TRACK 02;夢を売る商売

「拓司!昨日のエスパーズ、凄かったぞ!?逃さず録画もした。近い内にイメージ送ってやる!」

「………。夢中だね?」


 依頼主との相談を終えた後、幸雄が事務所に出勤した。


(やっと夏休みが終わるのに…。また頭痛に悩まされるのか…。)


 出勤するや否や昨日のテレビ番組に、幸雄は1人で盛り上がった。


 エスパーズの事は知っている。数週間前に、幸雄からイメージを送られたばかりだ。

 そして今日、メンバーの1人が相談に来た。


「育成グッズも販売されるんだぜ?俺、予約入れてあんだ!」

「………。」


 幸雄はまだ、彼らのパフォーマンスが手品だと分かっていない。彼らの似非超能力に夢中だ。

 つまり、自分が能力者であると言う自覚が一切ない。


「エスパーズって凄いよな?グッズで訓練したら、俺もあいつらと同じになれるかな?」

「………。」


 全く以って自覚がない。



「!?そんな物買ったって、超能力が身に着くはずないです!」

「………。どうしたんだ?紫苑ちゃん。」


 そんな幸雄に、橋本さんが声を荒立てた。彼女は興奮している。既に能力者である幸雄に、超能力なんて身に着かないと怒鳴った。…依頼主が原因だ。


『僕らのグッズが販売される。僕はどうしても、それを阻止したい。』


 依頼主である浅川君は、昔、アメリカで橋本さんと同じスクールに通っていた人物だ。

 同じサークルにも所属していたと言う。超能力や霊能力、その他の超自然現象を研究するサークルだ。

 2年前に帰国して、1年前にエスパーズを立ち上げた。


 そんな彼の依頼内容は、超能力育成グッズの販売阻止だった。


『君は知ってるはずだ。僕らエスパーズは、単なる手品師集団だ。超能力なんて扱えない。』

『………。』

『グッズは行き過ぎだ。他のメンバーは、余りにも金儲けに執着してる。』

『………。』


 浅川君が話している間、橋本さんはずっと無口だった。


『僕らの仕事は、夢を売る事だ。人を騙す事じゃない。』

『………。』


 それでも浅川君は話を続けた。

 彼の話は矛盾しているようにも聞こえたけれど、話が進む内に気持ちは理解出来た。



 エスパーズの活動は、小さな催し会場から始まった。子供達に手品を披露して、驚いたり、喜んだりしてもらうのが目的だった。

 でも、タネや腕が凄かったのか、業界の人間に見初められてテレビ出演を果たした。

 そこから彼らの暴走が始まった。今では、とある芸能プロダクションに席を置くと言う。


『僕らは遠い存在…高みにいる存在でなければならない。憧れの対象になって、皆に夢を追い駆けてもらうのが目的だ。』

『………。』

『テレビ出演だって、少なくとも僕は望んでいない。』


 テレビ出演にもなると、莫大なお金が動く。懐に転がり込んだお金を見た時、浅川君は自分の過ちに気付いた。


 彼はグッズの販売中止と、エスパーズの解散を望んでいる。


『そして…数週間後にはグッズが販売される。小さい子供達が、僕らを信じてそれを買うんだ。』

『………。』

『夢を売る商売の報酬は、皆に夢を持ってもらう事だ。それも出来ずにお金が支払われてしまえば、僕らは…単なる詐欺集団にしかならない。』

『………?』

『グッズなんかで超能力に目覚めるはずがない。それを知った子供達は、物凄くショックを受ける。…裏切られたと嘆くだけならまだマシだよ。最悪の場合、夢を…諦めてしまうかも知れない…。それに…』


 浅川君はこれを恐れた。テレビで見るだけの似非超能力と、手で触れて体験するグッズでは大きな差が出る。超能力が、空想ではなく現実に近付くのだ。

 だからと言ってグッズで訓練しても、超能力に目覚める訳ではない。やがて子供達はグッズを捨て…夢も捨ててしまう。

 これが、グッズの販売を中止させたい理由だ。


 そしてもう1つ。エスパーズを解散させたい理由は…所属するゴールド社が、黒い付き合いを始めたそうだ。

 グッズ販売の為…今後の飛躍の為には巨額が必要になる。何処の組かはまだ分からないそうだけど、付き合っているのは確実らしい。弱小プロダクションの割には、最近の羽振りが良過ぎるそうだ。巨額を必要とする手品のタネも、幾つか購入したらしい。


