TRACK 05;無口なヒーロー

 昨日、劇場に取り立て屋が来た。二人共、とても人相が悪かった。

 きっとヤクザだ。江川さんは騙されて、偽の借金に脅されているんだ。


(間違いない。あの人が、悪い人のはずがない。)




 5年前、あの人が入団した時は驚いた。私の事なんて忘れていたけど、直ぐに分かった。



『止めて下さい!返して下さい!』

『五月蝿い!これは俺が貰う。好きな女子にプレゼントするんだ。』


 20年前、まだ小学校低学年だった頃、上級生に母親から貰ったプレゼントを奪われた。大好きだったポニーテールに着ける髪飾りだ。


『返して下さい!』

『嫌だね。絶対に返さない。』


 相手は5人組で、全員男子だった。どれだけ泣いて頼もうが、髪飾りを返してくれなかった。

 2度とは買って貰えない。珍しい物だったからではない。家には、そんな余裕なんてなかった。

 お母さんから貰った、唯一のプレゼントだった。


『お前みたいに汚い格好してる奴に、こんな可愛い髪飾りは必要ないだろ?』

『………。』


 当時の私には、一番綺麗な物だった。着けると、可愛い女の子になれた気がしていた。


『あぁ~~!!』


 どれだけ頼んでも上級生は返してくれない。私は、諦めるしかないと思った。

 でもそこに、江川君が現れた。


『何だ!?お前、口が利けない奴じゃないか!?』

『あー!あー!あー!』

『!?何だ!?こいつ!!』


 江川君は、遠くで私達を見ていた。

 彼は5人の上級生に突っ掛かり、髪飾りを取り戻してくれた。


『ご免なさい!もうしません!』


 上級生は全員、泣きべそをかいた。2つも年上の男の子達に、江川君は圧勝したのだ。



『ありがとう。』

『…………。』


 髪飾りを取り戻した私はお礼を言ったけど、彼は何も言わずに去って行った。


 その時まで、江川君に関心がなかった。クラスでも、特に目立たない男子だった。

 そして後から知った。彼は、耳も聞こえなければ、話し方を知らない人だった。




『虐めないで下さい!髪飾りは、もう持ってません。家に、大切にしまってます!』

『もう要らないよ!あんなもの!』

『だったら、どうして私を虐めるんですか!?』


 それから数日後、私は上級生達にからかわれ始めた。

 髪飾りは必要ないらしい。ただ、喧嘩に負けた事が悔しくて、腹癒せの為に私を虐めた。


『あー!あー!あー!』


 そこに再び、江川君が現れた。


『またお前か!?今日は、この前みたいに行かないからな!』


 そして喧嘩が始まった。


『様見ろ!この前は、つい油断しちゃったんだ!』

『江川君!』


 …結果は、江川君の惨敗だった。たんこぶをいっぱい作って、血も流した。



 それからと言うもの、上級生の苛めはなくなった。

 代わりに江川君が的になった。休み時間の度に殴られて、下校の時には毎日、ランドセルを持たされた。


『…江川君…。』


 私への虐めがなくなった安心よりも、彼を可哀想だと思う気持ちが強かった。



『江川君…。ちょっと良いかな?』

『………。』


 あの頃の彼は、手話も上手ではなかった。

 私達は黒板にチョークで文字を書いて会話を交わした。


『あの時はありがとう。お母さんにもらった大切なかみかざりだったの。お礼がおくれてご免なさい。』


 そう書くと、彼はニコッと笑ってくれた。


『江川君はケンカが強いのに、この前はどうして負けたの?』

『………。』


 だけど次の質問には、何の返事もくれなかった。




 それから江川君は、私を避けるようになった。近寄ると逃げて行く。

 幼かった私は、彼に嫌われたと思った。


 やがて、彼とは会う事も出来なくなった。私達家族は、夜逃げをしたのだ。

 そうして…私の初恋は終わった。




 大人になって、今更ながらに分かった事がある。あの時、江川君が喧嘩に負けた理由だ。

 もし江川君が勝ってしまったら、私への虐めは更に酷くなっていたはずだ。彼は喧嘩に負ける事で、私を救ってくれたのだ。


 そして年月は流れ、彼と再会を果たした。

 残念ながら彼は、私の顔や名前も覚えてくれていなかった。彼と知り合いだったのは、ほんの数週間だけだ。彼は周りに溶け込む性格でもなかったし、私の事を好きでもなかった。


 でも、だからこそ嬉しかった。彼は、私を特別扱いして助けてくれたのではない。

 彼は強く、そして、誰に対しても優しい人なのだ。


 劇団に入団した理由もそうだ。私達の劇団は、ボランティア活動も行っている。余裕なんてないけど、それでも施設を回って無料公演を開いている。

 彼は、常に誰かの助けになりたいと思っている人なのだ。



(お金を借りたなんて…やっぱり信じられない。)


 ひょっとしたら誰かの借金を、肩代わりしているのかも知れない。保証人になって、騙されたのかも知れない。


(明日…専門家に相談してみよう。)



 でも、専門家って誰だろう?弁護士?それとも…探偵?

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