TRACK 02;ピエロ

 最近、シンデレラが姿を見せない。

 食堂のおばちゃんに、その理由を尋ねてみた。


「おばちゃん。今日は、ちーちゃん弁当休みなのか?」

「1週間ほど休むそうだよ。」

「!?どうして!?また、何かあったのか!?」

「新婚旅行だよ。安い旅行だけど、父親が貯金を叩いてくれたんだって。」

「!………。」


 諦めはしたが…展開が、余りにも早過ぎる。


(出会うのが遅過ぎた…。)


 仕方がない…。20年後を待つのも面倒だ。さっさと違う女を探そう。


 最近は、広場がある駅前に足を運んでいない。久し振りに出向いてみるか…?何処を歩いたって、どうせ客なんて捕まらないんだ。




「香織ちゃん!近寄っちゃ駄目だよ!」

「??」


 ベンチで昼寝をしていると、隣のベンチが騒がしくなった。


「知らない人には近付いちゃ駄目だって、先生から言われてるだろ?」


 そこには、ベンチに座る兄ちゃんと小学生が2人いた。

 小学生は男1人、女1人だ。


(アベックか…?既に…付き合ってるのか?)


 シンデレラと言い麻衣と言い、俺が知る限りで美人は何故か、幼馴染みと結婚している。

 こんな事をされては、こっちの立場がない。俺には麻衣以外に、女の幼馴染みがいない。



「ありがとうございました。」

「さっさと行こうよ?知らない人は危ないよ!」


(なるほど…。こうやって小さい頃から、唾を付けた女を守り通すんだな?確かに、昇も同じ手口を使ってた。)


「あ…あぅ…。う…。」


 女が頭を下げるとベンチに座る男は、言葉にならない声で返事をした。


(??話せないのか?)


「何だ?この人!?気持ち悪い!香織ちゃん!早く逃げよ!?」

「………。」


(……。気持ち悪い?逃げる?)


「何やってんだよ、香織ちゃん!この人、絶対に悪い人だよ!?」


(…この…クソガキ…。)


 状況から見ると、どうやら男は落し物を拾ってやった。手にはピンク色をした、モケモケの髪飾りが握られている。世間でシュシュかバレッタと呼ばれるものだ。

 今日は風が強い。落し物が、男の足下まで転がって来たんだろう。


(それにしても…このクソガキ…。)


 人には悪い習慣がある。人並みより劣っている何かを見ると、どうしてかそれを悪だと決め着ける。他に優れた何かを持っているとしても、1つの弱点だけで全部を悪いと判断する。


(…教えてやらんとな…。)


「おい、クソガ…」


 俺は立ち上がり、間違った目で人を見るクソガキに近寄った。


 するとベンチに座った男も立ち上がり…俺を制した。




「うわっ!何これ!?凄い!」


 そして男はクソガキの前で、手品を披露し始めた。懐からタバコを取り出し、掌の中で消しては出し、消しては出しを繰り返した。


(後で見てる俺には…タネがバレバレだ。)


 しかし理屈が分かっていない女とクソガキは、男の魔術に捕まった。



 やがて男はカバンの中から、お手玉を数個取り出した。手馴れた手付きでそれを操り、遂にはコミカルに踊り始めた。


(…クラウン…。ピエロか?)


 その技と演技は見事なもので、いつの間にか辺りには人だかりが出来た。



『パチパチパチッ!』

「おっちゃん!カッコ良い!!」


 演技を終え、深く頭を下げた男には盛大な拍手が送られた。

 さっきまで否定的だったクソガキまでもが拍手を打った。


「あぁ…う…。うぁ…。」

「おっちゃん、サーカスの人なんだ!?凄い!」


 お手玉をカバンにしまった男が、次に取り出したのはポスターだった。少し離れた町に、巡業サーカスが訪れたらしい。


「僕、絶対に見に行くね!?」

「う…。ああう…。」

「今日はありがとう!香織ちゃん、行こう!?」


(………。)


 クソガキは、男が上げる声を聞いたにも関わらず、握手まで求めて立ち去った。



「兄ちゃん。あんた…スゲエな?」


 俺は男を褒めた。クラウンとしての腕前は勿論、人に対する接し方に感服した。


 すると男はにっこりと笑い、片足を後ろに下げて片手を大きく振りかぶり、観客に頭を下げるように挨拶をしてくれた。


(俺の悪態も責めねえのか…?)


 久し振りに…立派な大人を見た。まだ若いのに、真似が出来ないやり方だった。




「あっ、江川さん!またここにいた。」

「??」


 男がカバンを持ち上げてベンチを離れようとした時、後ろから女の声が聞こえた。男と同い年ぐらいの…それなりのべっぴんさんだ。


(……幼馴染みか…?)


「あんたも、サーカスの人か?」


 嫉妬心はない。ただ、2人の関係が気になって声を掛けた。


 念力とは違う、何らかの能力が身に着いたようだ。無駄な時間を費やさない為の、センサー的なものだ。

 恋をしている、女の表情が分かる。


「あっ…はい。少し離れた町にお邪魔している、サーカスの一員です。この方は江川治五郎さん。私は、紀本菜月と申します。2人共、クラウンをやらせてもらっています。」


(身内を紹介する時に、普通『さん付け』するか?)


 センサーの感度はバッチリだ。


(……諦めるしかない。)



「そろそろ、準備の時間ですよ?行きましょう?」

「………。」


 女は男の腕を掴み、駅の方に歩いて行った。どうやら会場まで、電車で向かうようだ。



 男は難しそうな顔をして、女に連れて行かれた。


(…?何だ?男は、嫌がってるのか?……贅沢な…。)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る