TRACK 01;サーカス団
「拓司、凄いぞ!次は空中ブランコだ!」
「…駄目だ。もう限界だよ。」
「馬鹿!サーカス一番の目玉だろ!?」
(駄目だ。本当に頭が痛い…。)
僕は今日、幸雄と2人でサーカスを見に来ている。今時珍しい巡業サーカス団が、隣町の隣町に訪れた。
夏休みになると幸雄は騒ぎ出す。頭の中が未だ小学生の彼はこの時期を、お祭り騒ぎして過ごすのだ。
そして、僕の頭痛も1年で一番酷い時期を迎える。
やっとヒーローショーの頭痛が取れたと思ったら、今回はサーカスだ。凄い技を見せてくれるのは嬉しいけど、それに驚くよりも頭痛が酷い。
僕にはサイコメトリーがある。誰かに触って、その人の頭の中を覗く事が出来る。だけど脳裏に映る映像は断片的で、鮮明度も低い。
だから幸雄は、目にする映像をリアルタイムで送ってくれているのだ。
だけど、僕の頭はもう限界だ。
彼の苦労も凄いだろうけど、頭痛は体験した事がない。
(まぁ…それで幸雄が楽しいなら…仕方ないか…?)
やがてサーカスは山場を過ぎ、拍手喝采も鳴り止んだ。
(やっと…頭痛から解放される。でもこの感じなら…向こう3日は残りそうだ。)
「拓司!あっちでピエロがジャグラーしてるぞ!見に行こうぜ!?」
「もう…良いんじゃないかな?」
「馬鹿!今日の目的は、ピエロと一緒に写真を撮る事だろ!?それがサーカスの醍醐味じゃねえか!?」
「初めて聞いたよ…。そんな醍醐味…。」
どうやらここはショーの最後に、ピエロ達がジャグリングを披露してくれる。送られ続ける映像からは、舞台の至る所でピエロが子供達に囲まれている姿を確認出来た。
(幸雄…。僕らみたいな大人は、集まってないよ?)
このサーカス団は、お子様向けの演目が多かった。会場も狭い。何処かの体育館を借りて催されている。
巡業するサーカスも珍しいけど、こうやって間近で演技を見られるサーカスも珍しい。流石に象や虎は出て来ないようだけど、近くで見ても危険ではないジャグリングなら…
「あっ!危ない!」
『バコッ!』
(??痛いぞ?)
「馬鹿野郎!何処のどいつだ!?気を付けやがれ!!」
幸雄に手を引っ張られて舞台に入った僕の頬を、鈍い痛みが襲った。
「済みません!手元が狂ったみたいでして…。」
「手元が狂ったじゃねえだろ!?俺の親友に何してくれんだ!」
どうやら、ジャグリングで使うお手玉が命中したようだ。
「怪我でもしたらどうするんだ!?」
幸雄が怒鳴っている。
でも…
(心配してくれるのは嬉しいけど、大袈裟だ。それに…君から受けた頭痛の方が、もっと痛いんだぞ?)
「本当に済みませんでした!」
「謝って済むなら、警察は要らねえってんだ!大体、投げた本人が…」
「もう、良いじゃないか?僕は、怪我なんてしてないよ。」
興奮する幸雄の手を引っ張り、宥めようとした。
だけど、幸雄の興奮は収まらない。
「良い訳ないだろ!?大体、投げた本人がどうして謝らねえんだ!?」
「??」
「お前が謝れよ!ビビッた顔してんじゃねえ!こいつは目が見えないんだ!頭を下げたって、伝わる訳ねえだろ!?」
「本当に済みません!私が代わりに謝ります。この人は…声が出せないんです!済みませんでした。」
「……?」
「あっ?声が出ねえ?」
多分、幸雄は今の状況を分かっていない。彼には、障害者に対する知識もなければ配慮もない。
お手玉をぶつけてしまった人は、恐らくろう唖の方だ。
「声が出ねえからって、それがどうしたんだ!?謝る事ぐらい出来るだろ!?」
(やっぱり…何も分かっていない。)
「幸雄。もう構わないよ。僕は怪我もしてないし、声が出せない人に声を出せって、無茶苦茶な要求だよ。」
「謝る時ぐらい、声を出して謝るべきだろ?」
「だから…それが出来ないんだって。僕は、本当に大丈夫だから。」
「…お前がそう言うなら…。勘弁してやるよ。」
(勘弁って…。君は被害者でもないだろ?)
