#009-第4話「中林さんの涙」

 俺たちが一様に慌てたのは、中林さんが突如、涙をぽろぽろとこぼし始めたからだ。


「ど、どうしたの」


 真っ先にそれに気付いた冴羅が声を上げた。中林さんはうつむいて肩を振るわせ始める。そしてその二秒後には、リオはその背中をさすっていた。こういう時のリオの行動は、まるで忍者のようだ。


 中林さんはリオにされるがままになりながら、下を向いたまま言う。


「ご、ごめんなさい。なんでも、ないです。その……」

「嬉しいんでしょ」


 俺が言うと、中林さんは一瞬顔を上げ、ほんの少し頷いた。


「私、こんな風にご飯を食べた事がもうずっとなくて、その」


 そこから先は何を言っているのかよく聞き取れないほどだった。中林さんの横にしゃがみこんだリオまで、涙を流し始めていた。リオ父とリオ母は慌てる風もなく、ただ状況を静観していた。


 冴羅は一人で慌てていたが、やがて俺の隣、さっきまでリオが座っていた椅子に腰を下ろして俺に話しかけてきた。


「絵里さん、だいじょうぶ……?」

「だいじょうぶだと思うよ。胸がいっぱいになったんだろうね」


 小声で応じる。だが、その事情までは話す必要は無いだろうと思い、それ以上は言わなかった。


「ちょっと二人で部屋に行くね。ハルくんはご飯続けてね」

「あ、うん」


 もう鹿師村家での夕食にも、慣れた物である。土日に遊びに行くと、大抵はこんな風に晩餐会への参加を義務付けられるのだから。


 リオと中林さんが部屋に引っ込んで行くのを見送ってから、俺は一人で居間に戻ってきた。冴羅とリオ父、リオ母が鍋の残りをせっせと片付けている。リオ母が炊飯器を覗き込みながら尋ねてきた。


「ハルくん、ご飯おかわり要らない?」

「あ、もうだいじょうぶです。二杯もいただいちゃいましたし」

「高校生って、もっと食べるイメージがあるんだけど」

「運動部員でもないですし。鍋もたくさんいただいちゃったので、おなかいっぱいですよ」


 俺はそう言って元の席に戻った。俺の隣に冴羅がまた移動してきた。


「絵里さんって、家庭フクザツ?」

「こら、冴羅。あんまり他人様ひとさまの事情に首をつっこんじゃいかんよ」


 リオ父が嗜める。冴羅は「そっかぁ」なんて言いながら頭を掻いた。


「でもまぁ、ちょっと普通じゃないのはわかったね」


 リオ父が言い、リオ母が頷いて同意する。


「あの子、いじめられていた経験、あるんじゃないかしら……」

「え?」


 思わず反応してしまった。リオ母は顎に手を当てながら言った。


「私も小学校から中学校にかけて、ちょっと色々あってね。だから、なんとなくわかる気がするのよ」

「中林さん、近寄り難いくらいに美人さんだしなぁ」


 リオ父はやんわりとそれに同意する。リオ母はそんなリオ父を肘でつついていた。仲良いな、この夫婦。


「さ、まぁ、この話は、私たちが興味本位で首をつっこむべきじゃないわ。冴羅、片付け手伝って」

「あ、俺も手伝います」

「お客さんは座ってて」


 一言で却下される俺の参加表明。そこにリオ父がさりげなく話題を挟んできた。こんなことを言ったのである。


「ところでハル君、提督業には興味ないかね」

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