。」
予感は当たった。側には、想像以上に悩ましい姿をした女性がいる。
(全く……健二さんと言い、幸雄さんと言い…緊張感なさ過ぎるわ…。)
それでも私は指示通り、側にあったブルーシートを中井と言う女性に被せた。顔ごと…そして、中井の縄を解こうとする浅川君ごと…。
「面目ない。お陰で助かった。…他のメンバーは?」
「千尋さんは来てません。上にはヤクザがいっぱいいて、所長と幸雄さんが相手してます。」
「健二!無事だったか!?」
健二さんが縄を解いた後、幸雄さんが追い着いた。
「…借りが出来ちまったな?」
「そんな事はどうでも良いんだ!この前は、お前が助けてくれただろ?」
いつもは喧嘩ばかりする2人だけど、今日は幸雄さんが素直だ。
「超能力は披露出来なかったが、代わりに、俺の仲間を紹介する。命張って助けてくれた連中だ。」
「………。」
健二さんは、超能力で縄を解こうとしていた。でも、中井が側にいたから叶わなかった。
それで正解だ。力の事は、滅多な事がない限り教えてはならない。
そもそも…
(どうせ…口説き文句の1つとして披露しようとしたんでしょ…。だから力を解放出来なかった。)
それはそうと、中井ってメンバーの顔色が悪い。
「……仲間か…。」
顔色の理由は、その一言で理解出来た。閉じ込められたと言うのに、助けに来たエスパーズは1人もいないのだ。
「……そこのロッカーの中に、金庫があるはずだよ。中には、小田川組と交わした契約書…多分、借用書みたいなもんがあるはずだ。浅川が撮った写真と一緒に、警察に届ければ良いさ。」
「…中井…。」
(…………。)
超能力でなくても良い…。人生には、信じる何かが必要だ。それが毎日の活力になる。
でも、中井はその1つを失った。
(友情は…うちのメンバーが一番大切にしてるものだ…。)
「駄目だ。開かないよ。」
浅川君が、早速金庫を取り出して開錠を試みた。金庫はダイアル式だったけど、それと別に鍵穴があった。
ここには健二さんと幸雄さんがいるけど、所長がいない。中身を抜き出す事が出来ない。
「俺に任せろ!」
すると、幸雄さんが金庫の扉を掴み…力を解放した。お客さんの金庫ではない。遠慮は無用なのだ。
「信じてたのに!超能力が身に着くって…信じてたのに!」
幸雄さんは、何処かのタイミングでエスパーズが手品師集団だと悟ったみたいだ。騙された事に腹を立てていて、金庫に八つ当たりをした。
だけど……
(幸雄さん…。だったら今の馬鹿力は…?)
最近、実感としてひしひし感じる。
…幸雄さんは、底なしの馬鹿だ。
「これか…。」
中に入っていたものは、中井が言う通り契約書だった。小田川組はお金を貸すだけでなく、芸能界にも顔を効かせる。そして会社は、エスパーズをプロモーションの駒として使う事を約束していた。…所謂、枕営業だ。
(中井は、それを断ったから閉じ込められたんだ。)
「金庫まで開けやがったか…。全く、世話の焼ける連中だ。」
「!?お前は!」
健二さんが契約書を私に預けたと同時に、後ろから声が聞こえた。
「弘之は!?」
最初の部屋にいた、ゴールド社の社長がそこにいた。片手には銃を持っていた。
(最近、銃を見るのも慣れた…。)
「まさか…。弘之が、あの程度の相手にやられるはずがねえ!しかも…どうして銃を持ってる…?」
確かにそうだ。喧嘩の強さはさておき、所長は、相手が銃を所持しているかどうかを確認してから喧嘩を始めるはずだ。事務所は小さい。所長の力なら、部屋の隅々まで透視出来たはずだ。
「最後の手段だった。出すつもりはなかったが、お前達が俺を怒らせた。」
「社長!今からでも遅くありません!エスパーズを解散させ、マジシャンとしてやり直して下さい!」
「五月蝿い!お前のせいで全てが狂った!自称超能力者の手品師が、そんなにいけない事か!?世間じゃ誰もが、エスパーズを本物だと思っていない!」
「違う!子供達は信じてます!これ以上の活動は、彼らの夢を奪う事になるんです!」
「………。また子供臭い話を持ち出しやがって…。」
ゴールド社の社長が私に向かって銃を構えた時、浅川君が前に出て叫んだ。
すると社長は、銃を下ろして首をもたげた。
「夢なら!俺にだってある!大金持ちになるんだ!これまでくすぶってたが…お前とエスパーズに出会い、光が見えた!なのにどうして…どうして俺の邪魔をする!?」
「社長が抱いたものは…夢じゃない!野心だ!」
「!!」
「人を騙して仲間を利用して…黒い連中と付き合って………。僕は、そんなものを夢とは思わない!」
「………。言いたい事は、それだけか?」
急に興奮し出した社長を相手に、浅川君はもっと興奮した。
「!!」
すると社長はもう1度黙り込み、やがて、銃を持つ手を浅川君に向けた。
「!!?」
「誰が何と言おうと、俺は…大金持ちになってやる。」
『パンッ!』
浅川君は、驚いて動けなくなった。
私は動かなかった。動けなくなった訳じゃない。
「うぐわっ!」
結果は分かっていた。引き金を引かれた銃は大きな音を立てて……社長は顔と手に火傷を負った。銃が暴発をしたのだ。
(健二さんだ。瞬間移動で銃の中に、詰まり物を送ったんだ。)
それを見逃さずに、今度は幸雄さんが社長に近付き、あっと言う間に縄で縛り付けた。
「急ぐぞ、幸雄!弘之が心配だ!」
「おう!」
悩ましい姿の中井が側にいるのに、健二さんが力を解放した。やっぱりこの人達には、友情が何よりも大切なんだ。
後…
(幸雄さん…。今の素早い動きは…?超能力で間違いありませんよね?)
突っ込みを入れたかったけど、幸雄さんは物凄い速さで健二さんを追い越し、上の階に駆け上がって行った。
「駄目だ!もう動けねえ!」
そして、登り切る途中で力を使い果たした。
「社長。あなたの夢も…素晴らしいものだと思います。だけど、やっぱり人を不幸にしながらは、夢も価値がなくなります。そして夢は…育んで行くものなんです。だから僕は…他人の夢を壊す事は嫌です。許して下さい。」
社長に深々と頭を下げる浅川君の腕を引っ張り、私は2人の後を追い駆けた。
「…紫苑ちゃん…。俺、ここにいる…。」
「………。」
階段で倒れている幸雄さんは、浅川君に負ぶってもらう事にした。
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