#009-第6話「リオの微笑み」

 帰りはリオ父が車で送ってくれた。


 最初に中林邸に行ったのだが、その荘厳さに、一同(リオ父含む)は度肝を抜かれた。簡単に言うと「お屋敷」である。門から玄関まで三十メートルはある。絶対に執事の出てくるパターンだ、これ。


「執事はいない」


 と、中林さんは言っていたが、そんなはずはない。……と、断言できるほどのお屋敷であった。去り際に、中林さんがゆっくりと頭を下げた。


「今日は本当にありがとう」

「絵里ちゃん、また一緒にご飯食べようね」

「……ご迷惑でなければ」


 顔を上げた中林さんは、何か吹っ切れたような、とても清々しい笑顔を浮べていた。リオ父は「いつでも大歓迎だよ」なんて言っていた。それを聞いた中林さんは、これまたこれまで見たことがないくらいに弾ける笑顔を見せてくれた。よほど嬉しかったんだと思う。


「じゃ、明日、学校でね。絵里ちゃん」

「うん、明日」


 中林さんはそう言って手を振ると、ゆっくりと家の中へと消えていった。


 それを見送り、リオ父が発車させるのを待ってから、リオはゆっくりと深い溜息をいた。リオは先ほどまでは助手席に乗っていたのだが、今は助手席の後ろの席に座っていた。俺は隣のリオの横顔を見る。


「絵里ちゃん、さっきは悔しくて泣いたんだって」

「悔しくて……?」

「うん、悔しくて。最初はなんか胸と頭がいっぱいになって泣いてたらしいんだけど、部屋に行ってからは、いろんな事がとにかく悔しくなってしまったって。悔しくて号泣したんだって」


 リオは静かにそう言った。


「詳しくは話してくれなかった。でも、悔しくて泣いたんだって、そう繰り返してた」


 その時のことを思い出したのか、リオは少し鼻を啜った。


「絵里ちゃん、かわいそうだ」


 そうだね、と、俺は小さく同意した。かわいそう、というのは傲慢な感情かもしれない。だが、あの中林さんが「悔しくて」泣いたのだ。この前話してくれた、中学時代のいじめのことや、今の家族との関係のこと、そういうものが噴き出したに違いなかった。


 確かにリオの家族は理想的な、本当に幸せそうに見える。両親は優しいし、子どもに対する理解もある。リオや冴羅の自由にさせてくれる。俺を受け容れる事も、驚くくらいにスムーズだった。


「絵里ちゃん、大学に行けると良いね……」

「ん、中林さんが大学に行けないはずがないだろ」


 リオの呟きに、リオ父が反応した。ああそうか、リオ父は俺たちのさっきのやりとりを知らないのか。


「うんとね、絵里ちゃんのご両親が、絵里ちゃんに大学にやるつもりは無いって言ったらしいの、昨日」

「なんでまた」

「絵里ちゃん、ちょっと中学時代から複雑でね」


 リオは言葉を選びながら、中林さんの中学時代にイジメにあっていたことや、喫煙行為、それによるランク低下で親の希望のM高校を受験すらできなかったことなどを話した。そしてそれ以来、ご両親から疎外されてきていることを。


 リオ父はハンドルを回しながら、「ふむ」と息を吐く。


「喫煙行為自体は褒められることじゃないけど、そこに追い込んだのは誰なんだっていう気もするな。イジメに気付いてやるのも親の仕事だろう」

「だよね」


 リオはそっと俺の手を握ってきた。俺もそれを握り返す。


「で、中林さんはどうするつもりなんだ?」

「その話はね、もうちょっと頑張ってみるって事になったよ」

「そうか」


 リオ父は小さく頷いて、またウィンカーを光らせて、ハンドルを回した。前後には車はいない。誰のためのウィンカーなんだろう、なんてことを少しだけ考える。「ルールだから」「習慣だから」……およそどちらかの理由で、ウィンカーをチカチカやっているのだろう。きっとドライバーたちの多くは、深く考えない問題だ。


「親子関係については誰にもどうしてやることもできない。でも、助けてやる事はできるんじゃないかな、凛凰、ハルくん」

「うん」

「そうですね」


 俺とリオは同時に言った。


「お父さん、絵里ちゃん、時々夕食に呼んでも良い?」

「お母さんが良いって言うなら良いよ。俺かお母さんが送ってやれる時だけだけどな」

「やった♡」


 リオはにっこりと微笑んだ。


 中林さんですら、きっとこのリオの微笑みに落ちたのだ。

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