 子供達の憧れであるエスパーズに黒い付き合いがあったとなれば、子供達が受けるショックは尋常ではない。



『僕は、黒い付き合いの背景と証拠を掴む。でも、少し時間が掛かりそうなんだ。先にグッズが売られては不味い。だから時間を稼ぐ為に君達には、グッズの生産を遅らせて欲しい。見事に事が解決したら………』

『…分かったわ。』


 そこで橋本さんが、やっと口を開いた。そして弘之の確認も取らず、依頼を引き受ける事にした。


 彼女が依頼を受けた理由は…


『見事に事が解決したら、報酬は弾むよ。テレビ出演の報酬を、僕は受け取りたくない。』

『!!…分かったわ。』


 ……2つだ。全国放送の特番に数回出演したとなると…その金額は、僕らでは想像も出来ない。




「ところで…グッズ販売の阻止って言っても、どうすれば良いんだろうね?」

「どうして阻止すんだよ!?俺はグッズが欲しい!」

「……。幸雄、ちょっとだけ黙っててもらえないかい?」

「嫌だ!俺はどうしても、弘之みたいな透視がしたい!」


(だったら願えば良いだろ?君は、自分の能力の本質にも気付かないのかい?)


 僕が思うに幸雄の能力は、『願望を実現化させる』力だ。テレパシーや驚異的な身体能力は、その一部に過ぎない。


「どうして、そこまでして透視したいんだい?」


 それはそれとして、彼の切実な願いが気になる。


「エスパイラルの宿敵、ダークサマナーの正体が知りてえんだ!いつも仮面で顔を隠して、声もボイスチェンジャーで変えてる!」

「………。」

「目星は着いてんだ。隣の喫茶店のマスターが奴だ!俺の予想が本当かどうかを確認したい!」

「………………。」


(君は…テレビに映る悪者を透視するつもりなのかい…?)


『拓司!大変だ!ダークサマナーの正体は…ロボットだった!仮面の下は、機械で埋め尽くされてんだよ!!』


 予知夢ではない単なる推理だけど、いつか彼が透視能力を手にした時、そんな言葉を耳にしそうだ。




「お疲れさん!千尋は今日、事務所に出れないようだな?」

「どうした?皆で顔を見合わせて?」


 暫くして、弘之と健二が出勤した。

 千尋は出られないようだ。彼が出勤出来るとなれば、2人よりも早くここにいるはずだ。



「所長。ちょっと、お話が…。」


 弘之の声を聞いて、橋本さんが彼の側に駆け寄った。



「?グッズの販売を阻止したい?」


 2人の会話を、健二を含めて僕らは側で聞いていた。


「俺は反対だぞ!?超能力を身に着けんだ!」


 幸雄は1人、2人の話に反対していた。



「…事情は分かった。こうしよう。幸雄…ダークサマナーが出て来たら、俺に教えろ。正体を暴いてやる。」

「!!やったー!頼んだぞ!?」


 全ての話を聞いた弘之は、先ず…幸雄を宥める事から始めた。


(どう伝えるつもりなんだろ?)


「橋本、グッズの販売会社を調べてくれ。」

「ありがとう御座います!早速取り掛かります!」


 弘之は、浅川君の依頼を引き受ける事にした。




「………。」

「?どうしたんだい?弘之。」

「いや…。ちょっと、引っ掛かる事があってな。」

「???」


 橋本さんに指示を出した後、弘之が妙に黙り込んだ。

 尋ねると、曖昧な言葉で返された。

 だから僕は、彼の背中にそっと手を置いた。


(????)


 だけど、心の中に隠し事はなかった。どうやら彼自身も、引っ掛かる何かが分からないみたいだ。


「………。」


(それにしても……サイコメトリーで心の中を覗けなかったのは…今回が初めてだ。)

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