幸雄の天然振りは、あの頃と何も変わっていない。
「…で、兄ちゃんは…どうして声が出ないんだ?」
全てのショーが終わった後、僕らは団員の人達と会話を交わした。
幸雄の機嫌は収まった。代弁したピエロの人が数々のジャグリングを見せてくれて、記念写真も沢山撮った。
一緒になってトランポリンを楽しんだところで、彼の機嫌は元に戻った。
(しかし幸雄…。君は…被害者でもなかっただろ?どうして君が楽しんで終わりなんだい?)
「耳に、先天的な障害をお持ちなんです。何も聞こえないものですから、話し方もままなりません。」
「??よく分からないけど…まぁ、今度は気を付ける事だ。」
「…申し訳ありませんでした。」
(だから幸雄…。君は被害者じゃない。)
「菜月さん、そろそろ帰りましょうか?」
「あっ、大丈夫です。私はまだ残ります。」
機嫌が、戻ったどころか良くなった幸雄はしつこい。自分もジャグリングをすると言い出して、幕が下った劇場に居座った。
周りの人が遠回しに出て行けと言っているのに、代弁をした女性のピエロさんは幸雄に付き合ってくれていた。
「幸雄…。そろそろ帰らなきゃ。皆さんに迷惑だよ。」
「もうちょっと待ってくれ。お手玉3つは成功したんだ。4つ…いや、5つ成功するまでは帰らない!」
「そんな事、家や事務所でも出来るだろ?もう帰ろう。」
「…何だよ。分かったよ!それじゃ、また来年!」
目が見えないのは幸いなのか……。僕は、幸雄に冷たい視線を向けているだろう団員さん達の顔色を、確認出来ないまま席を立った。
「本当に、済みませんでした。」
「いえ…お構いなく。僕は本当に大丈夫で…」
「拓司!何してんだよ?早く帰るぞ!?もう遅い時間だ。」
「……。」
全く、幸雄の能天気と身勝手さは治らない。
僕は、代弁してくれた人が差し出した手を握り返し、そして、声が出せない人とも握手を交わした。
(………?)
声が出ない人は力強く、それでも優しく手を握り、ジェスチャーで謝罪の意を示してくれた。
(?…この感情は……。)
申し訳ないと言う気持ちと共に、彼の感情が入り込んで来た。
「それじゃ、俺は帰るわ。」
「気を付けて帰りなよ?それと、余り相棒を私用で使っちゃ駄目だよ?」
「今日はお前も共犯だ。紫苑ちゃんと弘之には、黙っていようぜ?」
「……両親に言って、車でも買って貰えば良いのに…。」
「欲しいおもちゃでいっぱいなんだ!」
「……。全く…。君は何も変わらないんだね?」
幸雄は家まで送ってくれた後、玄関まで手を握って誘導してくれた。
1人でも帰る事は出来るのに、幸雄はそれをさせてくれない。
「それじゃな!また明日、事務所で会おうぜ!」
「たまには、遅刻しないで出勤しなよ。」
彼と別れた後、僕は家に入って寝る準備を始めた。
(しかし…どうしてあの人は、あんな態度を執ったんだろう?)
今日、僕の顔にお手玉をぶつけたピエロの人の名前は『江川治五郎』。若い人の割には、古臭い名前をしている。
そして彼は仕事でピエロを演じ…そして、私生活でもピエロを演じている…。
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